堀口すみれ子さんから届いた詩集「月あかり」。

2025年12月1日(月曜日)

先日湘南にお住まいの詩人・エッセイスト堀口すみれ子さんから詩集「月あかり」が届いた。
50篇が編まれたご本はこれまで月間「かまくら春秋」に掲載された詩篇から選び、第三詩集として出版されたものと、あとがきにあった。
その末尾に令和7年秋としるされているので最新の出版ということになる。

「月あかり」堀口すみれ子著
かまくら春秋社令和7年12月21日発行
頂いたのは発行前の本だった。

届いてから5日ほど、まず10数篇を読んだ。初めて目にする言葉が幾つも出てきて調べるのは楽しかった。

土地、草花、鳥、時節、生活など詩人を巡るモチーフが美しい言葉で編まれる。前両陛下が長年お忍びで食事に寄られたすみれ子さん宅。貴い詩は私みたいな者の心にも触れてくれる。
何時でも何処でも携行し何度も読みたい。

読んだ中から「夏野菜」を掲載させて頂きました。

つやつやと
ひかりを照り返す
なんと美しい茄子の皮
この紺色と
青白い果肉の対比は
案外だ
太陽に愛された
トマト、ピーマン、ズッキーニ
忘れてならない
玉ねぎ、にんにく
個性きわだつ
夏野菜たち

これらすべてを粗く切り
「ごめんね、煮るよ」と
炒めて 煮ること 三十分
とがった個性が融け合って
あまく やさしく 丸くなる
ラタトゥイユ 夏の逸品

すみれ子さんが初めて当館を訊ねて下さったのが2009年、以来5度の心打つ講演をして頂きました。

午前柿崎、午後大池 念願のエナガはピンぼけの1枚。

2025年11月30日(日曜日)

本日日曜日、朝食のメザシ定食を食べて昨日歩いた柿崎海岸を再訪した。昨日は風も無く空も晴れたが波だけ高くシーグラスは皆無。今日なら波も穏やかになりシーグラスも上がっていようと、日曜なのに早起きして出かけた。

以下朝ご飯の説明です。

卵焼き、ミニトマト、メザシ、ご飯に牛乳と番茶。
この「メザシ定食」が基本の朝食。
これでもかなり手が掛かっている。

およそ4年間、昼食抜きが基本だがたまに昼、美術館でサラダと紅茶(ノンカフェイン)を摂る。心臓の命令に従い、日中は出来るだけ消化器を休ませたいのでこうなった。旅行先でも昼食を抜くが、医者が聞いたら叱られそう。

メザシはこれまで妻が近隣から買ってきていた。本当は細く堅いメザシが好きなのだが中々毎日揃わず、しばしば軟らかく大きめのが出た。これは苦い内臓が多く歯ごたえも無いのでネットで探したところ幾つかあった。

この度は和歌山県は太地町のもの。
全部で3099円だった。

メザシは既に焼いてあるので、妻はフライパンに取り湯とお酒少々を掛け短時間蒸しているという。

ポリポリモグモグ、メザシを食べてから柿崎海岸へ。シーグラスは沢山見つかったがブルーや白ばかりで、お目当ての赤や黄色は見当たらない。5,6年前ならごくまれにそのようなものがあったのに、取り尽くされたのか。

昨日とは打って変わり海岸は釣り人で賑わっていた。

今朝の海岸。

午後は大池いこいの森公園へ行った。裏手のビオトープは今春歩いたが「いこいの森」は一年半ぶりだった。

前回から季節が一巡り半していたが、公園のおよそは例年通りの状況で安心した。橋を渡ってすぐの所にオヤマボクチの一群がひっそり枯れ花となって迎えてくれた。

 

上掲2枚のように
まだわずかに赤味を残してる花もある。

すっかり枯れた花。

風雨にさらされる野の草花の中で大きなオヤマボクチは枯れても目立ち、ともすれば雪解け後の春、雨雪に晒されたたまま残るのを見る。今どきの枯れ花は哀れに老いた印象があるけれど、厳しい冬を越え春光の中でベージュ色になったのにハッとさせられる。

