樹下だより
来る11月に「齋藤三郎と良寛さん」の講演会 仲秋の名月。
来る11月7日(土曜日)、樹下美術館に於いて、
「齋藤三郎と良寛さん」と題しまして全国良寛会会長・小島正芳先生の講演会を以下のように催します。
当館茶会におけるふとしたご縁で講演会が実現しました。
小島先生は長年に亘り良寛を研究され、今年8月に全国良寛会会長に就かれました。
演題は「齋藤三郎と良寛」に決まり、樹下美術館にとって打って付けの会になろうと想像されます。
コロナ禍は負の面とともに、文化・芸術への親しみを深める傾向を内包しているように感じられます。
感染への配慮によって満席の約半分での開催ですが、どうかご都合をみてご参加ください。
秋が深まります。
今夜は仲秋の名月でした。
名月や夜更けて屋根に雨の音
無事に終わった今月の茶会。
時に土砂降りを交えた本日日中、樹下美術館で今月の茶会をしました。
7月から始めた新機軸、月1回の月末茶会です。
午後1時と2時半の二回、11名様のお客様をお迎えし、雨も上がり良い日和になりました。
待合に掛けた堀口大學、團伊玖磨両氏による色紙「友と来て」。
お二人は慶應義塾式典曲などで作詞作曲を共にされています。
文言は大學氏、音符は伊玖磨氏と思われます。
樹下美術館は齋藤三郎を常設展示しています。三郎は戦後上越市に仮寓された堀口大學に気に入られ、親しく交わりました。
軸は立花大亀和尚の円相。
花入れは柏崎市の吉田隆介作の掛け花入れ。
頂いたアケビと庭の茶の花を入れました。
器は今年正月、天神祭に出かけ吉田宅を訪問した際に求めました。
坪島圡平作の赤絵鳥文角切り香盒。
作者は川喜多半泥子の廣永窯を継いだ人です。
今日庵のお庭焼きによる四方風炉と畠春斎の菱形釜。
風炉先屏風は齋藤三郎筆の父宛手紙。
そして坪島圡平作菱水指です。
髙田の竹内泰祥堂さんのお菓子を坪島圡平の角皿に盛りました。
古い話ですが、30年前坪島氏の水指を求めた年の暮れ、
お歳暮と言って氏から届いた2枚の皿のうちの1枚です。
本日はコロナの日々を明るくする同氏の三器を用いました。
建て付けに蝋型鋳物による斑紫銅建水。
花入れと同じく今年正月の天神様祭で柏崎を訪れた際、
原惣右衞門工房にお寄りして求めました。
に
障子を開けた会が和やかに終わりました。
暗くなりがちな毎日ですので色彩を意識してみました。
お客様で、結婚式の前日に発熱し小生が注射をしたというご夫婦が見えました。40年も昔のこと、全く記憶にありませんでした。
式当日は熱が下がり無事だったということ、今更ながら良かったと胸を撫で下ろした次第です。今では、熱が出たからといってすぐに注射などをしませんので、今昔物語です。
終えて田んぼに行くと青空と大きな雲が緩やかに戯れていました。
秋の茶を終えて仰げば大き雲
樹下美術館にやってきた賀川孝と水島清および倉石隆各氏の作品。
過日遠方から来館された方が2点の油絵と4枚の版画を持参されました。
油彩の1点は賀川孝、もう1点は水島清各画伯の作品です。版画は倉石隆の「罪と罰」の挿絵原画からでした。
以下作品を紹介させて頂きます。
●最初に賀川孝作品です。
全面に赤を用いた熱っぽい作品です。躍動する牛が古代の洞窟画を彷彿とさせます。倉石隆の画友として、話に聞いていた賀川作品を初めて見て胸踊りました。後に記しますが、左上の同心円は賀川作品独特のモチーフです。
○賀川孝と倉石隆
1917年上越市寺町善導寺に生まれた賀川孝は、髙田中学校(現髙田高等学校)時代から倉石隆と美術を共にしました。上京後二人は駅前で殴り合いの喧嘩をするほどの親しい仲だったといいます。 自由美術協会から主体美術協会へ、これも二人一緒でした。
1975年1月享年58才で没した賀川氏。京橋の「ギャラリーくぼた」で催された遺作展の図録に、芥川賞作家小田嶽夫氏とともに倉石隆が長い送る言葉をしたためています。
掲載作品。
いずれも同心円が眼あるいは記号として描かれている。
胎内で早々に形成される眼。賀川氏にとって原初の生命と文化・文明の根源的な表象なのでしょうか。氏の作品では、その眼がいつも私たちを睨んでいたと言われています。
右ページは、賀川氏が生まれ育った善導寺に仮寓した小田嶽夫氏の追悼文。
昭和21年、髙田で二人展の一コマ。(遺作展図録から右賀川氏、左倉石氏)
昭和40年4月髙田における「矢島甲子夫、賀川孝、倉石隆 三人展」
左から倉石隆、矢島甲子夫、齋藤三郎、賀川孝の各氏(髙田信用金庫ホールで)。
