樹下だより

カノコユリが咲いている日に「琢也」が運ばれて行った。

2013年8月8日(木曜日)

樹下美術館の庭にカノコユリが盛りを迎えている。点々と咲きはじめ厳しい暑さに涼しい。

カノコユリ赤カノコユリ。 カノコユリ白白のカノコユリ。

早いもので来る9月1日~16日まで東京都美術館をかわ切りに京都、名古屋で開催される第49回主体展が迫ってきた。

来年50周年を迎える同展は、昨年から記念事業として物故となられた〝礎の作家たち〟5人を特別展示している。今年は樹下美術館の倉石隆氏がその一人に選ばれた。
本日午後、作品搬出が行われた。作品は「琢也」。5月に主体美術協会から企画委員さんたちが来館され厳選して頂いた一枚だ。

DM主体展のDM兼招待券。

 

琢也搬出前の「琢也」。

 

搬送保険が掛けられ、専門の業者さんの車に乗って出発した。

ささやかでも美術館を営んでいると色々なことに出会う。この度は、〝やっていて良かった〟と、特別な感慨を覚えた。

小さな樹下美術館はゆっくり育っているのか。

2013年8月4日(日曜日)

日曜日の本日、上越市高田の蓮を見に来られた方たちが次々お見えになった。

また、「飾って」と仰って珍しい茶花(ちゃばな)をお持ちいただいた方。濱谷浩氏の貴重な写真集を持参くださった方。そして小林新治先生をお連れされた方達、どうも有り難うございました。

さらに柏崎市のグループの皆様は、昨日アップした斑入りの桔梗を熱心にご覧になってました。拙ブログで知ったということ、有り難うございました。

小林先生と 居合わせた皆様もご一緒して小林先生を囲んでいる。

小林先生はお元気で、お話は興味深くあっという間に二時間が過ぎていた。新潟県と仏教、芸術家と故郷、日本画と西洋画の本質、芸術・アート・絵画、政治と芸術、岡倉天心と妙高、小林古径の神髄、文化の価値など々、話は尽きなかった。

先般、上越市立総合博物館で古径の下絵を沢山観たばかりだった。日本画の世界に於いて下絵は台所のようなもので、人に見せる物ではない、という観念があったという(本画は正装、下絵は作業着また下着?)。

しかし博物館で見た古径の下絵に、人間らしい努力の跡などもありありと見られ、感動とともに新たな親しみを覚えたのも事実です。先生のお話から、上越市が所有する古径作品の貴重さにあらためて共感できたのは収穫でした。

途中から別の席でお茶を飲まれた方が帰り際に、「とても良いお話を私たちも聞いていました」と仰ったという。皆様のおかげで小さな樹下美術館は独特でゆっくり育っているのではないか、と感じた午後でした。

斑入りの桔梗 デッキのお茶 鵜の浜温泉の人魚像。

2013年8月3日(土曜日)

晴れ間が覗き暑くもなく過ごしやすい日でした。

まだ完成しない図録は作品数とページを10%ほど減らして身軽さを目指しているところです。最近ようやく来年5月予定の拙個展の下絵を描き始めました。

何事も集中出来るまで時間が掛かるのは年齢のせいだと思っています。一方で時間スピードだけ上がりますので、割り切りのようなものが必要なのでしょうか。

 

斑入り桔梗夕刻が近づいて美術館へ。随所の桔梗の中に一本、紫の斑が入った白桔梗がありました。

新品種というのではなく、何か脆弱因子が関係して起こったのでしょうか。せっかくですからいくつかの蕾も是非斑入りを咲かせてほしいと願っています。咲きましたらまたご報告致します。
追加:何年か前にもこのような花が咲きました。紫と白をかなり沢山植えていますので自然交配かもしれません。今年は種を採ってみます。

水田とお茶レ・ドゥさんのケーキを薄く切ってもらい、デッキでお茶を飲みました。
器は2002年の拙個展で皆様に珈琲をお出しした時に使ったリモージュのデミタスサイズ。
戸外のお茶に合っていると思いました。

 

トレーの青空カフェのトレーを丸型から取っ手の付いた四角いものへ変えてみています。
青空が写ってきれいでした。

 