大池に行くのは年に一度は撮りたい「エナガ」と出会うためでもある。ここでエナガを撮るとき、歩き回るのが面倒なので森の入り口でじっと待つことにしている。今日は草花を見ながら3,40分すると、ジッジッと小さく鋭く鳴いて7,8羽の群がやって来た。
目の前の雑木や松で盛んに鳴くのに姿は見えず、以下の1枚撮っただけで終わりになった。

慌てふためいて撮った1枚。

雪前に再び晴れる日があればもう一度出かけてみたい。
森に行くのはどうも怖い。何処に出るか分からない熊さん、そろそろ冬眠ではないですか。

再度柿崎の海岸を歩いた 海のチョウゲンボウ 田んぼのマガン 低カフェイン抹茶。

2025年11月29日(土曜日)

昨日よく晴れた土曜日。インフルエンザの方、ワクチンの人で当院にしては忙しかった1週間。本日一時間ばかり昼寝をした。

数日荒れていたのでシーグラスを探しに柿崎海岸へ。


まだ波が高く砂利やグラスは上がっていない。諦めてカメラ片手に歩くとカワラヒワの小さな群が飛び立った。撮ろうとしたがあっという間に飛び去る。
するとピーピーと声がして見上げるとタカが舞っていた。カワラヒワを追っていたのか。

電柱に止まったタカ。
チョウゲンボウでしょうか。

まだ収まらない波のせいか海岸に釣り人はまばらだった。釣果は無くても釣りは楽しい。

 

長野県から来られていた方。
お声を掛けて撮らせて頂いた。

海の後、帰路は新柿線で。数日前にマガンの群を見た場所でさらに多くの群がいた。

やや緊張の表情のマガン。
数分すると再びくつろぎ始めた、

帰路、同級生A君の家のイチョウが美しい。

 

夕食に頂いた琵琶湖の鮎の佃煮。
先日来県された滋賀の方からの頂き物。
美味しくて恐縮しています。

食後にサツマイモの羊羹で抹茶を飲んだ。

先日来カフェインレス、あるいは低カフェインの抹茶を探していた。いくつか見つかったものの中から注文した品が届き本日味わった。
さっぱりした味でかなり抹茶らしい風味がした。これなら安心して飲めそうなので嬉しい。

三重県桑名市の生産者のものだった。
カフェイン除去率87,2%とあった。
20グラム入り1600円の缶でした。

過日書かせて頂いたようにカフェインは心身に興奮的に作用し、私の様に冠動脈ステント治療を必要とした身体には心臓の負担を生じる。
一般に服用後、5時間は作用が持続するといわれ問題がある場合には無視出来ないものとなる。

この分野はノンアルコールと同じようにさらに研究と一般化が期待される。

晴れて良い一日だった。

暖かな日の朝日池、のんびり過ごす水鳥たち。

2025年11月29日(土曜日)

マルト商店で買い物をした一昨日木曜日は暖かだった。お休み日だったので昼前から朝日池へ出かけた。これまでねぐら入りや田んぼの食事を撮っていたが、この日多くの白鳥は日中も池に残りのんびり過ごす様子が見られた。

気温の高い日、時に白鳥が池に残るのを見た。冬鳥にとってこんな温かな日は、食餌といえどもわざわざ田に行くのが面倒くさいのだろうか。それとも到着直後のため羽休めいう一団もいるのだろうか。想像するのは楽しいが本当のところ分からない。

水位は低く枯れ蓮が沢山残ったいる。

枯れ蓮の中で白鳥だけが目立つ。
カモは見事にカモフラージュされている。
大きな白鳥はタカなどからの捕食を恐れないのだろう。

マガモの一群。
周囲との区別が付きにくい。

コハクチョウの羽ばたき。
バタバタと大きな水音。
後ろにもう一羽がいます。

 

