久し振りにほくほく線を見ながら車中弁当。

2014年6月2日(月曜日)

このところ何かと忙しくて以前のように夕陽を見ることが少なくなっていた。

昨日一回目のお寿司の会が終わった本日、ほくほく線の夕暮れ列車を見に行った。
実家の父の見舞いなどで遅くなる妻にセブンのお弁当を買ってきて貰った。

 

車弁当ほくほく線の高架が見える農道でお弁当を広げる。妻はビール私はノンアルコール。
昨年ホームセンターで作って貰った簡単なテーブルを広げる。

 普通電車

はくたか1時間少々の間に普通列車と特急はくたかを2本ずつ見ることができた。
遠くの信号が替わるとかすかに線路が鳴り、列車の灯が小さく現れる。
特に「はくたか」は胸高鳴る。明るい車窓が近づくや金属的な轟音とともに去って行く。

何かと余裕のない自分たちは「夕陽」と「ほくほく線または海」と「車中弁当」があれば、
当面楽しい旅行気分を味わえる。
(本当の所、妻はどう思っているかわかりませんが)

本日「陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会」の一回目。

2014年6月1日(日曜日)

6月は風、雲、花などみな良く、力がありとても好きな月です。
折々降る雨の風情も得がたく感じられます。

そんな本日6月1日快晴の日に「陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会」の一回目。
定数いっぱい7名のお客様を迎えて無事終了しました。

初対面同志の方が多かったのですが、
自己紹介をして一期一会の楽しい食事会となりました。

出待ち盛られて運ばれるのを待つ膳と陶齋の器。

お寿司メインのお寿司は二皿出ました。
これは二皿目で染附け椿の扇皿に盛られました。

お茶を待つ食後の待合室。

床の間茶室床の間。お軸はおなじみの陶齋の版画です。

正午から15分の休憩とお抹茶を入れて午後2時半過ぎまで。
最後に記念写真を撮りました。
「皆様本当に有り難うございました」

厨房の都寿司さん、お疲れ様でし。た。
とても美味しかったです、来週もどうか宜しくお願い致します。

マンテマの赤い道。明日は「陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会」。

2014年5月31日(土曜日)

2009年の今頃、美術館裏の農道でマンテマの群生を見た。
数日来この花が、上越市土底浜の西の端で旧国道に沿って数十メートルの土手を赤く染めている。

008

近くで見ると白いふちどりのある小さな赤い丸紋が集っている。007外来種と言われるが愛らしい着物の小紋のようで和風な印象がある。

明日は暑い一日の模様。陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会の初日。無事を願いたい。

 

頂いた根曲がり竹 遠雷に起こされた早寝

2014年5月30日(金曜日)

上越市のように海有り山有りの地方の良いところは、旬の食べ物に恵まれることがあろう。

本日はいつものご近所さんから根曲がり竹を頂いた。
焼いて七味を加えたマヨネーズ味噌で食べた。

筍どこから採ってきたの?と聞いても絶対に教えてもらえない美味しいタケノコ。

その食事のあとで猛烈な眠気。
横になると眠ってしまった。

どれほど経ったのかごろごろと遠雷が聞こえてきた。
大きな音がして目覚めると10時半。

制作中の図録「樹下美術館の倉石隆」の挨拶文の最後がまだ決まらない。
起きて悶々とするうち氏のモノクロームからヒントが浮かんだ。
うまくい行けば早寝の得になるかもしれない。

鳥の水浴びを見ながらカフェで昼食。

2014年5月29日(木曜日)

本日昼食に美術館へ寄ると、やはり鳥たちの水浴びを目にした。
水浴びは大胆な行動ながら、無防備でもあるため落ち着かず、それがまた可愛い。

カウンターから全てのカウンター席から見えますが、一番左の席が正面となりよく観察出来ます。

シジュウカラシジュウカラ。

ヒヨドリ番い ムクドリが二羽(つがいではなかろうか)。

 

コムクドリ雄コムクドリ雄。

コムクドリ雌コムクドリ雌
(鳥の写真はCanonEOS60DにCANON EF70-300mm F4-5.6L IS USMEFでズームレンズで撮りました)

その昔、室内で傷ついた雀のヒナを育てた。
うまく育ち、ある日皿に水を張って置くと突然水浴びを初めた。
教えた者も居ないのに、けなげな姿にジーンと来たことがあった。
(その後砂浴びもしたのです)