人魚像今夕の上越市は鵜の浜温泉の人魚像。

きれいな夕焼けの海で人魚像が雰囲気を出していました。この像は陸を向いています。歓迎?の意味かなと思っていましたがやはり不自然ですね。本当は故郷の海を見たいのでは、と思いました。振り向くわけにも行かず、可哀想です。

歳寒三友 酸友は陶齋の柚子の絵皿。

2013年7月24日(水曜日)

一昨日、庭石に生えた松のことを書かせて頂きました。石のくぼみで、かすかな養分を頼りに根付いた松に驚きました。あまつさえ小さな枝を元気に広げた姿は微笑ましくもありました。

緑を絶やさない長寿の松はめでたさのシンボルです。

ところで松といえば、樹下美術館に陶齋が高田で焼き始めたころの作と想定される絵皿があります。柚子が絵付けされ〝歳寒酸友(さいかんさんゆう・さいかんのさんゆう)〟の文字が見られます。松などどこにもありませんが、実は〝友〟の一つに含まれているのです。

 

皿の表       色絵柚子文皿。

 

文字歳寒酸友の文字。

書かれた四文字は中国に伝わる「歳寒三友」の〝三〟を〝酸〟にもじった陶齋の造語と考えられます。元々歳寒は冬のことで、三友は〝松・竹・梅〟の三種の草木を指しています。

松と竹は力強く冬を耐え、梅は寒中さきがけて花を咲かせる。厳しさの中にあって生き生きとした様から、古来貴いものとして中国で文人画の画題として好まれました。

ところが、歳寒三友は日本に伝わると江戸時代以降「松竹梅」と直接呼ばれ、目出度さの象徴となりました。

さて陶齋の友です。冬に明るい色で登場する酸っぱい柚子へ親しみを込めて酸友と称したのではないでしょうか。氏の優れた教養とユーモアが伝わります。
過日、新潟市會津八一記念館において、陶齋窯で製作された八一の書き入れ陶器を沢山観ました。気むずかしい八一が何度も陶齋を訪ねたのは、実力とともに陶齋の人柄、魅力に惹きつけられたのではと思っています。

 

裏面柚子文皿の裏面。
表は九谷の色を用いて日本画風ですが、裏面の三角模様にはオリエントの趣が漂います。
戦後間もなく、築いたばかりの登り窯で自らの才覚を楽しむような陶齋の姿が浮かびます。

二代陶齋40年 初代生誕100年 新潟行き メディアシップ。

2013年7月19日(金曜日)

樹下美術館の常設展示作家・齋藤三郎(陶齋)のご子息二代陶齋・尚明氏が作陶活動に入られて40年が経ちます。時を同じくして今年は初代陶齋の生誕100年に当たりました。

そこで現在新潟市會津八一記念館で「陶芸家齋藤三郎生誕百年 会津八一の旅と出会い」展が開催され、新潟三越で二代陶齋の40年記念展が開催されています。

さらに今夕「二代陶齋齋藤尚明さんの作陶40年を祝う会」が新潟日報メディアシップ20階展望フロアでありました。午後を休診にさせて頂き二つの展覧会を巡り、夕の祝う会に参加してきました。

案内と催事記事新潟日報の関係記事と会津八一記念館のちらし。

 

樹下美術館の案内物催事の関係施設ということで、會津八一記念館に置かれたてい樹下美術館の案内資料。

 

三越の案内三越のエレベーター案内。

 

粟島と佐渡汽船夕刻のメディアシップからの眺め。くっきり見える粟島を背に佐渡汽船が入港してきた。
右は朱鷺メッセ。

 

夜景初めて訪れたメディアシップ。20F展望フロアから見る新潟市の夜景は素晴らしい。
たまたまガラスの夜空部分に、背後の尚明氏お祝い会が写り込んでいます。

會津八一記念館では八一の旅を象徴して、南都(奈良)を訪ねた時代の仏(ほとけ)讃歌が充実して展示されていました。半ばから旧高田市における陶齋(三郎)との交流および陶齋窯における器への書入れ作品が続きます。
中に、地に蝋で揮毫し、釉薬を施したのち焼成し、文字を浮かび上がらせる蝋抜きの大きな鉄絵皿には〝藝〟の一文字。ほれぼれする見事さでした。

