始まった拙展 夏へと移ろう花。

2014年5月15日(木曜日)

お忙しい皆様のお陰をもちまして「花の肖像展Ⅱ」の初日が無事に終わりました。
大勢お見え頂き、初日のレコードでしょうとは店主のお話でした。

あらためて見た水彩画からは、15,6年前に始めた頃のフレッシュな感覚が蘇りました。
心配しました油彩の販売はおよそ三分の二が売れました。

014 - コピー展示場内

013 - コピー絵はがきのコーナー

 

初めての皆さん、患者さん、ご近所さん、日頃お世話になっている皆さん、お目に掛かったブログの読者さん、皆様まことに有り難うございました。

 

なにわいばら仕事場のなにわいばらが一斉に咲いて、花は早くも初夏の装いです。

今後も筆を折らず、出来ればゆっくり描いていきたい、としみじみ思った一日でした。

その昔のつわり すがすがしい野草 何か恥ずかしい作品展。

2014年5月14日(水曜日)

あるおばあちゃんがつわりの話をした。
生まれを尋ねた時、頸城村から潟町へ嫁に来たという事から始まった。

自分は悪阻(つわり)がひどく、三人の子どもはみな辛かった。
いずれも時期は今頃から夏にかけてだった。

実家で大事にされたが、嫁ぎ先に戻ると途端にひどくなった。
ただいま、と戸を開けると家の中からカイコを飼う匂いがムッとした。
すぐに吐き気に襲われ、口に手をあてがって二階の部屋へ急いだ。
「つわりなんて病気じゃないんだからねえ」
ご近所とお茶飲みしていた姑の大きな声が下から聞こえた。

もうひとつ辛いことがあった。
昔の男達はみな髪にポマードを付けていた。
自分の夫もたっぷり塗っていて、甘ったるい匂いがぷんぷんしていた。
「来たかね」などと言ってそばに来ると途端に気持ち悪くなった。

以下は本日の在宅回りで車を止めて撮った路傍の草花です。
こんな草地を見るのはつわりによかったかもしれません。

からすのえんどうとマーガレット野生化したマーガレットにからすのえんどう。

010あまどころ。

マンテママンテマではなかろうか。
色が茶系、ガラガラした感じからスイバのようです(5月20日遅れて記載)

大きく強靱な夏草と違って今どきの野の花はさわやかだ。

「あまどころ」は明日からの作品展にあり、「あまどころ黄葉」もあります。

いよいよ迫りました拙展、明日の午後は定期の休診ですので1時過ぎから会場に居る予定です。
ところでこれまで3回の展覧会の中で、なぜか一番恥ずかしい気がするのです。

本日地元の記者さんたちとお会いして 一昨日のマジックアワー。

2014年5月13日(火曜日)

本日午後、昼休みの時間を利用して遊心堂さんの会場で地元の記者さんたちとお会いしました。
上越タイムスのT氏、上越よみうりのMさん、JHKのNさんでした。
場内を見ながらお話をし、またテーブルにも座りました。

私が花を描く訳、描き方の要点、要する時間、これまでの作品展のことなど色々聞かれました。
懐かしいT氏、熱心なMさん、マイクを向けられたNさん、熱く好意的な取材を有り難うございました。
新潟日報さんは初日の取材ということ、どうか宜しくお願い致します。

昨日展示作業を終了した作品達は、明後日の初日を私以上に緊張して静かに待つ風でした。

何かと忙しかった一昨日の日曜日、以下は妻と外食した日没後の直江津地域のマジックアワーです。

005

011日没後の空は、わずかな時間澄んだ青みを帯びた。
こんな空初めて、とは妻の感想でした。

会場でほぼ展示準備が完了しました。

2014年5月12日(月曜日)

午前中に妻が水彩画を搬入し、昼休みに訪ねた遊心堂さんギャラリーではほぼ展示準備が完了していた。

湿った雲高田への途中で見た山。湿ってクリーミーな雲が掛かる妙高連峰と南葉山。
畑も花も雨を待っていましたが日中はぽつりぽつり。
しかし今23時、本降りになりそうです。

