樹下だより

樹下美術館の庭にも夏は来ぬ 料理人も来られた 地域ケア会議。

2013年6月20日(木曜日)

本日見たもの出会った方たち。

アゲハ新鮮なアゲハが真っ白なダルマバノリウツギに止まっていた。

ヒメタイサンボク短命で香り高いヒメタイサンボクが雨上がりを喜ぶ風だった。

今の庭イトススキやトクサがぐんと伸びて樹下の庭にも夏は来ぬ。

食器選び本日陶齋の食器選び。

本日、今秋予定の「陶齋の器で食事会」で包丁を振るわれる料理人さんがお見えになりました。食器や庭をご覧になり、大変楽しみと仰って頂き安心しました。

ところで食事会は詳しくお知らせする前に、ホームページ案内へのお問い合わせだけで既に満席となってしまいました(10月の毎週日曜正午、一回5~7名様の予定でした)。
今年うまく行きましたら来年の初夏にもと、考えておりますのでどうか宜しくお願い申し上げます。

話変わって今夕、上越市大潟区の地域ケア会議がありました。地域包括支援センター主催、各事業所ケアマネジャー、市担当者、医師らも加わり40名余が参加し、有意義でした。懇親会もあり、ひごろ公私とも如何に沢山の方のお世話になっているか、あらためて知る思いでした。

大潟区の良いところの一つは医師同士、自然で仲が良いことだと密かに思っています。

7年目の樹下美術館 Dream Along With Me。 

2013年6月10日(月曜日)

6年前の2007年6月10日、樹下美術館が開館しました。希望と不安の船出でしたが、今日までさまざまな皆様にお越し頂いていることを深く感謝しています。

エヴァー・グリーン、いつもフレッシュ。個人的には何かと忙しいのですが、感受性を維持し成長を続けたいと思っています。

 

樹下美術館のトースト7年目を記念して、昼食に妻と樹下美術館のトーストを食べてきました。

 


これもまた7年目を記念してペリー・コモの「Dream Along With Me(ともに夢を)」

18才で上京し初めて買った25㎝LPレコードに入っていた曲です。ペリー・コモショーのテーマでした。
彼はとても声が良く、そして品行方正。カジノのショーなどには決して出ませんでした。
テレビでよくカーディガンを着ていて、私は今でもその服装に影響されています。

 学生時代は大田区石川町に住みましたので比較的横浜が近く、放送局「ラジオ関東」は感度良く聞こえました。
毎晩枕元で同局の音楽番組「ポートジョッキー」を聞きました。
番組のエンディングテーマはビリー・ヴォーンの「Among My Souvenir(思い出の中に)」だったと思います。


上掲はThe Lenon Sistersの「Among My Souvenir」です。失恋の曲ですが美しくて癒やされます。
レノンシスターズは戦後長く活躍した姉妹のコーラスグループです。
しかしこれほどクリーンな音源に接して驚きました。

Dream Along With Me そしてAmong My Souvenir
その昔、美術館を営むとは思ってもみなかったことです。
どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。

いつも古い曲ばかりで恐縮しています。昔のレコード曲は丁寧に作ってあった、と振り返るのです。

最後ですが、当初から何かと助力して頂くF夫妻と妻に感謝しています。

妻

夏の庭へ 賀川孝氏のご子息とお会いした。

2013年6月8日(土曜日)

午前に雨模様となったが庭や畑を潤すほどではなく、午後から晴れた。庭は勢いを増していて次々と初夏の花を点けていく。

紅白のキョウガノコ、白いアスチルベ、シモツケ、青いホタルブクロ、一番乗りしたホトトギスもあって賑やかだ。

本日は初めてのお客様も多くお見えで、皆様一様に展示をご覧になり、お茶を飲まれ庭を歩かれたようだ。樹下美術館は設計の途中カフェは無かったが併設して良かったと振り返っている。また好きな庭にも恵まれて幸せを感じる。

