2日目のスタンリー・シャーさん。

2026年3月20日(金曜日)

昨日樹下美術館の隣の草地でテント泊したスタンリーさん。本日昼、美術館へ行くとカフェの丸テーブル一杯に本を置き、熱心にメモしたり撮影していました。

 

こんなに熱心に図書を見る人は初めて。

気に入ったページにくるとスマホを操りとてもきれいに写真を撮ります。
土門拳、濱谷浩、アンドリューワイエス、若冲などを次々見て行きます。ルネッサンス絵画の本では「アテナイの聖堂」を見ながらミケランジェロがラファエロを批判した言葉を述べ、さすが美術を学んだ人だけあると感心しました。

私が棚から出した川瀬把水の画集では夜半の雪の版画が良いと言いました。

そして作品を見るなり♪雪の降る町を~雪の降る町を~と歌いだすではありませんか。
旅のある雪の夜、大好きなこの歌を歌いながら歩いた末、とある無人駅で泊まったそうです。
しかし夜が更けるに従い急激に気温が下がり、いつしか意識朦朧となり震えが止まらなくなっていた所を人が見つけて救急搬送されたというではありませんか。
“私の雪の降る町は歌のような雰囲気ではなく、大騒ぎになった”と笑いました。
繊細な神経の持ち主なのに何処か大らかすぎて心配させられました。


高英男「雪のふるまちを」
日本の古いシャンソンです。

夕刻、美術館を発つ時。

彼はただの貧乏旅行者とは見えません。スマホのほかニコンなど大小三台のカメラに三脚を駆使してドキュメンタリーを制作しているようでした。

膝、腰椎の痛みをこらえ痔にも悩まされているらしく、夕刻は妻とともに私の車で柏崎市まで送り、食事も一緒しました。
柏崎への道すがら、私が旧奉天市(現瀋陽市)生まれと告げると非常に驚いた表情で好意を示したのが印象的でした。人生80余年、満州生まれで良かったと思えたのはこの時が初めてです。

戦後中国人の祖父はアメリカに渡り、祖母は台湾へ。そして自分はアメリカ人としてロスで育った。是非三者ともに平和裏に存続して欲しいと何度も繰り返しました。

また、この旅で地方にA・ワイエスやラファエロあるいは優れた写真家の作品などの美術書がある個人美術館があるとは思ってもみなかった、と述べました。
そして、こんな格好で日本人とコミュニケーションを取るのは案外難しいが、沢山話を訊いて貰えて嬉しかった、とも。

駅近くのα-1ホテルに投宿、ゆっくり入浴して残りに備えたいと言うことにほっとして別れを告げた次第です。

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