明治時代の信心、小説「銀の匙」の伯母さんと主人公 信心は生の肯定と憐れみの心。

2020年7月6日(月曜日)

何度も登場している銀の匙。明治時代中頃の生活が描かれ,信心深い伯母さんと、こどもである主人公の日常の応答がリアリティをもって心に響く。
本日は、その伯母さんの仏性や信心の深さが窺われる場面から、いくつか引用させてもらい記してしみました。

主人公(こども時代の著者)に対する伯母さんの考え。

〝伯母さんは私を育てるのがこの世に生きている唯一の楽しみであった。(途中略)というのは、今もし生きていればひとつちがいであるはずの兄が生まれると間もなく「驚風」でなくなったのを、伯母さんは自分の子が死んでゆくように嘆いて
「生まれかえってきておくれよ、生れかえってきとくれよ」
といっておいおいと泣いた。そしたら翌年私が生まれたもので、仏様のお蔭で先(せん)の子が生まれかえってきたと思いこんで無上に私を大事にしたのだそうである。
たとえこの穢い(きたない)できものだらけの子でもが、頼りない伯母さんの頼みをわすれずに極楽の蓮(はちす)の家をふりすててきたものと思えばどんなにか嬉しく、いとしかったであろう。それゆえ私が四つ五つになってから、伯母さんは毎朝仏様へお供物をあげるときにーそれは信心深い伯母さんの幸福な役目であったー折折お仏壇のまえへつれていってまだいろはのいの字も読めないこどもに兄の戒名、伯母さんの考えによれば即ち私が極楽にいた時の名まであるところの、一喚即応童子(いっかんそくおうどうじ)というのを空に覚えさせた〟

驚風:こども時代にかかる高熱や痙攣をともなう髄膜炎。
厚く手を掛けた子が逝き、翌年に生まれた子をその生まれ変わりとして可愛がる。最も尊ぶべきものがアイデンティティとする現代ではあり得ない心情であろう。だが極楽からとって返してきたという考えや、兄の戒名をそらんじさせて同一化を願うなど、あの世とこの世が一続きであるとする信心の深さに感心させられる。

観音様の形をした雲。

〝夏になればいろいろな形をした雲の塊が日光にあふれてぎらぎらする空を動いてゆくのを伯母さんは、あれは文殊菩薩だの、あれは普賢菩薩だのとまことしやかに教えた。
ある日のこと遊び疲れた私はひとり寝ころんで自分をまもってくださる仏様の姿に似た雲のくるのを眺めていた。そうしたらちょうどそこへ通りかかった雲の、観音様の仰向けになったようなのが不意に崩れて恐ろしい形になったので、私は化けものが観音様になって、とりにきたのかと思ってあわてて伯母さんのところへ逃げていった。それから私はそういう形の雲を死人観音(しびとかんのん)と名づけてその影をみればすぐにかくれてしまった〟
この下りの雲は一部自分も経験しているので、楽しく読めた

伯母さんは四角い字(漢字のこと)こそ読めないが、無尽蔵と思われるほど話の種を持っていたという。

その1
〝なかでもあわれなのは賽(さい)の河原に石をつむこどもの話と千本桜の初音(はつね)の鼓(つつみ)の話であった。伯母さんは悲しげな調子であの巡礼唄をひとくさりうたっては説明をくわえてゆく。その充分なことわけはのみこめないのだが、胎内で母親に苦労をかけながら恩を報いずに死んだため塔をたてて罪の償いをしようと淋しい賽の河原にとぼとぼと石を積んでいるのを鬼がきては鉄棒でつきこわしてひどいめにあわせる。それをやさしい地蔵様がかばって法衣(ころも)の袖のしたにかくしてくださる というのをきくたんびに、私は息のとまりそうな陰鬱な気におしつけられ、また可哀そうな子供の身のうえがしみじみと思いやられてしゃくりあげしゃくりあげ泣くのを、伯母さんは背中をなでて、
「ええわ ええわ、お地蔵様がおいであそばすで」という。
賽の河原と子が積む石塔の話は子供時代から色々聞いていた。文中、悲しむ主人公に対して伯母さんはこれ以上無い慰め方をする。

その2
〝仏性の伯母さんの手一つでそだてられて獣と人間とのあいだになんの差別もつけなかった私は親の生皮(なまかわ)を剥がれたふびんな子狐の話を身につまされてきいた。親の白狐は皮を剥がれながら わが子かわいや わが子かわいや といって鳴いたという。これは私の知っている鼓についての三つの話のうちの最もあわれな話である。それは神秘の雲につつまれて天から降った鼓でもなく、つれない人が綾でで張ったという音なしの鼓でもなく、大和の国の野原にすむ狐の皮で貼ったただの鼓が恩愛の情にひかれてわが子を思う声をだしたというのである。私は今でもこの話を思い出せば昔ながらの感情の沸きおこるのをおぼえる〟
この下りは義太夫や歌舞伎の「義経千本桜」における人気の段にある。初音と呼ばれた鼓の名器の皮は、千年生きた狐から剥がされたもの。鼓の皮となって死んだ親に対して子狐は人に化けて鼓を守る。源氏の時代、静御前へと鼓が渡ると、子狐は義経の家臣佐藤忠信(ただのぶ)に化けて御前と鼓に付く。
ある日病気だった本物の忠信(源九郎忠信)と、狐忠信がともに義経の前に現れる出来事が起きる。どちらが本物かの詮議で、鼓への反応で狐忠信は正体がばれ、御前に切られそうになる。しかし親孝行を遂げたいという子狐の切々たる身の上話を聞いた義経は、許したうえ鼓を与える。
YouTubeに掲載された文楽や歌舞伎で、鼓を与えられた狐忠信が、ほおずりしながら嬉々として舞い帰る最後の場面など非常に秀逸だった。

以上は信心深い伯母さんと、幼く多感な主人公の日常の一部です。
〝胎内で親に苦労を掛けた恩〟などという凄まじい考えは、今や困難だ。しかしその昔では一般に感覚された事がらかもしれない。
親への恩や孝行には何かしら越えるべき試練が内包されているが、全て〝生まれた幸せ、いま生きている幸せ〟が前提で成立しているように思われる。古めかしく見えるけれども、かつてそれは、陰に日なた「生」と「その幸運」を肯定しようとする原点を有し、生活のすみずみに溶け込んでいたのではないだろうか。このようにみると、過ぎし日常文化の深さを考えないわけにはいかない。

但しこれが戦(いくさ)における主従とその恩に取り入れられると、「犠牲の強要」という残酷な相に転化され、本来の生の肯定的な意味と反対のものになる。
銀の匙の物語は、国が富国強兵に染まる過渡期の話であり、特に幼少時代の風俗習慣と信心はまだ善良な庶民感覚にあふれている。
但し後半では、前者の堅苦しい感覚を持つ兄との相克が描かれるようになる。
強靱に成長した主人公は、後に幼き日の郷愁から、視力を失い遠くで一人暮らしをする老いた伯母さんを訪ねる。

繰り返し読んでいる「銀の匙」
ほかの出版社版もあるが、私のは2015年7月21日第5刷発行の小学館版。
まだ読むつもり。

2020年7月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

▲ このページのTOPへ