本日の庭

061 - コピー本日も倉石氏ゆかりの方が東京からお見えになった。新潟県立旧高田中学校の同窓で、自由美術を経て主体美術協会の創始会員となられた同志的画友、賀川孝氏のご子息だった。
賀川氏は帝国美術学校(現武蔵野美術大学)、倉石氏は太平洋美学校へと進んだ。後の日も、二人は取っ組み合いの喧嘩をするほどの友だったと云う。

氏は原始美術や民族芸術の原初的な普遍性を追求されていた。残念なことに比較的お若くして亡くなられ、倉石氏が追悼文を書いた。

お会いしてご子息は年経るにつれ父を好きになった、と仰った。このたびは自らのルーツを訪ね、上越高田から樹下美術館へと回って来られた。

私も両親については同じような経緯がある。特に亡くしてからは、両親と一体化しているような感覚さえ時にある。本日訪ねて来られた氏から似たようなお話を聞きながら胸熱くなるのを覚えた。CGアートと取り組まれている氏、またお目に掛かりたいと思った。

 

※6月9日の追加・以下は冊子「賀川孝遺作展」(1979年12月/東京都京橋「ギャラリーくぼた」)に寄せられた倉石隆の追悼文の一部です。全19ページの中に小田嶽夫氏の寄稿も収められています。

追悼文の一部

倉石隆の資料 寺田政明氏の画集 収蔵図録 拙画展。

2013年6月7日(金曜日)

【倉石隆氏の資料】
去る5月28日、樹下美術館へ東京から主体美術協会の画家・﨤町勝治さんと榎本香菜子さんが来館された。今秋東京都美術館で開催される主体展の特別企画へ出品される倉石隆作品についての用件だった。

そのとき昨年の同展に刊行された立派な作品図録を見せて頂いた。筆者は、樹下美術館の収蔵作品図録を作成しているものの、6年経ても完成していない。陶芸の齋藤三郎氏と作品は幼少から親しんだこともあり、比較的速く原稿は出来上がっている。

しかし倉石氏について現役時代を知らず、作品写真や作品リストおよび年表などは出来たが、氏の人となり立場・方向などさらに深めたいと思っていた。そこで図録に˝倉石隆の言葉˝あるいは˝倉石隆について語られた言葉˝を集めたページを設け、多角的な方法で氏への理解の一助にと考えていた所だった。

ところで実際、手許の資料を観れば観るほど氏についてもっと知りたく、また確認したい衝動に駆られる。そのことをこのたび主体美術の方にお話ししたところ、˝その方法は良いアイディアかも知れません˝と好意的な反応を頂いていた。

 

014このたび﨤町氏から届けられた倉石隆氏関連のおびただしい資料。

倉石氏が書かれたもの、出席された座談会、氏の紹介記事、先輩へのインタビューなど、内容は豊富だった。何とありがたく心強かったことか。

【寺田政明氏の画集】

011一緒に届けられた大好きな寺田政明氏の画集。

かつて豊島区の寺田氏宅のご近所で氏のバラの絵2点が飾られているのをたびたび眺めた。ひたすら気持ちのいい昼の夢、うっとりするような絵だった。このたびの味わい深い貴重な画集は、樹下美術館のカフェに置かせて頂くことにした。

【当館収蔵作品図録】
ご覧の通り、「春には図録を刊行する」と当ノートに書いたが、夏になってもまだである。˝時間がかかればそれだけ良い物が出来るかもしれないから˝と妻には励まされている。このたびのことがあって、それは本当だったかもしれない、と感じないでもない。来年6月の満7周年事業へとなるのだろうか。

【拙画展】
ところで来年6月に、上越市本町の某所で小生の拙個展が予定されている。それには売るための絵も描かなければならない。如何に拙くとも制作は精神集中が鍵だ。
季節がテーマの拙絵。図録のペースを落とし、そろそろ自らの制作もと考えているところだが、どうなるだろう。当地医師会報の7月号も私の表紙の番となっている。