水浴びは鳥達の特に愛らしい時間。
庭の奥にあった時、からすも訪れた。
しばし湯船につかる如く深く身を沈めた後、ダイナミックにしぶきを上げた。

今後の水場は、巣立った幼鳥や若鳥たちも加わって賑わうにちがいない。
どんな鳥のどんな光景が見られるか楽しみ。

皆様もご覧になってみてはいかがでしょうか。

山に白雲庭に花 水場に小鳥の夏は来にけり。

2014年5月28日(水曜日)

本日気温が30度近くまで上がった。関田山脈からむくむくと白雲が沸き立ちいよいよ夏。

庭の花々が満を持して開花を待っている。
ススキが葉を伸ばしトクサがぐんぐん大きくなっている。

アスチルベ待ちきれずに咲いたアスチルベ。これから緑が濃くなると余計白い花が目立つ。

 

水盤カフェの遠い正面で水盤を乗せていた山桜の切り株が朽ちた。
皆で水盤を持ち上げてカフェの近く左手に置いた。
本日寄った時、何種類か鳥たちが来ては飛び去った。一羽の鳥を撮ったらコムクドリだった。

コムクトリの水浴び以前の半分より近い距離のため見やすく、これから大変楽しみ。
上掲二枚はカフェのガラス越しに撮りました。
一番左手のカウンターが最も見やすいようです。

夜、窓を開けますと、ひんやりした風が通りました。山の、あの何ともいえず気持ちの良い匂いがすーっと入ります。
この間まで春まだ寒し、などと言っていたのが嘘のようです。

影が幻想美人になるパーテーション

2014年5月27日(火曜日)

夏休みと連休どき以外は火曜日休館の本日午前。
スタッフ、アシスタント5人が美術館庭の除草作業にいそしんだ。

昼食は皆さんと落ち合い、近所の食事処で摂った。
そこは隣席とパーテーションで区切られている。

スクリーン風のパーテーションにプリントの如き庭木の影があった。

たまたまスタッフがその前を通った所、くっきり影が写るのです。
試しに二人のスタッフに手前に座ってもらうと、美しいプロフィールが現れるではありませんか。
まるでおとぎ話の主人公ようでした。

002

 

004少々不思議でしたが外に反射物があり、お天気や時間でうまく映し出された現象だったのでしょう。

夕食は久し振りに友人夫婦と高田で一緒しました。ほぼ同じ年、仲の良いご夫婦からはいつも刺激を受けます。

雨の樹下美術館 陶齋の器でお寿司の会。

2014年5月26日(月曜日)

本日朝から雨模様、午後からしっかり降り初めると23度あった気温が17度に下がりました。

このところの診療では気候の急変などで消化器、呼吸器、皮膚など急性疾患の方が増えております。
一斉に訪れた春の影響で仕事、畑・園芸、家事、旅行、スポーツなど忙しく過ごし、隠れた疲れも溜まる時期かと思われます。
過日はB型インフルエンザの方が来られました。

雨の庭

さて本日雨の日、新潟県立高田高等学校の卒業生さんで、私より少し上の女生徒さんたち10数人が来館されました。
鵜の浜温泉に宿泊し、女子だけの同級会をされ本日のお訪ねということでした。
観覧のあとのカフェで全員がお抹茶。予めその事をお聞きしていましたのでお茶碗の総動員でした。
皆様お若く、展示、雨の庭、お茶とも喜んで頂いたとお聞きし有り難く思っています。

ところで、お陰様で6月の「陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会」のご参加は予約が埋まっております。

このたびご都合悪かった皆様、是非「秋の会」にお越し下さい、お待ちしています。
受付は7月1日からお受けします。樹下美術館の窓口またはお電話025-530-4155でどうぞ。
1回1組6
~7人のテーブル席で館長もご一緒します。
お一人様の参加も大歓迎です。

(どうぞ大きくしてご覧下さい。)

60年はやはり長いと感じた級友との再会。

2014年5月24日(土曜日)

今年4月に小学校の同級会が鵜の浜温泉であった。

その時「俺Y、わかりますか」とある男性がにこにこしながら話しかけてきた。
にわかに思い出せなかったが、続けて性をつけて名乗ってくれた。

雁子浜のY君?!ああ何という懐かしい名だろう。
確か小学校の君はやはり今のような人なつこい笑顔で、はっきりした言葉を話していた。
もう細かな場面は思い出せませんが、名前と笑顔と話し方で十分でした。