 

ファインダーに鴨の仲間が入って来た。

 

よくみるオオバン。

鴨に混じってカワウの一群。
羽を広げ温まっている風。

カモたちが突然飛び立った。
はっきりしないがタカが襲ったのか。

近くの農道でマガンが日向ぼっこ。
仲間の多くはそばの田圃で食餌中。

鳥たちの生活はやはり大変であろう。特に渡りをする鳥は並大抵でない距離を飛ばなければならない。
鳥になりたいと思うことがあるが長距離の飛翔や保証のない食事など野性生活は自分には無理だと理解できる。

しかしながら異種同士の争い無い生活や群に見られる気まぐれな自由度は私達に足りないものに写り、少々羨ましい。

本日一時大雨だったが温かく髙田で15,7℃だった。

美味しいイチジクお菓子など、大潟区のマルト歌代商店は特別。

2025年11月28日(金曜日)

今日は木曜日、インフルエンザが猛威を振るっているが定休日なので休ませて貰った。

いつも鳥の撮影は午後か夕方なのだが今日は8時半過ぎに朝日池へ。白鳥や水鳥の群れなどは新鮮だった。

朝日池の後、ある方の見舞いに診療所すぐ前の「マルト歌代菓子店」に寄った。見舞用2個に家用1個のイチジクの缶詰めを求めた。透明で美味しいシロップに柔らかく馴染んだイチジクは絶品。

求めたいちじくの缶詰め。
ジャム、甘露煮と共に昔からの名物。

本日昼の店はいっそう美味しそうにお菓子が並び、唾が出て仕方なかった。車からカメラを引っ張ってきて写真を撮らせてもらったが私の前のお客さんは長野ナンバーだった。

いちじくのどら焼きと最中もてっぱん。
地元ならではの米大舟最中も名物に。

 

多様なプリンなどみな美味しそう。

遠近のファンを集めるマルト歌代商店。

華々しいケーキが盛んな中で昔ながらのオリジナルいちじくお菓子にはあらてめて引力があった。

8号線潟町駅前信号を海方面に向かって350メートルほど、突き当たりがお店です。

初めての方にもお勧めのお菓子店、ぜひ一度お寄りになってみてください。

樹下美術館の紅葉 再度の木村茶道美術館 唐椿(からつばき)という花。

2025年11月24日(月曜日)

長く暑かった今夏は紅葉には良くないと聴いていた。けれども頑丈な自然はしっかり秋の彩りをもたらしている。

本日東京からお客様が見えた。お茶の趣きが染み込んだ人なので木村茶道美術館をご一緒した。一昨日に続いて2回目の同館紅葉茶会。同じ催しを複数回か訪れるのは悪くない。

前回から二日経ってどんな花が生けてあるか、先回楽茶碗だったのを替えてみたい、利休の茶杓と水指の切り口を撮り忘れたので撮りたいなど、具体的な目的もあった。

同館が優れているのは私達に今日はどんなお茶碗で飲みたいですか、と聞いてくださるなど、対応が窮屈でない点が本当に有り難い。客人は西岡小十の唐津井戸、妻は三代徳田八十吉の色絵茶碗を、私は河井寛次郎の笹絵茶碗を所望させてもらった。

 

例年よりも色濃い樹下美術館の紅葉。

 

暖かな日で沢山ご来館頂いた。

さて柏崎は木村茶道美術館再訪です。

間もなく茶室という場所。
青々した竹と山茶花が爽やか。

以下サザンカ2種。

 