故郷を離れ、保証もなく東京で切磋琢磨した芸術家たち。確かなものは熱い魂とふる里を同じくする仲間たちの存在だったのでしょう。当時の写真をみていると、自分が恵まれている事とともに、恵まれていない事にも気づかされます。
○水島清について
明治40(1907)年7月新潟県旧水原町生まれ。若くして上京し林武に師事、東京美術学校を卒業しました。二科展、後に独立展で活躍。構図、色彩、タッチとも独特の力強さがあります。発表を重ね1991年12月17日横浜で没しました。享年84才でした。
以下はこのたびご持参頂いた作品です。
水島清「パリ サンジャックの塔」1963年 37,7×46,6㎝。
パリで二番目に高い建物がキャンバス一杯反るように描かれています。
白い塔を浮き立たせている空も青く強く塗り込められました。
所によって触ると痛いほど絵の具が盛り上げられていました。
さて齋藤尚明氏にお借りしているアルバムの中に、水島清氏と収まる齋藤三郎の写真がありました。
「水島清展」で前列中央に水島清氏、その後ろ齋藤三郎。
髙田の人がほかにおられますので同地での展覧会でしょうか。
●最後に倉石隆による挿絵原画の版画です。
「罪と罰」の原画4点 各サイズは7,3×9,5㎝。
(ドストエフスキー著 中村融訳 1969年 偕成社発行)
現在この書物は「倉石隆の本展」として展示されています。
以上いずれの作品も、かって上越市で医業を営まれた亡きおばあ様のコレクションの中からお持ちくださいました。
作品の良さとともに、かって当地の同業者に熱心なコレクターがおられた事に深く感銘を受けました。
遠路作品をご持参くださったSさん、本当に有り難うございました。
本日はお若い女性お二人に「森のトマト畑」をお買い頂きました。
おうちへ帰って読むということ、如何だったでしょうか。
昨日のうろこ雲 11月に小島正芳先生の講演会「齋藤三郎と良寛さん」。
昨日はうろこ雲に目を奪われた。
寝不足解消の昼寝の後見た空は、まことに爽快で一遍に目が覚めた。
雲は想像以上に明るく、レンズを向けると空以外の景色が暗くなる。特に逆光ぎみのケースは著しい。
フィルターやpc上の加工など、調整可能なようだが、私には無理でいつも悩ましい。
仕事後駆けつけた夕陽の森公園の空。
不思議にも二色に分かれた。
本日美術館で一回目を読み終えた「若き良寛の肖像」
著者 小島正芳 考古堂書店 2015年12月発行
著者の小島先生は今夏全国良寛会会長に就かれました。先生により樹下美術館収蔵の軸「秋夜月弄」の詩が良寛の真蹟であることが分かり、先生とご縁が生まれました。
先生は新潟大学時代に書道を専攻され、髙田分校芸能科で齋藤三郎の講義を受講し感銘を受けられ、今日まで三郎を深く敬愛されておられます。
来る11月7日(土曜日)午後2時から樹下美術館において「齋藤三郎と良寛さん」の講演をして頂くことになりました。
数日後、フォーマルなお知らせを致しますが、コロナの状況から入場は40~45人様程度の見通しと考えています。
その折はどうか宜しくお願い申し上げます。
賑わった敬老の日。
祝日の本日、樹下美術館はまれに見る混みようとなりました。
県内外の方達、ご家族、若者さん、カップルさん、お一人様などさまざまな方がお出でになりました。
カフェでは席が無くお帰りになれれた方には大変申し分けなく思っています。
密集をさけるためいっそう外気を入れ、飲食は陶芸ホールと外のベンチにもお座り頂きました。
初めての方はSNS、過日のキャレルの特集、ホームページorブログ、口コミ、などでとお聞きしています。
明日は連休最終日。
同じように賑わうとは限りませんが、やはりコロナは心配です。
暇で心配賑わっても心配、、、当分このようなことが続くのだと思われます。
皆様はとてもマナーが良く助けられます。
本日お越し頂いた皆様、本当に有り難うございました。
一様に満足されてお帰りになったと聞き、喜んでいます。
秋の日、半径50メートルのシャッター。
程よく陽が射した日、お客様と話しをしては、外へ出て生き物などにカメラを向けた。
樹木の庭、隣の草地、裏手のあぜ道などで平和な光景を目にした。
あこがれだったアオスジアゲハが、最近は身近に感じられるようになった。
へ
沢山いたヒメアカタテハ。世界で最も多く分布する種類の一つらしい。
シジミチョウとスズメバチ。危うそうに見えたが、それぞれの仕事に勤しんでいた。
初めて見るオレンジ色の爪。
体は小さく甲羅はせいぜい3㎝程度。