学校の行き帰りを一緒に歩き、学校でも何かとそばに居ましたね。
自然で楽しくて安心だったY君。

卒業すると私は高田の中学校へ行ってしまい、会うのは小学校卒業以来。
つまり昭和29年3月以来実に60年ぶりだったのです。
ある意味10年でも長いのに、それを6回も繰り返した歳月です。

卒業してから数年は年賀状をやりとりした覚えはありますが、
あなたは中学校を卒業すると東京へ出て就職したのですか。

その後の苦労と恩人との出会い、そして方向転換と成功。
素晴らしい話でした。

しかし何より60年の歳月を経ても当時と同じ笑顔としっかりした声で、目の前に居るY君。
そのことが本当に嬉しかったのです。

話変わりますが、子ども時代や学生時代の写真などを見ると、
「時はあっというまに過ぎ、人生は短い」という月並みな感覚に襲われます。

しかしY君の名を聞き、笑顔と声を目の当たりにすると当時の自分たちの雰囲気が蘇るではありませんか。
あたかもすっかり忘れていたシミのような小さな点が、突然3次元的に急膨張し実感をもって現れる。
それは写真と異なり「ああ、やはり60年は長いんだ]と、
思わないではいられない不思議な時間感覚を伴っていたのです。

同級会の上手なスナップ写真を送ってくれた彼に、昨日午後遅れていた礼状を書きました。
過ぎる時間の早さを嘆く日にあって、
人生が長いと感じるには、忘れてしまった古い友人か初恋の人などと巡り会うのがいいのかも
しれません。

雁子浜の夕暮れY君が住んでいた雁子浜の夕暮れ。昨年の初秋です。

それにしましても、
①昔々とても親しく感じていた人と。
②長く会わないですっかり忘れ。
③突然のように再会する。      これら3つが揃うのはそうそう無いかもしれません。

しかし、しかし、これから年取ると、まさに85、90と健康に年取ると、忘れていた青年時代から幼年の事を明瞭に思い出すようになるらしいのです。
それは長く診た患者さん達はじめ、晩年の母にはっきり見られたことでした。
実際に再会しなくとも手に取るように昔々が現れる。
その先はどんどんと赤ちゃんまで戻って行き、ついには居なかった静かな世界へと帰るのでしょう。
このような過程は認知症の側面(あるいは老化現象)などとくくってしまうより、はるかに巧みに仕組まれた健康的な終末の贈り物tというべきかもしれません。

超高齢者の方達は「長ーく生き過ぎた」と本気のように仰います。どこかで若き日、幼き日が蘇っているのでしょうか。
私がY君と出会って長い60年を感じたように、恐らくそれ以上に。

おととい蓮華 今日は葱 アカシアこぼれて 寒くても初夏。

2014年5月22日(木曜日)

ここ二日間で合計20時間は寝ました。
疲れたら休んで(眠って)とは、いつも皆様に言っていることでした。

するとどうでしょう、二日続けて腰が痛くなり(寝腰です)、気分も滅入っている感じがしないでもありません。
明らかに寝過ぎです。

午前中に診療して、その行き帰りに階段を250段ほど昇降、自己流ストレッチもしました。
午後は保育園の健康診断、終わって午後休診の日のため美術館へ行きました。

葱畑以前にも書いた大潟区渋柿浜のアカシア香るねぎ畑。
かつてのヨット仲間が作っています。

カフェでコーヒーとロールケーキを食べ、お礼状の葉書を書いているうちに心が落ち付きました。
窓辺の若い2人の女性とテーブル席のおばさま達がカップやお抹茶茶碗を喜ぶ声が聞こえます。
でしょ、でしょ、と心で叫ばせてもらいました。

行き帰りのねぎ畑は大いに雨を喜び。
周囲のアカシアの花は(もちろんニセアカシア)はこぼれんばかりでした。

ニセアカシアいっとき射した陽に、アカシアの花と若葉が色冴えます。
今年は雪が少なかったせいでしょうか、多くの花々は色濃く沢山咲くようです。

寒い一日でしたが、人も天然も元気でした。

終わって励み ああ、れんげ草。

2014年5月20日(火曜日)

本日拙展が終わりました。
皆様のお陰をもちまして無事であり、かつ大方の売り絵は完売され、絵はがきは1200枚ほど出ました。
(会期中失礼と思いましたが、品質に問題を感じた[「辛夷」の3Dキャンバス数点を押さえさせて頂きました)