以下は茶室の話題。

 お花は「ハマギク」と「ウメモドキ」に変わった。
スタッフさんらが持ち寄ると聞いた。

千利休の茶杓と筒。左は寛次郎の茶碗。
茶杓は手に取ることが出来、
普通は出来ないことと、客人が驚いた。

利休の茶杓は軽く、節に小さな三角形の凹みがあった。小枝の跡であろうそれは茶室の気宇全体を吸い込むような急所ではないかと想像した。

白釉の李朝水指は鶴首の大徳利の首を切ってしつらえたと聞いた。切り口は金で整えられている。徳利の首を切って水指にするなど昔人の力の入れようには驚かされる。

帰路、庭に照明が点いた。
色々追加見聞し再訪して良かった。

家に着くと、前日妻が興奮気味に話した唐椿(からづばき、とうづばき)が玄関に生かっていた。初めて目にする花は長くしっかりした葉を沢山まとい、実に存在感がある。
出先でたまたまお会いした直江津のお茶人S夫人から頂いたという。才媛の夫人は茶道の真髄を理解され、分けても花への精通と活かし方は別次元な方。

一輪目。

 

別に貴重なつぼみが二つ。
必ず咲きますよと仰ったそう。

ああ唐椿という花があるとは、やはり長生きはしなければならない。凡人ならなおさらだ。

週末の種々。

2025年11月23日(日曜日)

今週末は二組のご夫婦が訪ねて来られた。一組は作日滋賀県からもう一組は本日東京からだった。滋賀のお二人には昨年末の京都、滋賀行きで大変お世話になり、思い出多い旅行が出来た。
この度は、かって深くお付き合いのあった方の供養に来県され、木村茶道美術館と夕食をご一緒した。

もう一組は本日到着した若い身内で新婚ほやほやの二人。静かな表情にあふれんばかりのエネルギーを秘めた両人と幸あれと願って夕食を共にした。

以下はまず木村茶道美術館から。

本席の一行書「大衆角雖多一麟足」
大徳寺116世管長・萬仭宗松筆。
萬仭宗松(ばんじんそうしょう)、
1325年没。

衆角雖多一麟足:いかに角付きの獸が多く集まっても聖獸である麒麟一頭に足りない→いかに多く凡人が集まろうと一人の聖なる存在を越えられない。

神山清子作
信楽焼き締め偏壺花入れ。
花:桧扇の実と西王母椿。

刻文李朝水指。
白釉の温かみと自由な文様が麗しい。

 

美術館の松雲山荘は紅葉の名所。
モミジ散る庭は晩秋の風情満点だった。

以下は新婚夫婦と一緒した今夜のイタリアンレストラン「ラ・ペントラッチャ」。

ダイナミックなピザ窯操作。

 

今日は若い夫の誕生日。

何かと忙しいが本日日中、かねて予約の米山水源カントリークラブを回った。このところ非日常的な食事が続き本日はゴルフ場で昼食を食べ夕食も外食。そのため朝食を抜き牛乳コップ半分と水分のみ摂取して家を出た。

かっての3分2しか飛ばなくなった。

前々から晴れの予報。朝は寒かったが風も無く芝生は黄色に色づき、草もみぢの眺めは壮快だった。シルバーティーから45、52で回り今年のゴルフ納めとした。
冬中、心身に気を付け、来る年も60数年目になるゴルフを続けたい。

盆と正月が一緒に来たようなお招き。

2025年11月20日(木曜日)

快晴の本日某宅の食事に招かれた。お宅ご夫婦を入れて8名の集まりだった。皆さん名士でお顔が広く地域や県レベルの文化、経済、社会、政治、産業、医療など話題は多岐で大変興味深かった。

何事も公平、真摯な点において共通され、さすが地域を主導された皆さんの人柄に感心しきりだった。

玄関のお花。

 


良く言う「盆と正月が一緒に来たような」ご馳走を食べ、当地にこんなに美味しい寿司があるのか、という折を頂き4時間に及ぶ会食を心から楽しませて頂いた。

それにしても、あるじ二人を入れ8人分のこの仕度は大変だったに違い無い。ご夫婦の並外れたチームワークを思わないではいられなかった。
最後は厚い見送りを受け、傾いた陽を受けながら安全運転で帰った。