いっとき賑わったカフェが静かになった。
色々撮ったようだが美術館からたかだか50メートル以内を動いただけだった。
昆虫、植物、空、雲、作品、室内、カニ、、、愛すべきものは多かった。
この先深まる秋も楽しみにしたい。
多様性を認め、豊かさを覚えるのは健康なことだと思う。
ある程度好き嫌いを言うのはいいが、頑なに世界を狭めるのには幼弱な危うさを感じてしまう。
夕暮れの花、美術館と県立大潟水と森公園。
涼しくなってきたと思っていたところ本日は蒸し暑く、動くと汗ばむほどだった。
美術館裏のモザイクテーブルで8枚切りのパンとサラダに紅茶の昼食。
ここで良寛さんの本を読み、後に来館されたお客様とかなり長話をした。
お客様を送って出ると西王母の蕾が丁度良く膨らんでいた。
例年よりひと月早くはないだろうか。
遅くなったが美術館から県立大潟水と森公園へ歩きに行った。
お盆からひと月が経っているのに水辺に盆花(ミゾハギ)が満開。
古墳の丸山に入ってすぐ、暗がりの中にいつものプラタナス。
とても大きく見えてギョッとした。
ズームしてみると赤い斑が見える。
斑蓮(まだらばす)と呼ばれる所以らしい。
日暮れても色なほ白き蓮の花 長者の池にて眠りゆくらし
丸山古墳は鵜の長者と言われた人のものだと、伝えられている。
また近時、この蓮は「不忍池斑蓮(しのばずのいけまだらばす」という種類であることが分かりました。
(2012年にもここの白蓮を記載していました)
ズームしてみると赤味が濃く出る。
今ごろは花が乏しいのでは、と思っていたが、蓮やミソハギなどに出会えた。
日中少々蒸し暑く、夕刻の公園では汗ばんだ。年に負けまいと早足を心がけた。
午後5時から40分の散策、随分日が短くなった。
さすがに最後には誰にも会わず、帰りを急いだ。
森のトマト畑の製本。
コメント
かつて紹介させて頂いた小生の昭和時代のつたない絵本「森のトマト畑」。
30冊ほど樹下美術館の窓口に置きましたところお陰様でなんとか全て売れました。
B5のやや厚紙にコピーしてホッチキス止め、それを製本テープで背当てする昭和もいいとこの手作りぶりです。
これまでの黄色の製本テープを赤にして本日8部作りました。
一冊24ページ 700円です。
宜しければお手にとってご覧いただければ幸いです。
日中随分過ごしやすくなりました。まだ暑気がぶり返す日もあるようですが、しばらく着る物、掛ける物に気を使います。
裏の田ににコンバイン 駐車場からダッジ 若い人の合理的な行動 最近は多様なお客様 土底浜の夕暮れ。
朝夕やや涼しくなったが日中はかなりの暑さの本日。
美術館は静岡県ほか遠方からのお客様で賑やかで、沢山展示も観て頂いた。
また上越教育大学の芸術分野の教授とお弟子さん達や着物の方達はじめ当地の皆様に恵まれた一日だった。
裏手に出るとどーどー、と大きなコンバインが音を立て、稲刈りの真っ最中だった。
どんなに倒伏していても刈り取ってしまう凄い機械のように思われた。
カフェでお客さんと話しをしていると、突然駐車場でどーどー、と言う音。
びっくりして出て見ると、遠くへお帰りになるお客様の新しいダッジのチャレンジャーがエンジンをかけたところ。ボロロロロ~という音で去って行かれた。
またおいで下さい。
雲がよかったので大潟漁港へ。
夕刻の海辺はどこも主に若い人達や家族ずれでいっぱいだった。チェアでくつろいだりテントを張ったり、若者が戸外や自然をを楽しむ姿は見ていて気持ちちが良い。
コロナで生活が内向きになったことがあるのか、この人達には、今後お仕着せでない、自立した生活感覚を持って生きて行く感じを受け、希望を抱かされる。
静かな土底浜の草の丘に行った。お父さんと坊やが来た。
小さな丘の小径を走って上り下りする坊やが可愛い。
本日はカフェがいっぱいで、6名様が展示だけでお帰りになった。
コロナで席数を減らしていていますので、とても申し分けなく思っています。
最近、これまでにない多様なお客様がお見えになり、とても嬉しく思っています。
近藤悠三、齋藤三郎子弟の石榴(ざくろ) 父の石榴の絵 父の引き出しと子供の私。
現在樹下美術館の陶芸室は、齋藤三郎(陶齋)の「石榴(ざくろ)と秋草」です。
向かって左半分を石榴、右半分を秋草に大まかにわけて展示しています。
展示の最後に参考作品として、齋藤三郎の最初の師、京都の近藤悠三作、石榴の角皿と湯飲みを飾りました。染め付け(呉須の顔料による青色作品)ですが、発色が良く、リズミカルな筆運びに見応えがあります。
