樹下だより

荒天と美術

2008年12月26日(金曜日)

 クリスマスの昨日25日は、午後から激しい雷と猛烈な風雨の荒天となりました。それでも14名のご来館があったということでした。美術は晴天ばかりではなく、厳しい日も観てお茶をする良い日頃、ということでしょうか。突撃して頂いた皆様の思いが伝わって心温まりました。栄養士さんのグループ、M先輩ご夫婦、そふぃーさん、高田のお仲間たち、美術館を暖めて頂き有り難うございました。

 

 ブログでよく樹下美術館を紹介して頂いているそふぃーさんから展覧会「私の愛する一点展」というチラシを頂きました。会場は長野県東御市(とうみ市)の梅野記念絵画館です。一般に所有される絵画を一点ずつ持ち寄って飾るとてもユニークな展覧会で、今回は105点!ということです。1月22日(日)まで開かれています。

 

 ところで長野県には多くの市町村に美術館があります。それぞれ維持の努力は大変だろうなと思います。でもこの時代ならばこそ上越地方にも、もう一つ二つ感じの良い美術館があれば、という気もします。

 

 時代はますます厳しさを深めています。厳しいと言えば物が不足した戦後、芸術はより広く身近なものだったように振り返られます。今後、街なかの楽しげな施設が、自然に人を元気にさせるかもしれません。作ることも観ることにも、万人が有している「創作という力や楽しさ」が働くからではないでしょうか。

 

※どっと来た介護保険の書類を一生懸命書きましたので、書き込みが日をまたいでしまいました。

 


私の愛する一点展 

テレビ新潟のお二人

2008年12月22日(月曜日)

 昼休みに美術館から、新潟のテレビ局が取材に見えている、と電話が入りました。行きますとテレビ新潟(TeNY)の若いクルーが二人、「ラーメンの旅」ののぼりを手に待っていました。突然、しかもここは美術館なのに、と最初は面食らいました。しかし看板番組の一つ夕方ワイド「新潟一番」のコーナーの突撃取材ということ。県内のラーメン店探しを手がかりに、地域を探訪する内容と聞いて、喜んでお受けしました。放映はこの先、1月21日午後3:55分からの番組内ということでした。

 冬の雨の日、道に迷ったように来訪された諸橋アナウンサーとディレクターさん。とても自然で明るく好感がもてました。思いのほか作品や建物を熱心に観ていただいて有り難うございました。最後に私が近隣のラーメン屋さんを紹介して終了。今度は実況で樹下美術館を伝えてみたいと仰って頂きました。荒れ模様の日に楽しいハプニングでした。 

若いお二人さんお疲れ様でした。花の時期にまたおいでください。

 

寒空をテレビクルーが暖める

上越代表で

2008年12月17日(水曜日)

来る1月15日(木)から新潟市で「私のまちの美術館展」が開かれます。県内各地の美術館から出展を募って開かれる画期的な展覧会です。

●期間 :2009年/1月15日(木)~2月1日(日) am9:30~pm5:00
●会場 :新潟県民会館(電話025-228-4481)  3階ギャラリーA・B
●主催 :新潟県文化振興財団新潟日報社
昨年、新潟県文化振興財団から知らせがあり、私たちも喜んで応募することにしました。結果、県下で15の美術・博物館が出展に応じました。上越市からは樹下美術館だけでした。
当館の出展作品は齋藤三郎の陶芸「色絵椿紋皿」「辰砂蝋抜き草紋壺」「染め付け辛夷紋壺」「染め付け民家香合」ならびに倉石隆の油彩「更紗」と「黄昏のピエロ」です。

はからずも上越代表になりましたので一生懸命頑張ります。足下の悪い時期ですがご来場いただければ有り難く思います。

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展覧会チラシ・表 チラシ・裏

初冬の貴重

2008年12月6日(土曜日)

 季節風と時雨の合間に時々陽が差しました。暦は冬となって黙っていてもあわただしさに包まれます。

 

ただ今樹下美術館では全館に倉石隆の絵画を架けています。冷えて荒れがちなお天気のなか、昨日は杉みき子さんが、本日は筑波進さん、黒田進さんがそれぞれお見えになりました。初冬の日における文学、美術の人々のご来館は、そっとした物語が漂うような、そんな感じがしました。連日の寒い日頃、ご来館頂いているお客様に心から御礼申し上げます。 