今夕も北海道の幸 懐かしい写真。

2025年11月19日(水曜日)

昨日に比べ本日は少し寒さが和らいだ。拙医院にしてはインフルエンザワクチンでそれなりに忙しい。小さなお子さんも来られるので優しく注射するがそれでも泣かれる。
ワクチンと並行して感染者も増えつつあるのでマスクのほかうがいや歯磨きもさらに丁寧にしなければならない。

さて本日夕食はホタテだった。昨日の牡蠣と共に北海道から届けられたものだった。

ホタテがこんなに美味しいとは
恥ずかしながら知らなかった。

送り主の方が小学生のころ(5年生だったろうか)昨日書かせて頂いたように兄妹一緒に夕食を共にした。
写真があったはずだと思い探したところ30年近く前で当日のものが出てきた。

洋服が記憶と違っていました。
賢そうな二人。

Iさん、美味しい食べ物を有り難うございました。これからの季節空港の仕事はいっそう神経を使うことでしょう。どうか元気でご活躍ください。北海道の幸のお陰で家内と二人またまた元気が出ました。

寒い日 思い出深い夕食と厚岸の牡蠣。

2025年11月18日(火曜日)

本日夜まで雨が窓に吹きつけ時々アラレが混じった。気温は5度前後で、耳や頬に冬の寒さを感じた。

こんなでは明日にでもスノータイヤに履き替えなければと焦ったが、明日以後気温は戻るというので様子を見ることにした。

そんな日の夕食に頂き物の牡蠣が出た。
送り主は北海道の航空職員だった。今からほぼ30年前のこと、この方兄妹は小学校の授業として私をインタビューされた。それが余りに熱心だったので後日お二人を夕食に招待した。

妻手作りのパスタとコーンスープを前に、ともに可愛いセーターを着て緊張した面持ちながら行儀よく食してもらった。

その後夢だった航空関係の仕事を実現させ北海道で働き始めると、季節ならではの食材を送ってくれる(下さる)ようになった。
この度の牡蠣はあの厚岸(あっけし)産でまことに美味しかった。

 

焼き牡蠣。
大きめのものがまだ沢山
残っていてこの先も楽しみ。

ところで二人のお母さんはまめまめしい方で、長年に及ぶおばあさんの介護を全うされている。この方から季節毎にご実家の東頸城で採れる産物をどれほど頂いたことか。
遠方の妹さんはお産で帰郷されると必ずおばあさんの病室に現れ、ほやほやの赤ちゃんを見せてもらった。

30年前に四人で食べた爽やかな夕食は楽しさ、初々しさの点で思い出深い。

独居老人に便利なモニター 再度夕刻の朝日池。

2025年11月17日(月曜日)

晴れの日が続いていて本日午前中は穏やかだった。しかし午後一転、雨風が強くなり、その最中に1軒の在宅回りをした。

ワクチンをする日で、家に上がると近所のおばあさんが遊びに来た所だった。
問診票は何処ですか、と看護師が訊くと「あー、はいはい、あれっ何処だっけ?」とご本人はキョロキョロ。
すると突然テーブルの真ん中にある白いモニターから「冷蔵庫の脇に掛かっているでしょ」という声。遙か神奈川県の娘さんの声だった。

娘さんによるおばあちゃんへの遠隔ウオッチは大したもので、定時的な問い掛けは勿論、私達の訪問中は常にオンになっていて一緒に参加される。

予め本日のワクチンも前回帰省時に記入され、本日の訪問日を確認されたうえ遠くで待って下さっていた。
モニターは便利で、何より毎日定時に顔を見合わせ会話する事は特に心身に良い。そのうえおよそ月1回の帰省が続けられているのでモニターの併用はより効果を発揮している。

