細く切り取られる四季
今日の祝日、さわやかな午後でした。展示が馴染み、庭は活発になろうとしています。
樹下美術館は設計者大橋秀三氏によって外光もデザインされています。陶芸ホール正面はスリットが枠状に切られていて、季節の一こまが垣間見られます。今日午後は以下の状景が見られました。
左のスリットから椿と春の水田 |
![]() 右からは山桜が。 |
眼科受診 夕映えの山桜 四十九日
午後定期休診で、前回から一ヶ月が経ったので眼科の受診をした。
あれは小さな出血だったようです、血圧は高くないですか、と先生に聞かれた。はい、と答えたものの自信があるわけではなかった。
帰って測ってみると134-74、人のことは気になるがほとんど自分を構わない。 恥ずかしながらこれを機会に何年ぶりだろう、また点検をしてみよう。
寄った美術館で妻の知人にお会いした。しばし加わるとやはり震災の話になる。冷たい雨風が続いていたが、閉館の後カッパを着て草花を植えた。
人去りて後(のち)に見せたや夕映の色ぞ惜しけれ山桜花
終了するころに空が晴れて一瞬陽がさした。庭のヤマザクラが強く照った。きょうは震災四十九日だった。
経済支援と言って騒ぎ出すのもいいが、まだ悲しむ時でもあろう。
はじめましてツバメ。
雨中、朝日池の広葉樹が萌えている。ぱっと目の前を横切ったのは私の初ツバメ。いつもながら颯爽として突然の登場ですね。
お仲間と飛び交う姿は元気で、数千キロを旅したとは思われません。ペアリングはこれからですか、とても嬉しそうですね。
田が動く 知事には間違いのない判断を
午後、田を通って往診した。上越市大潟区の田は一斉にという様子で耕耘機が入っていた。
耕して田が黒くなる強くなる
それにしても原子力発電所の問題をいわゆる地元自治体だけに大きく任せるのはおかしなことだ。
県民が託せる最後の砦は知事であろう。泉田知事は賢い人とお聞きしている。今際の折りはどうか間違いのないご判断をお願いしたい。
堀口すみれ子さんの講演会が終わって
昨日午後の雨の中、遠路のお客様も見えて盛会のうちに堀口すみれ子さんの講演会が終わった。お話は素晴らしかった。
はじめに堀口大学と佐藤春夫の“一点の曇りなき友情”が語られた。門弟3000人の春男、対して孤高の大學。同じ慶応中退の二人は、対称性の引力もあって強い友情を育んでいた。
多くのエピソードの一つは、森鴎外作になる「永く相おもふ」「ゆめみるひと」が刻られた二つの陶印を巡る物語。もう一つは、藍で詩片を記し、互いに交換し所有された灰皿のこと。これらの逸話が当地で語られるのには訳があった。
陶印の一つを所有し他を探していた佐藤春夫は戦後の上越・高田の堀口大学邸を訪ねる。大學はたまたま春男が探していた「永く相おもふ」を所有していた。大學は春男に自分のものを譲る。また灰皿については、高田の齋藤三郎窯を訪ねた二人が三郎の形成した器に揮毫し、同所で焼成されたものだった。
(戦後の上越一帯は高田を中心に凄いことになっていたようである)
談笑する堀口大学(左)と佐藤春夫(右)。
卓上にあるのは齋藤三郎窯で焼かれた灰皿。
講演のなかごろ、「詩は音楽のたぐい」と述べる大學のある作品がすみれ子さんによって朗読された。詩語は春光を反映する音楽となって館内に響いた。
さらに“分かち合え 譲り合え そして武器を捨てよ、、、”と続く「新春 人間へ」が読まれた。ベトナム戦争が深刻化する時期、核への危惧、人間のおごりをいさめる詩に拍手が起こった。
昭和25年以来、湘南における大學は水辺と浜辺、そして富士山を、とりわけその夕暮れを愛したという。
その大學が「苦労をかけたね、ありがとう」とやっとの思いで告げると、翌日すみれ子さんの腕の中で人生を閉じる。1981年3月15日、享年89才だった。
一夜あけた今日、空は晴れ、樹下美術館のカフェですみれ子さんとお茶をご一緒した。午後から高柳の荻の島を訪ね、長岡駅で再会を約束してお別れした。
道中、いよいよのどかなヤマザクラが美しかった。
明日は堀口すみれ子さんの講演会
明日は堀口すみれ子さんの講演会です。
遠く新潟市、長岡市、東京からもお客様が来られることになりました。樹下美術館の会場は小さくて、ご用意できた60席はすでに満席になり相済まなく存じます。