第49回主体展 倉石隆作品が東京都美術館へ行く。

2013年5月28日(火曜日)

昨日午後、東京から美術団体「主体美術協会」のお二人が訪ねて来られた。今秋、東京都美術館で開催され、京都、名古屋を巡回する同会の展覧会(主体展)に関する企画役員として公式の訪問だった。

当地の会員筑波進氏と新潟市の建築・美術家のお二人も加わられ、やや緊張した。

作品を観る倉石氏の予定作品を真剣にご覧になる皆様。

主体展は来年50周年を迎える。これに向けて昨年から特別企画「礎の作家たち」が始まっている。草創期の物故会員を特別展示するというもので、昨年は大野五郎、末松正樹、寺田政明、森芳雄、吉井忠のBig Nameが選ばれた。

倉石隆は昭和39年同会発足時の創始会員であり、今年の「礎の作家たち」5名に選定された。このたびは作品の現物確認のご苦労だった。
専門家の眼差しは厳しかったが倉石氏に相応しい作品、ということで「琢也」が正式に決定された。

 

戦後混乱期を乗り越えた協会発足当時、美術界の再編には劇的様相が見られる。美術で生涯を、日本を背負おうという作家たちの困苦や情熱は今日までも脈々たるものがあろう。本日選ばれた作品を前にあらためて胸打たれる思いがした。

190

189昨年の展覧会図録表紙(上)、特別企画のページ(下)。

 

倉石氏が没されて15年が経とうとしている。樹下美術館は小規模な施設であるが、氏の作品を展示させていただく幸せと責任をあらためて感じた。

秋の展覧会レセプションには天上の氏とともに喜んで参加したい。

ご来訪された皆様に施設と庭を褒めて頂き大変嬉しかった。

 

                  -(2013)第49回主体展-

          期間2013年9月1日(日)~9月16日(月)

          会場東京都美術館・1階、
その後京都(京都市美術館)、名古屋(愛知県美術館)を巡回

古流松應会の深雪支部花展 そして牡丹。

2013年5月27日(月曜日)

華道古流松應会 当地の深雪支部花展のお知らせ。

花展チケット

               期間5月31日(金曜日)~6月3日(月曜

               ●場所ミュゼ雪小町(あすとぴあ高田5F)

本日、妻が上越市は清里区(旧清里村)まで牡丹を頂きに行った。坊ケ池の近く、奥まった棚田農家のお宅だったという。ひごろ樹下美術館がお世話になっている造園業・丸山隆光園さんから紹介して頂いた。

このところ実家へ行って牡丹籠という専用の器を持ち帰ったり、忙しなくしていると思ったら上記の花展のためということだった。

室温の加減など花の状態を期間に合わせるだけでも、花展は大変であろう。今夜は外か家か、家ならどの部屋に置けばいいかなどと気にしていた。

牡丹頂いた黄牡丹。典雅な花姿、葉の気力、さすがであろう。

牡丹は富貴の花と言われてとても格が高い。先日はゴボウの匂いを誤って嗅いで、牡丹に失礼をしてしまった。

 

齋藤三郎(陶齋)も牡丹を多く描いた。鉄絵の掻き落としなどには幽玄な雰囲気が漂う。

牡丹壺陶齋作・掻き落とし牡丹文壺。

掻き落とし牡丹文水指陶齋作・掻き落とし牡丹文水指(みずさし:茶道具で水を入れる器)。

明日は今秋東京都美術館で開催される第49回主体展と倉石隆のことを書かせて頂きます。

赤白黄色 色々な方のおかげで。

2013年5月19日(日曜日)

仕事場のカーポートの屋根にナニワイバラが咲き始めた。

10年経って、一本の苗木がこんな旺盛になるなんて。そもそも苗木は恐らく大きな親木から、その親もまたその前の親から切られた小さな苗だったのだろう。

初めて陶齋の展示作品に花を入れて丸二ケ月が経った。花は順調に入れ替わっている。いま赤と黄色の牡丹などが入っているが、花はご近所の老人からも頂き感謝に堪えない。

本日、樹下美術館はカフェで相席をお願いしたほど賑わったという。

 