昨日夕刻暇になり、一昨日に続き再び朝日池へ。

両日とも鏡のような水面。

ホテルの明かりの中で眠りにつく。

遠く西の方に白サギが沢山集まっていた。
今夜はここで眠るのだろうか。
コロニーなら木の上、不思議な光景だった。

この後数日天気は崩れるらしい。

昨日レコード、今日白鳥。

2025年11月15日(土曜日)

昨日夕刻、遠方から親族が見え、直江津「多七」で夕食ののち家でレコードを聴き数人分の誕生祝いのケーキを食べました。

客人夫婦とも音楽に造詣深く、せっかくだからということで故中島幸子さん(小山作之助のひ孫さん)が残した四枚のモノラルLPアルバム「思い出のコンサート」に針を落とし、可愛いケーキに明かりを灯し、今月生まれの人達のために誕生祝いをしました。

聴いたのはアルバムA面モーツアルト、
ヴァイオリン協奏曲第3番第1楽章。

大切な人が残したモーツアルトを聴き、甘さ控えめで上品なケーキを食べ、そのケーキのような人たちと一緒して幸せでした

本日土曜日午後は遅れに遅れ溜まりに溜まっていた書類をほぼ仕上げ夕刻は朝日池へ白鳥を観に行きました。

正面のゴルフ場のホテルは全館明かりが灯っているように見えますが、実は西陽を反射しているだけということが分かりました。その事に気づいたのは実に昨秋でした。
こんな風に何気ないことを初めて知る楽しさもありますので、出来れば長生きをする事には意味があろうと考えられます。

幸せそうなコハクチョウの家族。
後ろの4羽は今年生まれの若鳥。

こども連れの白鳥一家は幸せそうでした。
しかし人間の場合、家族は必ずしも一緒にいなくても幸せということはよくありますし、時には幸せまで様々に時間が掛かることは珍しくありません。
当然一人でも、あるいは二人でも、また三人でも、幸せは大いにあろうと思われます。

このところ晴れ間が多く、案外暖かな日が続いて助かります。

出たり消えたり手品のような毛糸(ニット)のチョッキ(ベスト) 樹下美術館のモミジ。

2025年11月12日(水曜日)

11月も中ばになったが本日、風も無く比較的温かかく長袖シャツに毛糸のチョッキを着た。

今ごろニットと言えば良いのに未だに「毛糸」と言い、ベストと言わず「チョッキ」と言う古さ。言葉づかいは許して貰いたいが、そのチョッキについて未だに良く理解出来ない不思議な事があった。

先月はじめの頃地元でゴルフをした。朝がた肌寒かったので毛糸のチョッキを羽織ったが、間もなく温かくなりそれを脱いだ。ラウンド後チョッキが無くなっているのに気付き、途中でカートから落ちものと考えて、スタッフに届け物があったら取り置いて下さいと告げて帰った。

チョッキは丈夫で10年近く季節の合間に着ているお気に入り。

不思議なチョッキ。
アーガイルもボタン留めもいい感じ。

ゴルフバッグには大小沢山ポケットが付いている。帰宅後確認したが何処にも無く、持参した手提げ鞄をあらためたが見当たらなかった。ゴルフ場からの連絡も無く、数日後に入れた電話でもありませんでしたという返事だった。

諦められないでいると、思わぬ所にあった夢を見た。赤いアーガイルが眼前に現れていたが、それが何処なのか見当がつかない。諦めてネットで検索したが似たようなものも無かった。

ところで私のベッドの台の部分は引き出しになっていてそこにセーターやカーディガンなど冬物を仕舞っている。
失くしたゴルフから一ヶ月が経った11月上旬の寒い日、ベッドの引き出しを開けてセーターをひっくり返したところ、なんと「毛糸の」「アーガイルの」「ボタン留めの」あの「チョッキ」が現れた。夢で見たのはここだったのか。

しかし一体なぜそこにあったのか。
一生懸命考えた。
実は持って帰り早々に仕舞った?そもそも着て出なかった?持ち帰ったならどんな風に?何故セーターの—下から出てきた?夢は本当に見たのか?
だがいずれの疑問もどこか奇妙だ。