今回は昨年に続いて二度目のお話。前回は堀口大學の詩とともに、父・大學の生い立ち、痛々しいほどの子煩悩ぶり、最齋藤三郎はじめ上越高田との縁をお聴きしました。
大學は1950年(昭和25年)高田を離れて湘南・葉山をついの住処とします。このたびは大學が愛した葉山とは、そこでの生活とはをお聴きできることを楽しみにしたいと思います。どんな詩が披露されるのでしょうか。
【堀口すみれ子さんのプロフィール】
・昭和20年(1945年)堀口大學の長女として疎開先の静岡県に生まれる。
・昭和21年秋、次の疎開地・現妙高市から現上越市に移り、昭和25年まで住まう。
・昭和42年(1967年)慶應義塾大学文学部卒業。
・著書に「虹の館 父・堀口大學の思い出」、詩集「風のあしおと」、「水辺の庭」、 編著に「堀口大學詩集 幸福のパン種」(いずれもかまくら春秋社)などがある。
福島を見ていて思い出した 新潟県で原発を阻止した町長
昭和53年から十数年間、個人的に辛い時期が続いた。高速道路で、トンネルが見えると入り口に激突したい衝動に何度も駆られた。
助けて欲しい、すがりたいと思いながら歯を食いしばった。そんな中で仕事と患者さんが一貫して自分を支えてくれた。皆様には今でも感謝でいっぱいだ。
魔の十数年、修行のつもりで本を読んだ。一日1,2ページしか読めないような本でもノートを付けながらかじりついた。遺伝/進化論、心理・行動学、フランス近代思想や評論。無理とわかっていてもエッセンスに触れたかった。
今それらはみな忘れたが、合間に読んだ良寛と西行、それに啄木の味は淡く残った。
先日申し込んで到着した清酒、とても嬉しい。
また当時の週末はよく新潟の講演会や講習会に行った。当初高速道路がなかったのでしばしば海岸を走った。
日本海は変化に富んだ表情があり、柏崎から角田浜まで海沿いの景観には慰められた。ある春、刈羽から荒浜の先へ抜ける松林を歩いたことがある。なだらかな丘、清々しい松林、見えてくる海、とても素晴らしかった。
しかし間もなく一帯に高いフェンスが連なり、いつしか全貌叶わぬ巨大な原子力発電所となっていった。清々しい景観に代わっておびただしい鉄塔と送電線が巡らされ、無味無骨なコンクリートの巨塊が出現した。それはまた後の中越沖地震の煙によって、世界最大の原発であることを全国に知らしめることとなった。
さらに、あろうことかその45キロ先、新潟県が誇る景勝地、越後七浦の角海浜に、もうひとつの原発(東北電力巻原子力発電所)が計画されていた。佐渡に対面する無垢な海岸線に二つの原発とは何という粗暴。新潟県はどこまで落ちれば気が済むのだろう、と思った。
この土地を遠くから訪ねる人は原発関係者以外いなくなるかもしれない。越後は麗しかったのではなかったか。
結局、角海浜に原発が建つことはなかった。様々な曲折を経て1996年に笹口孝明町長が登場した。氏は国・県知事・元町長と議会与党・電力会社・推進地元など圧倒的な力を相手に、同調する住民と共に闘った。女性の力も大きかったと聞いている。
1998年8月、町長は自らの判断で炉心予定の町有地を建設に反対する同志に売却した。建設推進サイドはそれを違法と主張、提訴そして執拗な抗告へと推移した。しかし2003年3月、最高裁は合法の判断を下し、ついに電力会社は計画を断念する。
次々と襲った嵐の中でどんなに苦しかったことだろう。きわどい局面を迎えるたびに氏は明晰な言葉と行動によって乗り越えた。並外れた信念に感動して手紙を送ったことがある。
原発は緑の国土を損ない地域の創造力を減衰させ人を退ける。しかしまったく正反対のことを述べる人がいるのも事実だ。国土・生活・カネについて、感覚や認識の違いで分かれるのだろう。
10数年前、巻がもめている頃、ある会に所属していた。当時の講話で“新潟県に原子力発電所はもう要らない、都会に作ればいい”と話したことがあった。まばらな拍手だった。
いま笹口孝明氏を振り返る。氏は巻町ばかりでなく、出雲崎、寺泊、弥彦、角田、岩室、国上山、見附・燕、そして新潟市の住民をひとまず安心に導いた。我々とて同じであり、来訪者もほっとした事だろう。