三越の二代陶齋は赤の色に変化が見られ、唐津の焼き上がりが良く、施された草紋には風情が漂っていました。40年の節目を期して新たな展開が垣間見られました。

夕刻からはじまったメディアシップのお祝い会は、素晴らしい会場で盛大でした。尚明氏は昨春の病を克服され、とても元気。そのことが特別に嬉しく思われます。
発起人の一人として小生も挨拶を求められました。僭越ながら氏の幼少のこと、独自性へのさらなる期待などを述べさせて頂きました。

会場で高橋新潟日報社長、篠田新潟市長、竹石BSN社長、後藤丹教授、火坂雅志氏、濱谷朝さんのご縁者始め多くの方とお会い出来たことも有り難いことでした。

猛暑の日の大きな木 地下水の散水蛇口が付いた。

2013年7月11日(木曜日)

暑い日には大きな木が涼しく見える。
午後仕事休みの本日、樹下美術館へ行った。美術館まわりで目に付く木を撮ってみた。

 

ヤマナラシ「さいがた病院」の門のそばにヤマナラシ。風が吹くと葉がサラサラと鳴る。
ポプラに似ているが、すっきりしている。大潟一帯の雑木林にしばしば見られたが今は少ない。

 

ハンノキ(株)信越半導体のハンノキ。樹下美術館のデッキから東に見える。
当館庭の南にも数本ある。これも一帯の名残となる自然木であろう。

 

ネムノキ美術館の東に借りている駐車場に異常に背の高いネムノキ。
当初、松や雑木に囲まれて育ったゆえ、細く上へと伸びたと思われる。

 

赤松樹下美術館のシンボル赤松の大木。
立派であるがポンポンを持って踊っているおばさんの様でもあり、
古いディズニー漫画を思い出させる。
(カメラを地上すれすれにしましたので、手前のトクサが竹のように写っています。)

 

蛇口熱暑の水不足を心配して散水蛇口を新設してもらった。
(消雪用の地下水ポンプから水を引いています。)

今年前半の「お声」を有り難うございました。

2013年7月6日(土曜日)

本年の開館をしておよそ4ヶ月が経ち、梅雨のただ中となりました。この時期の恒例で、館内のノートに頂戴した皆様のご感想やメモを樹下美術館のホームページ「お声」に掲載させて頂きました。

およそ90筆ほどの数になりますが、お一人で、ご両親と、友人やご近所と、のんびりと、癒やしに、あるいは亡くされた方へのグリーフ(鎮魂)に、、、、樹下美術館へ様々な方がそれぞれのお気持ちで来てくださっていることをあらためて知らされました。

倉石隆、齋藤三郎両氏の作品や建物およびカフェ・庭など、好意的なご感想にほっとしています。

タチアオイ在宅回りで毎年目が行く上越市大潟区は里鵜之島のタチアオイ。

園内の百合梅雨の日を慰めてくれる美術館の賑やかな紅白のてっぽう百合。

皆様のお声、まことに有り難うございました。

何かありましたならご遠慮なくスタッフに申してください、これからもどうか宜しくお願い申し上げます。

静かな樹下美術館ですが、お陰様で6月の来館者様は昨年より55名の増加、6月としては過去最高と聞きました(音楽会を除きました)。

花はいろ 人はこころ、、、 堀口大學の詩 年と共に響く言葉。

2013年7月5日(金曜日)

鎌倉へ行った方から頂戴した紙袋が堀口大學の揮毫による詩文でした。

文は短く〝花は色 人はこころ〟と書かれていました。

この言葉は神奈川県葉山町の大學の文学碑に刻まれており、女優森光子さんが好んで色紙などに書いたといいます。

大學は疎開によって戦前戦後の一時期を妙高市と上越市に居住され、その後葉山町へ移り永住されました。氏と当館展示の陶芸家・齋藤三郎との交流の縁で、長女・すみれ子さんには樹下美術館で過去三回、印象的な講演会をして頂きました。

花は色目にとまった〝花は色 人はこころ〟の紙袋。鎌倉市は日本料理「御世川(みよかわ)」もの。
御世川は多くの文人に愛されたと云われています。

 

人間の歌〝花は色・・・〟の原典が載っている樹下美術館収蔵の詩集「人間の歌」。
昭和22年5月5日 實文館発行。
あとがきの末尾に〝1946年春の彼岸。妙高山麓関川の假寓にて〟と記されています。