皆様のご感想では水彩画への評価を多く耳にしました。
期間中水彩は難しいという話をよく聞き、私自身もそう振り返っています。
一方油彩に関して、新たな境地と指摘され勇気づけられました。

年齢と根気を考えますと、出来れば油彩による植・静物画を深めてみたい、という心境です。

さて本日昼休みが終わって会場から帰る道すがら樹下美術館へとさしかかる場所で、
美しいれんげ草の群生をみました。

れんげ草1なんと美しい光景だろう。これだけ爽やかなのは、管理をされているからだろうか。

れんげ草2ツメクサではなく紛れもなく「れんげ草(ゲンゲ)」ですね。

れんげ草3小さなシャングリラ(桃源郷)。

 

終わって見ればあっという間でしたが、展覧会の会期中お訪ね下さった全ての皆様、

ご後援を頂いた新潟日報社、株式会社上越タイムス社、上越よみうり、
FM-J エフエム上越、公益社団法人上越市有線放送電話協会、高田文化協会、
上越美術協会、
主催の遊心堂の各位。

「有り難うございました」

「新たな励み」を得た事は何よりの収穫でした。
貴重な収益は樹下美術館の充実のために当てさせて頂きます。

早くも涼し青田川。

2014年5月19日(月曜日)

拙展も残り一日となり、本日午後1時間少々在廊しました。

お客様は減り始めましたが、それでも閉館まで60名前後の方が見えた模様です。
中に懐かしいお顔もあったと聞きました。
明日最終日は1時間短縮して5時の終了です。

帰路青田川の遊歩道を少し歩き、橋から写真を撮りました。

青田川を東へ橋から東の方向。

青田川西へ西に妙高山。

拙句) せせらぎは早くも涼し青田川

幾つかのラッキーと一つのアンラッキー。公立美術館との交流。

2014年5月18日(日曜日)

何度か書きましたが、本日日曜日は午後3時から新潟市美術館で倉石隆の話をすることになっていた。

実はそのためのスライド作りを昨夜から続けていた所、気がついたら朝7時!
キャプションの位置を揃えるなどまだ修正したいところもあったが、即刻中止して寝た。

個展案内板遊心堂さんの案内ボードもあと二日。

 

起きて拙作品展に出向くと10時半、もうお客様がいらしていた。
2011年新潟市の知足美術館の個展でお会いしたある退官教授ご夫婦のお顔が見えた。
その時自分もボタニカルを描いてみたい、と仰り、後にわざわざ樹下美術館まで訪ねてこられた。
幾つか要点をお話したことは覚えているが、頂いた年賀状のバラに独自の境地を見て驚かされた。

このたびは絵葉書にした最近の作品を拝見したが、ル・ドゥーテばりの生き生きしたバラだった。
起伏を越えて筆を折ることなく描き続けられた事に、同志的幸福を覚えた。

皆様にご挨拶している間にあっという間に正午、新潟市へ急いだ。
新潟市美術館協力会の年次総会後の講演は「倉石隆作品との出会いと樹下美術館」がテーマ。
80枚もあるスライドを急いだが15分の予定オーバー。
終わって一つ質問が出た。

会場会場の様子 司会は1995年の図録「倉石展」を作られたM氏。

その方は以前に樹下美術館を訪ねたと言われ、当館オリジナルのシーグラスチョーカーを着けていらっしゃった。
質問も良く、丁寧に答えさせていただいた。
さらに会場には上越市からご常連さんの顔が見えていて、遠くでご自分のチョーカーを指さされた。
こともあろうに来月、会場の皆様はバスで樹下美術館を訪ねてくださるという。
小さな樹下美術館の何という果報、有り難き幸せである。

終わると担当の副館長Mさんが「開催中の特別展「洲之内徹と現代画廊展」を案内して下さった。
膨大な展示を急ぎ足で見て回った。
中でも夭折した画家達の作品には独特のインパクトがあり、直視の機会が乏しい松本俊介、村山槐多らを
目の当たりに出来たのは望外の幸運だった。

昔の芸術家は止まない咳が始まると結核→死を直感して、憑かれたように濃厚な若い魂を燃焼させたのか。
その点、何とはなしに80、90と長生きする現代の制作には、ある種の間延びの辛さなどないのだろうか。
反面、その気になれば死期を意識する晩年こそ、長い過去の経験と相まって新たな精彩が期待出来るかもしれない。