また、一帯の海岸を明治、江戸、鎌倉、平安・奈良、、、さらにその先人達が見てきたであろう風光として保全された。巻原発が建たなくて本当に良かった。
斯く間一髪新潟県は救われたのではないだろうか。笹口氏いなければ新潟は最も近づきたくない県の一つになっていたかもしれない(現にそうでないことを願うばかりだが)。
ネットで見た現在の笹口氏は、死にものぐるいの当時と異なり穏やか印象だった。いつかお目に掛かってみたい。
仏にお線香
昨日に続いてお地蔵さんのことです。およそ20年前、求めた時の目鼻はもう少し柔らかな感じでした。
本日スタッフと水洗いをさせて頂きました(うーん、言葉遣いが難しい)。
清めた後の顔に昔のような和みが現れました。
そしてみなでお線香。
さっぱりしましたね、ずっと居てください。
もう少し馴染みのいいお線香立てにします。
放っていた仏像を急にあがめたり、節操なく大変恥ずかしく思います。東北(北東)への祈り、亡きA氏の偲びほか、このお地蔵さんを大切にしていきたいと思っています。
新潟県の片隅で小さな地蔵さんが 仙台、南三陸、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、山田、、、
家の玄関脇に小さな(可愛い)お地蔵さんがある。平成に入って間もなく家にやってきた。佐渡の石彫作家さんのものだったと記憶している。
数日前から、向きが気になっていた。東北を向いているような気がしたからだ。昨日見たらちょうど米山(よねやま)を向いていた。
もしやと思い、地図上で地蔵のある場所と米山を結ぶ線を引いてみた。線を次々に延長していくと新潟県長岡市を通り、県境の飯豊山を抜け、蔵王をかすめて仙台市の北方から三陸海岸へ出た。
向いていたのはほぼ被災市町だ。仙台、南三陸、気仙沼、陸前高田、大船渡、そして釜石、山田、、、。少々驚かざるをえない。
本日あらためて地蔵を見た。幼げな地蔵は東北の子どもの無事を祈り、失われた命を悲しみ慈しむように見えた。
やってきた頃は何て愛らしいのだろう、と思った。その後、次第に椿とアジサイの影に隠れるようになった。前を少しどけて写真を撮った。
震災を知っていたなどとは思わない。しかし上越市の片隅から東北へ向けて小さな手足を合わせる姿に心打たれた。
ところで地蔵さんの作者を思い出せないし、記録もなかった。本日午後、当時運んで頂いた新潟市某デパートのA氏に尋ねてみようと電話をした。すると少し間があって「申し分けありません、Aは亡くなっています」と告げられた。
なんとも言えないショックだった。アクも曇りもなかったあの人が?!すっきりして若きエースだったのでは、、、。5年前のメールが最後だったとは、、、知らなかった。
幼き地蔵は自分を運んだ人のことも祈っていたのか、飾り物などではなくまがいなき仏だったのか。明日は初めてだが是非ともお線香を供えたい。
実生のクリスマスローズ
2008年秋、花好きの弟がクリスマスローズの種を蒔いてくれた。プランターで育ったちびちゃんたちは2009年秋には下の写真のように成長した。
2010年春、樹下美術館の庭に移植した株は芽だけで一年間過ごした。
そして今春、厳しい冬を越えて発芽するとしっかり二輪を付けて開花、えらいなー。
それぞれ庭で花開いた3年目の株。
実生の株は力強さを感じさせる、ありがとう、がんばってね。
梅と畑 朝日池「宮の袖」 進化 最後は女性 安心・安全の愚
一作日の雨の日、畑道の行き当たりにある梅を見た。今日は晴れて、周りで仕事をする人達がいた。生活には色々な形があろうが、ここで過ごされる人の時間を羨ましく思った。
ところでこのすぐ向こうに朝日池の入り江の一つ「宮の袖」がある。中学時代のある曇りの日、こんな日は大きな鯉が釣れると聞いて、一人で「宮の袖」へ行った。
宮の袖は足場が悪いうえ濃い雑木に糸が絡む。さらに降りだした雨に濡れて苦労した。一、二匹大きなフナを釣ったような記憶はあるが、その日一人の大人が浮かぶ。
私の並びの少し向こうで釣っていた人がその大人だ。はじめから蓑傘(みのかさ)をまとって非常に格好良く見えた。ガボッと水音がするとヒュンヒュン糸鳴りがして大きな魚を何度も釣り上げた。雨降りでとうとう仕舞った自分、しかし格好良い大人と居たことに満足して帰った。