 

わずかの晴れ間に出てみると、ヒシクイが飛び田に白鳥が降りていました。貴重な初冬の訪問者です。

 

カフェでは荒天であればあるほど、暖かいお茶をお出ししたく思っています。

 

 

 

初日

2008年12月1日(月曜日)

 倉石隆特別展が始まりました。当初「特別展」の冠を想定していませんでしたが、「せっかくの機会だから」のご助言でそう致しました。風もなく抜けるようなお天気の初日、お越し下さった皆様に心から感謝申し上げます。館内では、はじめて一堂に会した倉石氏の人物画20点が、伸びのびと喜びあう風でした。

 

トミオカホワイト美術館・長谷部館長様。このたびは新潟日報の「アートピックス」で大変お世話になりました。本日は美しいお弟子さんたちに囲まれた昼食をご一緒できて光栄でした。在りし日の倉石先生のクールなエピソードと、氏の絵画における背景のお話は感銘を受けました。また上越タイムスのTさん、いつもながら掘り下げた取材をしていただいて感謝しています。

 


女性像の一部

男性像の一部

 

星に祈った。

2008年11月30日(日曜日)

 明日から倉石隆特別展が始まる。夕方から現状の片付け。ケースの搬出。絵画展示。照明の調整などを外部の方の力も借りて済ませた。

 

陶磁器の4ケースを残して初めて全館の壁面に人物画を架けた。向かって左側に女性の、右側には男性の絵が合計20枚。奥のホールまでぐるりと架かったので館内にはうねりに似た絵画の迫力が響いているように感じた。

 

見渡すとあらためて倉石隆は「人間の画家」、の感慨がした。一点一点には人間を描く困難とともに、描き切ったすがすがしさが漂うことに気づいた。4点の陶齋の陶磁器が絵画と静かに調和していて嬉しかった。

 

夜遅く美術館を閉めて外へ出た。雲が地上の光を写して白く浮かび、切れ間にオリオンの星が晴れやかに輝いている。辛い人の悲しみが少しでもやわらぐように、心から祈った。

「倉石隆特別展」のお知らせ

2008年11月22日(土曜日)

 すでに初雪もあって12月も間近となりました。果たして今年はどんな冬、そして雪になるのでしょうか。 

さて12月は倉石隆特別展と名うち、陶芸ホールを含めて全館に倉石隆作品を架けることに致しました。一年に一度くらい、やや手狭の絵画ホールを脱してのびのびと絵を飾っみたいと考えたからです。全館と申しましても小さな美術館ですから合計21点の油彩です。

 

展示は少し趣向をこらして、人物画を男女に分けて並べることにしました。氏が人物を多く描いたことの真意は詳らかではありません。しかし当館の作品を見ますと女性には畏怖、憧憬、憐憫、謎などが、男性には孤独,不安、必死さ、道化表象などが感じられます。
絵を通して「よろしければ皆さんと共に人物たちを眺め、語りましょう」と、倉石氏が話しかけているような気がします。

 

十分な作品点数ではありませんし何かとせわしい時節ですが、どうかお暇を見てお越し下さい。なお挿絵本の展示は継続しています。

 

以下の写真は展示の一部です。左に女性を右に男性の絵を並べました。 

※展示期間は12月1日(月曜)から12月28日(日曜)までです。大雪の日は念のためお電話をください。【電話】025-530-4155

   
イブ 黄昏のピエロ
   
    Dsc_2808_5   
北の人々 めし
   
女性像 異国の人
   
    
スフィンクス 馬上の人

額作り

2008年11月6日(木曜日)

 樹下美術館では12月1日から一ヶ月間、館内の壁面すべてに倉石隆の絵を架けることにしています。ふだん絵画スペースが小さ目ですので一年に一回全館を使うことにしたわけです。
といっても全体が小振りな美術館です。陶芸ホールに追加できるのは14点。全部で23点ほどの油彩です。この間、陶齋作品は4,5点を選んで配置する予定です。絵画と陶芸がうまく引き立て合う事を願ってレイアウトを考えたいと思います。

 