一方陶齋のざくろ作品を見ますと、以下師の作風ととても良く似ています。
右の二つの湯飲みが齋藤作品。
軟らかに手首を使ってリズム良く描いています。
もう2点齋藤作品を見てみます。
鼠志野石榴文角皿(ねずみしの ざくろもんかくざら)。21,5×12,2㎝。
鼠色の志野うわぐすりが掛けられた角皿。
やはり石榴は師に良く似ています。7枚展示しています。
赤絵掻き落とし石榴文(ざくろもん)壺。入ってすぐ正面にあります。
昭和24年の展示会で父が初めて求めた齋藤三郎作品です。
居あわせた人の話によると、皆でこれは良いと話していたら、最後に現れた父が、手に取るとあれよあれよという間に持って帰ってしまった、そうです。
父が描いた上掲の石榴壺の油絵(写真の裏側を描いています)です。
見ていると幸福感が滲み、父亡きあと額を作って入れました。
申し分けありません、父について少し触れさせてください。
明治39年生まれの父は厳格な開業医。猛威を振るった結核医療に取り組み、ベートーベンとシューベルト(主に歌曲)を愛し、齋藤三郎の大ファン。テニスの町柿崎のコートに通い、後にゴルフに転じ、庭では葡萄と薔薇づくりを一生懸命やっていました。
昭和30年代に巨峰が出来るようになると、収穫時期に同業者に配っては喜んでいました。
寡黙で気むずかしい父でしたが、たまに見せる笑顔はまことに甘く印象的でした。
以下は私と父とのことで少々変わった話です。
子供時代の私は父の引き出しが大好きでした。留守を見計らっては開け、万年筆や眼鏡、あるいは懐中時計を分解などしていじりました。たいてい悪戯の痕跡を残してしまい、ひどく叱られましたが、それでもまた続けたのです。
万年筆をいじった挙げ句、ペン先が割れて字が書けなくなったり、分解した時計が元に戻らなくなったりもしました。
ほかに窓際にあった試験管とマッチやアルコールランプを用いてコルク栓を飛ばして遊び、しばしば器具を壊しました。2年くらいは続いたでしょうか、全く落ち着かないひどい子供でした。
叱る父は怖かったですが、殴られることはなく、もしかしたら、舌打ちしながらゲームでもするように、私の相手をしていたのでしょうか。それなら本当に嬉しいのですが、さすがにあり得ませんね。
さて最後にもう一度近藤・齋藤子弟のざくろです。
学ぶは「まねぶ」と言われるように「真似る」のが仕事のようです。近藤悠三に酷似する齋藤三郎の石榴(ざくろ)から、熱心な修業ぶりが伝わります。どうかお暇を見て両者の作品をご覧ください。
上掲しました館内の作品写真はホワイトバランスが上手く行かず、赤味をおびてしまいました。
- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 高齢者、昔話
- 医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
- 花鳥・庭・生き物
- 空・海・気象
- 頸城野点景
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- 社会・政治・環境
- 明け暮れ 我が家 お出かけ
- 文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ・テレビ
- 食・飲・茶・器
- 拙(歌、句、文)
- こども
- 館長の作品。
- 20年目の初日 お配りしている展示説明。
- 明日から今年度の開館。
- あれから15年。
- 先週末の種々 その2悪天候のゴルフ。
- 先週末の種々から その1心打つ音楽会。
- 「魅せられしギター」とロシア民謡「道」。
- 暦の春、卓上メモ、鷺と鷹、梅の名所は。
- 今日で2月が終わる。
- 先週の種々 再び柿崎海岸 氷飾り。
- 2026年倉石隆は「少女を囲んで展」。
- 今年の陶芸展示 暖かすぎた日。
- ハクガンが戻った 標識首輪の個体。
- 「つどいの郷」嘱託おさめの日。
- 春近く、鳥たちが反応している。
- 雪大根を頂いて 豪雪と冬鳥の動向 選挙以後昨今の頭痛。
- 本日ロッテアライリゾートで。
- 午後揃って姪が訪ねてきた。
- 今年の陶芸展示は「現代茶碗展」です。
- 県立大潟水と森公園でグレートピレニーズを連れたA氏と出会う 選挙が決着して。
- 雪と車 そして選挙。
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