さらに考えてみる。
実はこの一件は十分スジが通っている可能性があり、思わぬ認知症状により「出てから帰宅までどこかの部分が完全に欠落している」ために手品のようになっている事が否定出来ず、うすら恐ろしくなった。

そして本日温かく、この時間もそのチョッキを着ている。着ながらキツネに包まれたような感覚が抜けない。それどころか私が本当に生きているのかさえどこか疑わしい。

本日樹下美術館のモミジと鉄テーブル。

楽しかった週末 カーヴ・ド・ランパール 国立西洋美術館。

2025年11月10日(月曜日)

雨に変わるという今週末に上京した。30年前、二組の夫婦四人で始まった年末の食事会。途中から三組6人になり、三年前一人が他界し4人になったが、夫人が参加を続けられ5人で続いている。

今年は特別に拙長男夫婦も加わり7人が賑やかに「ラ・カーヴ・デ・ランパール」のテーブルを囲んだ。

 

 

たまの贅沢、フォアグラや仔羊、黒ムツなどの料理を堪能。今昔や飲食の話は尽きなかった。

悴は今夏巡ったスコットランドを語り、Kと二人で聞いたこともないウィスキーや風土の話を交えたので私は夢心地で聞いた。

翌日雨模様の午前、妻と二人で上野の国立西洋美術館へ。オルセー美術館所蔵「印象派 室内を巡る物語展」の会期中だった。
印象派の絵画は何度観てもいい。とくに今年は撮影可能な作品指定がかなりあり、遠慮無しに楽しめた。

拙樹下美術館では人物画に専念した倉石隆を展示している。あらためてその親しさと楽しさを知らされた。

ドガ。

 

ルノアール。

オルセー美術館だから
モネも来ていた。

バルトロメ。

印象派の宝庫オルセー美術館から70点もの出品、2026年2月15日まで開催。

21世紀の私たちを19世紀の巨匠達が一生懸命目ざめさせ、楽しませ、励ましているような展覧会だった。

雨降りの上野は賑やかだった。
多くの文化施設がある
上野の賑わいはとても心強い。

再び柿崎海岸を歩く 海の曲三つ。

2025年11月7日(金曜日)

数日珍しく晴れ間が続きました。昨日のことで恐縮ですが再び柿崎海岸を歩きました。テトラが少なく岩も無ければ何も無い砂浜の海岸です。

もう何十年も歩くのはここだけ。時折釣り人がワッといる日がありますがこのところ静かです。
柿崎川に近い所に中高年配の釣り人が二人、棹を置いてくつろいでいました。

釣るのを諦めたように話し込む脇をそっと通り過ぎました。何を話していたのでしょうか、古い友だちのように見受けました。良い感じでしたので内緒でシャッターを切らせてもらいました。

本日はこれだけですので「海」に関係する好きな曲を三つ掲載しました。


「スリーピー・ラグーン(眠れる珊瑚礁)」

高校時代から好きだったハリー・ジェームスの代表曲。大学時代の後半にフルバンドで来日し新宿厚生年金ホールへ聴きに行きました。イントロのあとのソロが始まると涙が出ました。

 


歌劇「真珠採り」から
「耳に残るは君の歌声」。

亡き真保先生が樹下美術館でプラシド・ドミンゴのこのレコードを掛けて下さいました。タンゴでは聞いていたのですが、原曲の歌曲を聴いてとても感動しました。


シャンソン「ラ・メール(海)」
真保先生はシャンソンもお好きでした。

私が高校時代の父はクラシックのほかにシャンソンのレコードを聴いていました。「ラ・メール」もあり父の居ないときにこの曲を聴きました。歌っていたのは作曲者のシャルル・トレネです。転調を繰り返す曲は聴いていて楽しいのですがピアノでなぞるのに手こずりました。

2025年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

▲ このページのTOPへ