植物水彩画のホール踊り場ホールに並べられた水彩。

3Dキャンバスこうしてみると可愛いキュービックの3Dキャンバス。

サムホールキャンバス壁に掛かったサムホール。
悪戦苦闘したのに壁でお澄まししている。
たちつぼすみれの水彩2点、ささゆりの色紙三点を販売に加えることにしました。

程よくスペースがうまり気持ち良く見ることが出来るようです。
明日はご後援頂いている報道関係の記者さんたちが来られるということで、お会いすることになっています。

控えめな対応ができればいいのですが。
連日自分の事ばかりで恐縮しています、しばらく続きそうです。

間もなく拙作品展 額入りしました。

2014年5月10日(土曜日)

アートサロン遊心堂さんギャラリーにおける15日からの拙作品展が迫りました。
すでにSMキャンバス(サムホールキャンバス サイズ22,7×15,8㎝)が額に入りました。

展示としまして、
水彩画は平成9年以来手許にあるものを中心におよそ50点です(過去に展示したものが多く含まれます)。
油彩(油絵)は昨年来製作しましたとても小さな作品およそ70点です。

油彩を樹下美術館の支援に販売させて頂くとことにしました。
商品になるのですから大変緊張致してます。

椿と辛夷10×10×3,5㎝の極小3Dキャンバスに油彩「椿」と「辛夷(こぶし)」を沢山描きました。
こちらは額なしです。ただいま掛ける留め具を付けに出しています。

西王母椿の蕾「西王母椿」は7点描きました。

ガラステーブルの洋梨1「ガラステーブルの洋梨」は8点です。
背景に少々の変化を付けたものもあります。

単調な作品ですが、モチーフを4種に絞り、精魂こめることにしたわけです。
額は数種類に分かれています。
価格は3Dキャンバスが5千円前後、SMキャンバスは3万円台(いずれも消費税込み)が想定されています(少々高いでしょうか)。

お忙しい皆様と存じます。が、お暇の節はどうかお立ち寄りください。

健診 小学一年生のスパゲッティミートソース 施設のミーティング。

2014年5月9日(金曜日)

昨日、本日と午後大潟小学校の健康診断があった。
昨日は1年生の1~3クラスと5年生の1クラスを、本日は2年生と4年生を診た。
喘息とアトピー性皮膚炎が混じるが治療を励行していて落ち着いていた。

可笑しかったのは入学して二ヶ月目の1年生の服と口周りだった。
多くの生徒の白い体操着の胸元が茶色に汚れている。
よく見ると口の両側にもうっすらと茶色の汚れが伸びている。
傍らの養護教員が「今日の給食がスパゲッティミートソースだったのです」と微笑んだ。
1年生が終わって5年生になると、見事なほど衣服も口もきれいに変わった。

但し一年生とちがい、5年生で肥満が少々目に付くことが課題。

白のアメリカハナミズキ施設の真っ白なアメリカハナミズキ。
ここは帝国石油の寮があったところで、往時の方が植えた樹のようだ。

健診を終えて2カ所の老人施設を回った。初めにグループホームで3人を診て、その後向かいに出来た多機能型施設に入られた方の関係者ミーティングに参加した。
この方は以前から診ていたが、認知症の進行で私たちの顔も分からなくなった。
しかし参加された息子さんをしっかり認識されていて一番の笑顔で手を握り何度もさすった。
しっかり顔をだします、と目をうるませる息子さん。

文字通り触れ合うことから新たな出発が可能になる。

樹下美術館の作家・倉石隆氏のことがらが続く。

2014年5月8日(木曜日)

先月末、美術評論家の大御所林紀一郎氏からご自身の著書が届いた。
-美の領分・交遊録ーと副題が付いた「もの書き・恥かき・半世紀」。
著者、発行者とも氏ご本人で、去る4月28日第一刷の真新しい本だった。
70人近い作家達との交流やこれまでの評論が収められていて大変に興味深い。
またこの機会に120名に近い作家さんによる「林紀一郎 物書き半世紀を祝う仲間たち展」が
銀座で開催される。
素晴らしい事だと思う。