142

097

099

 

個人施設なので公の告知などなしの展示やイベント。7年目になったが見知らぬお客様で賑わったり、ご近所からお花を頂くなど、身にしみるような有り難みを感じる。

 

春から夏へ、今年も季節が変わる。

花 代掻き 草取り 夕月。

2013年5月12日(日曜日)

夕刻から二時間、妻と庭仕事をした。ネットで取り寄せた大好きなマツモトセンノウを三株植えてあとはすべて草取り。気温が上がり雨も降ったので一気に花の勢いが増したが、雑草も伸びる。

除草が必要な草は季節によって変わるが少なくとも7~8種類はあろう。この時期、触ったりあるいは近づいただけでパチパチと弾けて猛烈に種を飛ばすタネツケバナが凄まじい。雨によってすでに今年二回目の発芽をしたのではないかと思われるものまで生えている。

一方で突然増えるスミレ類や裏の芦、そして芝のはびこりも要注意だ。庭が荒れることは施設が荒れている事でもある。草取りは樹下美術館の大切な仕事で、一種修行のような気がしないでもない。

カフェ入り口の花カフェ降り口は自家製の花。エビネあちこちで咲きそろったエビネ。 ヒメウツギ卯の花/ヒメウツギ。スズランようやく花開いたスズラン。

代掻き日ぐれて静かになったすぐ裏の田んぼ。
しばらく前までエンジン音がしてトラクターが代掻きをしていた。

月真新しい三日月。

夏の花マツモトセンノウは10カ所ほど植わったことになる。ガンピなどとともにとても楽しみだ。

毎年母の日にと妻に届くアジサイが今年も庭に移植された。

心揺さぶられたコンサート。

2013年5月12日(日曜日)

昨夜小雨のコンサートが終わった。予定を越える盛況で、3カ所の駐車場はいずれも一杯だった。、予約された新潟市そして東京都からのお客様もお見えになった。

「夏は来ぬ」から始まった会場。演奏者のコンディション、選曲、アンサンブル、音響、お客様、みな素晴らしかった。サン=サーンスやヘンデルの古典はもちろん、竹花さんオリジナルも熱い反応があり、迫力のピアソラとチック・コリアは圧倒的だった。スタンダード曲サマータイムと追加されたマイ・フーリッシュハートの中低音に心揺さぶられ、アンコールの愛の賛歌やマイ・ウエイなどではついに涙がこみ上げた。

チェロの竹花加奈子さん、ギターの蓮見昭夫さん、まことに有り難うございました。

top雨の駐車場

1熱演

2館内

3お見送りはじめての方に沢山ご来場いただき、音楽を共にした一期一会の夕べ。
有り難うございました、どうかお気を付けてお帰りください。

展示物移動、照明設定、椅子搬入、駐車場案内、撤収などの作業を完遂されたスタッフの皆様に深く感謝しています。

コンサートのウエルカムボード。

2013年5月10日(金曜日)

いつも紙に文字だけだった入り口の案内。今回絵をと考えて急遽パステルを買ってきてもらいました。

A3サイズのキャンソン紙に生まれて初めてパステルで描きました。パステルは粘りがあって伸びると想像していましたが、カチカチのパサパサ。描きにくいなあと思いました。

あまりこだわると苦労が予想されましたので、つたなくも一回で終了としました。

ウエルカムボード24色セットでしたが白が無いので少し驚きでした。
こんどは教則本くらい読まなくては。

明日のコンサート、
幼稚なボードを入り口のイーゼルに置き、心からお待ち申し上げます。

2026年3月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

▲ このページのTOPへ

This website stores cookies on your computer. These cookies are used to provide a more personalized experience and to track your whereabouts around our website in compliance with the European General Data Protection Regulation. If you decide to to opt-out of any future tracking, a cookie will be setup in your browser to remember this choice for one year.

Accept or Deny