ところで展示を予定している作品には額が傷んでいたり、展覧会用の仮縁(かりぶち)のままのものが何点かあります。
そこで今日午後、お世話になっている大島画廊さんでそれらの額を新調することにしました。いつもながら額の選定は楽しくも難しい作業です。当然額ばかりが目立っていては駄目。あまり同じ風合いでも妙味に欠けます。上手く選んで作品がほどよくまとまり、願わくば格調も高まれば、と思いは尽きません。

 

額といえば10月に訪れたピカソ展、フェルメール展ともに額はあっさりして地味に感じました。ただし地味でもお金は掛かっているのかもしれません。かたや当館はささやかな個人です。あまり費用は掛けられませんが、フレーマーさんと精一杯選んでみました。ご来館の際にはぜひ額の調子などもご覧ください。

 

   
額の制作現場

 

本二冊

2008年10月30日(木曜日)

樹下美術館のカフェの本に以下の二冊を追加しました。

○「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」 発行朝日新聞 2005年
美しい写真だけで170ページを越え、さらにくわしい資料が載せられています。本書は2005年12月から2006年7月まで全国5都市を巡回した展覧会の図録です。江戸前期、石川県西部の九谷村で生まれた晴々とした古九谷焼きは数十年で絶えました。それから100年以上もたって失われた焼きものを見事によみがえらせたのが吉田屋窯です。残念ながら吉田屋も多額の経費によってわずか7年の営窯だったそうです。しかし江戸後期から今日へと続く九谷焼きの再興に多大な貢献を果たしました。豊かな器は図録を見ているだけで胸がときめきます。

昭和になって富本憲吉や北大路魯山人が色絵磁器を学びに九谷を訪れました。富本憲吉が九谷の北出塔次郎(きたでとうじろう)の元へ初めて通ったのは昭和11年でした。当館展示作家の齋藤三郎はちょうどそのころ富本門下生でした。九谷へも同道した可能性があり、齋藤作品に九谷の影響を残すものは少なくありません。

巻末には現代九谷の徳田八十三吉、須田菁華、北出塔次郎はじめ、遊学した富本憲吉、北大路魯山人の作品も掲載されています。石川県九谷焼美術館は当地から西へ150キロほどです。画集を見ていると再訪したくなりました。

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図録表紙 吉田屋 鉦鉢(どらばち・左)と平鉢(ひらばち・右)

○「LACKOVIĆ」 (ラツコビッチ)
イワン・ラツコビッチ・クロアタ氏はクロアチアのナイーフアート(またナイーブアート:素朴画)の画家です。作者は、クロアチアの清澄な風土をガラス絵や線描を通して沢山描きました。本画集でも故郷の森と丘の生活が明快な線で描かれています。しかしここでは、雪や花が巡るのどかな村は過酷な歴史の上にあることも克明に描き込まれました。
クロアチアは先の2002FIFAワールドカップで新潟県十日町のピッチを使って合宿をしました。本書によって遠かった国がより細やかさをもって近づくように感じられます。

日本にわずかしかない本を東京から携えてくださったのは、私の町大潟ご出身のアーティスト渡部典さんです。彼女の友人で新潟県津南の人・山崎富美子さんは、クロアチアに5年間もの滞在をされ、同国のナイーフアートを研究されました。富美子氏は滞在中にラツコビッチ氏と出会い、親交を深められました。帰国後クロアチア大使館の後援を得て東京はじめ各地でラツコビッチ絵画の紹介をされています。

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LACKOVIĆ 作品

 

チェンバロとバロックヴァイオリンの演奏会

2008年10月21日(火曜日)

 新潟県上越地方は最後の雨がいつだったか忘れるほど好天が続いています。
晴々としたお天気に恵まれて昨夕と今日の午後、樹下美術館でチェンバロとバロックヴァイオリンの演奏会を致しました。チェンバロが加久間朋子さん、バロックヴァイオリンは本多洋子さんです。申し分のないキャリアのお二人は気迫あふれる演奏をなさいました。あえてポピュラーな曲を避けたというプログラムでしたので、一生懸命耳澄ませて聴き入りました。関ヶ原の時代あたりからというバロック音楽ですが、涙が出そうになったり不意でモダンな和音にハッとしたり堪能しました。

 

二日間、野辺の小館がバロックの音色に満たされて幸福でした。お客様。演奏者のお二人様。お手伝い頂いた皆様。 本当に有り難うございました。

 

 

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