氏は新潟市美術館の初代館長として1985~1995年まで務められ、基を作られている。
そして小生が倉石隆と出会うきっかけとなった1995年の同館における倉石隆展の図録で「倉石隆断章」をお書きになった。
リハビリと闘病の中で製作した晩年の倉石隆への評論は重厚で心打たれた。
この度のご本にもそれが掲載されている。

林先生とは昨年秋の主体展レセプションで初めてお会いしてご挨拶しただけなのに、樹下美術館のことを覚えていて下さった。
生半可な拙生に貴重なご本と一筆を賜りひたすら痛み入るばかりだ。

 

059自画像と思われる表紙はとても良く、氏のサインと1982年の制作年が読み取れた。

0571995年新潟市美術館発行の郷土作家シリーズ「倉石隆展」図録。

 

話変わって去る5月4日、東京からある方が倉石隆の絵を携えて来られた。
取り出された絵を一目見て非常に驚かされた。
初めて見るブルーの倉石隆だった。
モノクロームの氏であるが色調は所謂白黒か朱色系で、当館の作品もおよそその範疇にある。
そこへ突然現れたブルーには極めて強いインパクトがあった。

 

012基調の青が冷たい分、女性の肌の赤みが体温や生命力を浮かび上らせる。
胸、腹部、腰の豊かさには畏怖さえ込められているようだ。
ぜひ来年の展示に加えさせて頂きたいと思います。

さて最後に、来る18日日曜日午後は新潟市美術館で同館友の会の方々に倉石氏について語ることになっている。
もとよりお話できる技量はないが、自らの勉強に資することにしたい。

上下浜に花を置いた。

2014年5月7日(水曜日)

返す返すも痛ましい上下浜の海難。
昨夕花を作ってもらい現場を訪ねた。

いつも車を止めるまさにその場所。
ここで夕陽を見ながら妻と車中でお弁当も食べた。

075

 

081

その場所で5人もの命が失われ、目の前に献花が並んでいる、、、。
花に混じってお菓子やジュースが沢山置いてあった。
しゃがんで手を合わせたがやはり涙が落ちる。

ここが好きな人は少なくない。
良い季節ばかりでなく真冬でもだれかが車を止めている。
みな心いためていることだろう。

夕暮れはうすべに色の雲をまとった半月が昇っていた。
尊い魂を慰める風だった。

痛ましい上下浜の海難事故 上越にも救助ヘリを 金属バスケットですくい上げては。

2014年5月5日(月曜日)

昨日、大好きな近隣の上下浜の海で痛ましい事故が起った。

午後美術館で庭仕事をした帰り道、すぐ先の空にヘリコプターが飛んでいた。
一機だけではなく、旋回もするので何か事故?高速道路かもしれないと思って家に入った。

すると夕刻の全国ニュースのトップが、こともあろうに上下浜で子ども3人大人2人が亡くなる事故を伝えた。
丘にホテルが建つ美しい景観の海で、余りに痛ましい出来事だった。

一昨日は一日中いやな感じで風が吹いた。
おそらく昨日の海は余波でかなりのうねりが生じていたにちがいない。
子どもは渚が好きだ。
次々と寄せる波は動物のようでもあり、近寄っては逃げる遊びの相手になる。

海辺で育った自分もよく遊んだ。
昨日の子供達も楽しかったことだろう。

それが突然巨大なうねりに襲われたのだ。
寄せ波が子どもを倒し、引き波で一気に沖へとさらったと考えられる。

一帯の砂はざくざくしたツブ状で、足が深く入り容易に流動する。
強い波の中、沖に向かって立つと、寄せ波は足のかかとをえぐり、引き波はつま先を掘る。
突然大きなうねりが来た場合、寄せ波で逃げてもバランスを崩しやすい。
足を取られたうえ坂を下る強い引き波が、次のうねりへと子ども達を飲み込んだのだろう。
横にうねる海岸の引き波は凹みの部分に左右から波が合流して川のような強い流れになる。