花は色のページ「人間の歌」71篇の170ページの「人に」。
〝花はいろ そして匂ひ
あなたはこころ そして やさしさ〟

幸福のパン種樹下美術館収蔵の堀口すみれ子さん編、堀口大學詩集「幸福のパン種」
筆頭に「花はいろ、、、」が掲げられています。

ところで「幸福のパン種」の二番目に「自らに」が収載されています。心のともしびになろう磨かれた詩ではないでしょうか。

自らに 「自らに」の出典「白い花束」の本文です。

白い花束樹下美術館収蔵「詩と随筆 白い花束」 昭和23年2月20日 草原書房発行
上越市時代の発行と考えられます。

傍らにあった紙袋から堀口大學の詩へ進むことが出来ました。

この数年、年のせいでしょうか、〝ある種新鮮なもの〟として心を打つ芸術と出会えたり再会出来るようになりました。

 

※詩人・フランス文学者、堀口大學は昭和20年旧妙高山村関川の妻の実家に、そして昭和21年から昭和25年まで上越市旧高田の南城町に住みました。生活逼迫の時代、懸命に草稿し出版社へと送る生活の中で妙高上越両市の地元とよく交流しました。

おばあさんの話が二つ 陶齋の器にアジサイ。

2013年6月24日(月曜日)

たまたまお二人のおばあさんの若かりし日、あるいはお誕生の話をお聞きしました。以下、今は昔の物語です。

「若き日のおばあさんと牛」
かって戦時中、出兵のため農家に男手が足りなくなった。そのため娘だった自分が代掻きなどで大き牛を扱った。牛はおじいさんの言うことを聞かなかったが、私には素直だった。
仕事が終わると、「えらいえらい、よく頑張ったね。明日も頼むでね」と牛を撫でてやった。一方おじいさんは蹴ったり叩いたりして懲らして(こらしめて)しまったのではないだろうか。突然だったがもっぱら自分が牛を扱うようになった。

「サナエという名」
サナエさんという名のおばあさんを診ている。もしやと思いカルテを見ると6月生まれだった。田植え時に生まれたのですか、とお尋ねした。
すると「家は農家で昔の田植えは6月でした。私はその田植えに生まれましたので、親は〝早苗〟という名を決めたそうです。しかし届け出た役所の人が、〝女だからカタカナでいい〟と言って早苗を消してしまったそうです。せっかくの良い名前をひどい話だった、と思っています」

季節はアジサイの盛りです。玉アジサイ、額アジサイ、誇るようにあるいは密かに咲いています。日ごと色を変えながら、梅雨時の庭を独り占めしているようです。

手桶花入れ鉄絵の手桶花生(はないけ):陶齋さんは活けではなく生けの文字を使っています。

アジサイが入る陶芸ホールに入ってすぐに手桶花生がお迎えしています。
花は美術館や仕事場の庭から運んでいます。

写真は本日生けられていたアジサイ。園芸種がますます多様となり楽しめます。
「今年の展示はいくつか器に花を活けたために、場内がとても生き生きとしましたね」、とは常連の男性のご感想です。およそ4つの器に花を入れています。

卯の花音楽祭 筆者のゴルフは時の運 新潟市への途中で。 

2013年6月23日(日曜日)

本日糸魚川カントリークラブでゴルフコンペだった。梅雨の晴れ間に恵まれたが51-53で残念ながら15人中11番だった。私のゴルフはもっぱら時の運だと思った。但し160ヤードのショートホールでニアピン賞が取れた。

参加賞とともに樹下美術館へ持ち帰り、閉館間際のスタッフと分け合った。

本日、東京から新潟市の老親の世話に通われる方が、ネットで当館を見たと云って寄ってくださった。ほくほく線へ乗り換えてのご来館、嬉しく思いました。
介護の合間に来館される方を時々お見受けします。お忙しい日常と想像されますが、当館ではゆっくり心休めてください。

013夕刻の美術館のデッキからの空。秋を思わせるいわし雲だった。

さて本日午後、大潟コミュニティープラザで「第11回 卯の花音楽祭 小山作之助をたたえて」が開かれた。盛りだくさんの内容だったと聞きに行った妻。特に上越教育大学の後藤丹(まこと)教授編曲の「夏は来ぬ」素晴らしく、アンコールになったと云う、お聞きしてみたかった。堀川正紀委員長はじめ運営委員の皆様のご努力に深く敬意を表します。

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