たわ言はこのくらいにして、続けて案内された同館のコレクション展示を急いで見た。
驚いたことに、倉石隆の戦後初期の傑作「(静物あるいは瞬間)」が入り口の特等席に架けてあった。
図録「倉石隆展」の一番目にある作品で、想像よりもずっと大きく103,3×162,1㎝の大作だった。
自由美術協会に入会した年の記念碑的作品にちがいない。

(生物あるいは瞬間)乏しい絵の具をいとおしむように丁寧に使い、全体に幸福感が漂っている。
猫と手袋の黒を浮き立たせるアイボリーとグレーが効いたおしゃれな絵だ。

 

その次のコーナーには倉石隆と傾向が似て、しかも氏が影響を受けたウジェーヌ・カリエールが4点?並んでいた。
軟らかなランプシェードに浮かぶカリエールの人物。
「霧のカリエール」と称された通り、うす靄のような空気の中で静かに呼吸していた。
倉石氏から続くこの並びは憎いほど気が利いていて、同館ご自慢のコーナーであろう。

先日は新潟県近代美術館の学芸員の方達が当館の堀口すみれ子さんの講演会に来られた。
また、この度は新潟市美術館に招かれ、来月は協力会の皆様が樹下美術館を訪ねてくださる。
かつて遠いと感じていた公立の大きな施設と小さな私どもが親しく交える。
わずか8年目であるが頑張ってきた成果なのか、大変嬉しい。

カリエール薄い霧がかかっているようなコーナー。

本日関東、東京から来客があり鵜の浜温泉で夕食をともにした。近時珍しく品の良い夕焼けだったが、陽はすでに帰りの道中で沈みカメラには収まらなかった。
2時間しか寝ていない日の高速道路、、居眠りが心配だったが無事だった。

夕暮れの火打、焼山 - コピー日暮れた上下浜のあたりから高速道路を見る。遠くく火打山、焼山、西頸城の山々が見える。

拙展の会場で友人とご家族が「ガラステーブルの洋梨」を2点買って下さったと聞いた。
友は有り難い。

「樹下」の名付けを気に入って下さったお客様。

2014年5月17日(土曜日)

午後の在廊を終えて樹下美術館へ帰るとほっとする。
ところで本日新潟からのご夫婦は道路の案内にあった「樹下美術館」の「樹下]の名が非常に気に入り
わざわざ探して来られた、と言う。

樹下からは癒やし、リフレッシュ、さらになごみのイメージが浮かびます。
名付け親がいうのも何ですが、私もこれ以上良い名は無いと思うほど気に入ってます。

そのことをダイレクトにおっしゃったお客様に非常にシンパシーを感じました。

樹下美術館8年目の初夏を迎える庭木はいつしか大きくなり、樹下のイメージがらしく感じられるようになりました。

お客様は樹下美術館を喜ばれ、展示をご覧になりカフェで休み、庭を歩かれたそうです。
拙生の絵はがきを求められると、その場で知人に書かれたということでした。

館よよさらに樹下となれ。

途切れない入場者様 迫るのに延ばす。

2014年5月16日(金曜日)

本日金曜日、疲れて昼食もせずに昼寝をしたら午後1時をかなり回っていた。

慌てて遊心堂さんへ、そしてすぐにお弁当。
昼休みを過ぎた時間だったので次々に来場の皆様が見える。

妻の話によると、午前中には舟見先生、堀川先生、東条先生らアートの大御所の方達が
お見えくださった、と聞いた。

励ましを頂戴したようだが、プロの方達の眼は厳しかったに違いない。

 

来場さん

遅く出かけたせいで1時間足らずの会場だった。
皆様が如何に花を愛しお好きでいらっしゃるかひしひしと伝わる時間だった。

明後日は新潟市美術館のイベントで倉石隆を話すことになっている。。
スライドを作っているがすでに40枚になった。

齋藤三郎の焼き物は用の側面から見ることが出来るが、倉石氏の絵画は黙するばかりだ。
その分なぞが多く、それだけ深く感じられる。

他者を語るのは相当な困難を伴う。
人間同士であることに基盤を求めて幾つかの角度からお話しすることにしよう。

倉石隆の表紙倉石隆の図録表紙。
これをスライド表紙に使う予定です。
本物の図録発行は開館記念日の6月10日へとまた先に伸びました。

「人生の終わりは足早に迫りくるのに、仕事は先へ先へ伸びる」
わが遠い縁者・小山作之助が晩年このような意味の言葉を述べています。
恐ろしくて較べるべくもない人の言葉ですが、やはり分からない訳ではありません。

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