波はおよそ一定の大きさで打ち寄せるが、急に大きなうねりが来る時がある。
今回大波の原因は何だったのだろう。
この時期突風が考えられないこともないが、すぐには大波にならない。
私が知る一つの原因は、沖合を通過する比較的大きな船の引き波だ。
これは何度か高いうねりとして繰り返し岸に到達する。

異常に高いうねりは色が濃くボリュームがあり、見ていれば近づくのが分かる。
周囲が気づいて叫んだが、子ども達に聞こえなかったのか。
あまつさえ助けに向かった2人の大人までも飲み込まれた。
一定の波の日は大人も子どももライフジャケットしかないのか。

救助では救助(消防防災)へりがが間に合えば、隊員がロープで下りてかかえ上げるのが一般的だろう。
しかし波が大きいなど不安定な状況では手間取るのも想像できる。
衰弱している遭難者が手を伸ばしたり抱きつくのも容易でないかもしれない。

万一そのようなことであれば非常に残念なことだ。
今後の海難では、丈夫な金属バスケットですくい上げる方法を考慮できないだろうか。

さらに海岸線が300キロメートルもある新潟県のドクターヘリの基地が当地域から100キロ離れた新潟市だけ、
というのも散漫に思われる。
上越地域に一機分設置できればどれほど意義あることだろう。

 

テトラも無く、道路から近いこの場所は季節ごとに長野や群馬の方達の車が多かった。
亡くなられた人達はここを愛していたにちがいない。
自分も大好きな場所だったので、余りに痛ましく涙を禁じ得ない。

亡くなられた方々とご家族のことを思うと言葉も無い。
心から哀悼の意を表します。

釣ある日の上下浜。

倉石隆氏の新たな絵の掲載は次回に致します。

ホームページ、ブログの縁 女子高校生の寄り道 倉石隆の絵。

2014年5月4日(日曜日)

連休真っ盛りとなりました。
樹下美術館もいつもより多くの方達にお寄り頂き感謝しています。

鯨波へご家族でいらした東京の女子高生が電車に乗って樹下美術館を訪ねて下さいました。
樹下美術館のホームページかブログをご覧になりお一人で訪ねられたとスタッフから聞きしました。

女子高生のメモ可愛いメモ

展示をご覧になりカフェに下りてお茶、そして紙ナプキンに可愛いメモを残されました。
素敵な洋服のきれいな人だったそうです。

メモをポケットに入れたあと庭仕事をましたので、しわくちゃにしてしまいました。本当にごめんなさい。
当館が青春の小さな旅の思い出に残りますように。

もう一方も東京からでした。ホームページあるいはブログで当館を知ったと、ある美術関連の方が倉石隆の絵を携えられました。
氏の作品には非常に興味がありますので拝見しますと、初めて見るタイプの絵。
大変気に入りました。

お役に立てればとおっしゃり格安で譲って頂きました。
その方のバブル以後の美術の話は興味深く、
あと20年の辛抱、若者達の成長は期待出来ると明解に仰いました。
もうその時を見ることはないでしょうが、将来kの希望はやはり心温まります。

明日その絵をこのノートに掲載し、第3稿まで進んでいる倉石氏の図録にも急遽載せます。

さほど多く見られていない当ホームページやブログ。
しかし今日のように、樹下美術館が遠くの方に伝わった結果に出会うと、とても嬉しいのです。

キジ(雄)が松の枯れ枝に 見てみない振りの顔。

2014年5月2日(金曜日)

日をまたいだが、本日午後仕事場の庭でキジ(雄)が松の枯れ枝に止まっていて驚いた。
どぎついほど鮮やかで、鶏ではなかったが若冲かくやありなむ、と感じそうだ。

キジはある種日常の鳥だが、近距離で長く枝に止まるのは初めて。
何度かケンケンと叫んで羽ばたき、時節がら婚活の真っ最中のようだった。

間もなく在宅回りの時間が来て外に出ると下りて立ち去った。

 

1縦まるで掛け軸。

2後方なかなかのバックシャン(死語です)。

3横どんな訳があってこんな派手になったのだろう。

4羽ばたき時折ケンケンと鳴いて羽ばたく。

5帰ってくると草むらにいた。これなら見慣れた状態。

 顔のアップ 頭部を拡大してみると、反対向きに鳥の顔を付けて、向きをカモフラージュしているように見える。
つまり一年中「見てない振り」を通しているようではないか。
失礼だがかなり滑稽。しかしだましのような顔が赤で強調されていて、見ていると混乱てくる。

人前で小走りなど臆病なのに派手。見てみない振りの顔。大きくて目立つのに健在。
なにより痛々しいほど派手な容姿。。
一体如何ほど複雑な進化を経たのだろう。

近時いっそう人家に近づいているのは、里で狐や狸が増えているせいなのか。

明日は大切な憲法(お金にはなりませんが)の記念日で祝日。

6月、陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会 都寿司で試食。

2014年5月1日(木曜日)

来る6月、4回の日曜日の正午から「陶齋の器で寿司を食べる初夏の会」があります。

今夕大潟区の都寿司さんを訪れ、陶齋の器に盛った予定のお料理の試食をしました。
熱心な親方の工夫の成果が十分に発揮され大変満足、6月が楽しみです。

以下撮った写真を並べてみました(ほかにも品がありました)。

 

029お口取り:陶齋の梅皿と湯飲みで

031碗もの:これは親方の碗

032焼き物:陶齋の手付き鉢で取り回し

036お寿司その1;陶齋の染めつけ扇皿で

034お寿司その2:陶齋の志野風角皿で

037デザート:陶齋の染めつけ小碗で

陶齋の器が活かされ、食べ物がさらに美味しく感じられました。
会当日は食事のあと茶室に移り、不肖館長の点前でお抹茶をお飲み頂く予定です。

現在予約はほぼ埋まりました。次回は10月を予定しておりますので、ふるってご参加ください、お待ちしています。
お一人での申し込みもお受けします。
食事は7人前後でテーブルを囲む席で、館長がご一緒させて頂きます。

page001大きくしてご覧ください。

祝日朝寝の夢 行いの根拠 ユング ジューンベリーを植える。

2014年4月29日(火曜日)

28日月曜日の当ノートを書き終えた時間は午前0時01分でした。当日のつもりで書いていましたが日付の方は翌日29日火曜日になっていました。

記事はそのまま読みますと事実と日付が合わず混乱を否めません。
ブログは便利と言いますか、都合が良いと言いましょうか、日付を訂正出来ます。
そこで本日29日になって記事の日付を28日に修正させていただきました。

さて本日29日は昭和の日ということで祝日でした。
以前にも書きましたが、私はしばしば間近の祝日を知らずにいます。
前夜妻に言われ、突然休みのプレゼントを貰ったような気持ちになるのです。
それが頻回となりますと呑気を越えて働き過ぎあるいは実態は認知症、もしくわ精神の病かもと心配されます。

実は本日が祝日であることを、目覚めて初めて暦で知りました。
目覚めたのは午前10時半近く、妻は美術館の当番で既に居ませんでした。
寝ている間、何度か不十分な覚醒をして〝誰も起こさないのはまだ仕事の時間ではないからだろう〟
と思い、二度寝をくりかえしました。

どうもおかしいと実感し、時計を見ますと10時半、慌てて見た暦が祝日を告げていました。
寝てても良かったのだ、と深く安堵した次第です。

以前にも何度か似たようなことがあり、朝寝の間にしばしば夢を見るのです。
夢は同じような内容で、たいてい大勢でどこかに泊まりに来ています。

皆は自信に満ちた自然な表情で黙々と行動していますが、私は始終うろうろしています。
忘れ物か捜し物のため身が入らないという状態なのです。
捜し物は色々あるようですが、多くは靴です。
その場合、裸足なので余計落ち付きません。
探そうにも脱いだ場所が分からず、取りにも行けずずっと困っています。
そうこうするうち、帰りの列車の時間が近づいてきて焦りながら目が覚めるという案配です。

他人の夢など不興を買うばかりですが、上記の夢はもう起きろという信号とともに私自身を如実に物語るものと思っています。
〝日常の根拠の不明〟
私は日々色々な事に関わって暮らしていますが、
問われれば「根づいているものが曖昧」、もしくは「生きている意味が曖昧」という事かもしれません。
恐らくこのことは本当でしょう。

ところで本日午後、昨年の秋遅く買ったままになっていた「ジューンベリー」の樹を美術館の庭に植えました。
今朝の夢は樹が「植えて」と催促したのかもしれませんし、「私の根を見よ」と言ったのかもしれません。
こうなるとまるでユングの話のようですが、それもまた根拠が曖昧なのです。

連日の好天で庭は乾き、昨日は樹を植えるに適した状態ではありませんでした。
それが今夜半過ぎ、久し振りにしとしとと降り出して、良い雨になってきました。

ジューンベリーの苗木は2メートル少々の株立ちで雑木風です。
4月小花を散らし、6月に黒い実がなるという愛らしい樹です。
根拠に乏しい毎日ですが、上手く根着いてくれることを心から願っています。

シーグラスのチョーカーを大人買い。

2014年4月28日(月曜日)

ゴールデンウイークが始まっています。9連休の方達も少なくありませんが、私は暦通り。
仕事がら長い連休の経験はいまだありません。
しかし時にはひと月くらいゆっくり休んでみたい、と思わないでもない昨今です。
連休の中日ですが、診療所の方は本日かなりの方が来られました。

さて帰郷の方たちが加わって忙しかったという樹下美術館。
東京からのお一人が大好きと仰って、フロントに並べられているシーグラスのチョーカーを
全てお買い求められました。

シーグラスのチョーカーある日のチョーカーの陳列。

さっそく一つを身につけられ、ぜひこのガラスが落ちているのを見てみたいと仰ったそうです。
当館唯一のオリジナル商品ですが、こんなに気に入っていただくとは嬉しい限りです。
同じ海でもある所と無いところがありますので、いつかご案内させてください。

堀口すみれ子さんのお話。

2014年4月27日(日曜日)

4回目となりました堀口すみれ子さんの講演会が昨日盛会のうちに終了しました。

140426樹下美術館の庭穏やかだった昨日の庭。

すみれ咲いていたすみれ。

上越(高田、妙高)ゆかりの詩人・フランス文学者堀口大學を鼓舞し支えた人々のお話を、身内ならではの愛情とリアリティをもって語られました。

お客様集まった皆様。名古屋から申し込まれたお客様も見えました。

 お話は大學の晩年に、一冊の詩集から生まれた女子大生とのやりとりから、敬愛し合った團伊玖磨氏の芸術家としての骨頂まで興味つきませんでした。
團氏については大學訳詩「マレー乙女の歌へる」の軌跡、さらに不朽のオペラ「夕鶴」の素晴らしさや舞台に見られる進化にも触れられました。

堀口すみれ子さん

澄んだお声、美しい仕草、読まれた詩、、、。
ちょうど1時間、お話は筆者にとって高みへのあこがれ、そして生きとし生ける者の安心にもなりました。

講演後、多くの皆様はカフェに下りてお茶を飲まれ、感想を語り合われました。
お忙しいすみれ子さん、本当に有り難うございました。

 

附記
頂いた歌曲集のCD「マレー乙女の歌へる」の一節を開演前に流しました。
以下会場でお配りした短い資料です。
当歌曲集は、若き日の團、堀口両氏の約束が長い歳月を経て
2001年DAN YEARの最終プログラムとして実現し初演されました。

「マレー乙女の歌へる」資料

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