さてここへ来てふと思う。
雨中に蓑傘、こんな服装はもう見られない。そして今放射線防護服。比べるのは酷だが、これも進化だと本気で言う若い人は多いはず。何かと強い現実肯定、自分が生きている間のスパンで損得を考えたがる男の癖。
世代ギャップはどうしょうもないが、この先の主だったことは、母性を内包する女性に任せるのがいいのかもしれない(但し男の悪い面だけを備えたような女性もいるので注意が必要か)。
このたびの重要な国家的会議の委員に如何にもという男性が並ぶ(梅原猛氏は別格、この人に愛想を尽かされたらお終いかも)。しかもインタビューではさっそく「安心・安全」などとキレの悪い言葉が遣われる。安心と安全は趣意が異るがかぶることも多い。まず何が安心で何が安全なのか言ってほしい。
その前に、安心で安全なまちづくりや暮らしは目標として言うまでもないこと。それを得意げに話す。軽くて野暮な言葉は介護保険の行政用語からたちまち広がったと思う。明晰な現場はともかく、立場が上ほど政治家ほどよく遣った。子どもじみた言葉に進化でなく人間の減退を感じていた。
馬鹿にされているようで、これを遣う人をあまり好きになれない。しかし今でも会った途端に“安全・安心”と言う人がいて悩まされる。
春らしくなってきました。
新潟県上越地域(上越市・妙高市・糸魚川市)は桜の開花を迎えて春が勢いを増しています。大災害に心沈みますが、時には樹下美術館などをお訪ねいただき、しばし心安んじていただければと思っています。
本日は直江津茶屋さんからcasa secoのせいこさんがお見えになっていました。電車と春風に乗っていらしたせいこさん、ゆっくりしていただけたでしょうか。お会い出来て嬉しかったです。
冷たい雨の日 静かな梅
先日とは打って変わって冷たい雨の日。
梅は静かでますますあざやかだった。
※色々あった三月、遅れに遅れる図録を進めています(本当に恥ずかしいのですが)。
こちらこそどうか宜しくお願いいたします。
新潟県上越市には福島県南相馬市や双葉町から、東京電力福島第一原子力発電所の事故によって約200人の方が集団で避難されているということです。ほかにこのたびの震災で被災地からご親族などを頼って上越市に来られている方も少くないと聞いています。
先日は大潟区内に身を寄せられたお年寄りを往診しました。90才を過ぎたお顔に固い緊張が見られ、ここまでの厳しい過程が読み取られました。これからの安心にむけて精一杯させて頂きたいと思いました。
ところで大潟区雁子浜(がんごはま)には30戸の雇用促進住宅が二棟あります。昨日、当住宅に福島県から集団避難されていた児童・生徒さんのおよそ半数(約30人)がご家族と入居されました。当面、大潟小学校と同中学校へ通うためということです。
大潟区は昭和30年代に始まった帝国石油による開発で、秋田県を中心に多くの皆さんが移住され交わった経験があります。さらに上記住宅に隣接する鵜の浜温泉にはもてなしの気風が定着しています。
故郷を遠くにされた皆様はさぞ淋しさやご不便はあると思いますが、少しでも当区で安心してお過ごし頂きたいと願っています。
所変われば人も変わる、福島県の皆様には皆様なりの文化があることでしょう。遠くと遠くが交わることは貴重なことにちがいありません。
“私たちの方こそどうか宜しくお願いいたします”
甘やかな春の雨 ジャガイモ
一月さんざん二月さんさん三月さんざん4月さんさん、、、。
今年のお天気は一ヶ月おきに善し悪しを繰り返している。
好天が続いていた四月、今日は久しぶりの雨。
会う人ごといい雨、と仰った。
始まった畑にちょうどよいタイミングだったらしい。
老いも若きも早春の畑はジャガイモが人気
砂地のジャガイモは暑さにに左右されて結構難しそうだ。
難しいのに少し温かくなると待ちかねたように一斉に始まる。
種芋を切って伏せ、芽が出たら畑にイレる。
なぜか私の所では植えるといわない。
今日の上越市・大潟区の朝日池。内雁子(うちがんご)新田の急患の帰りに。
甘やかに岸辺をぬらす春の雨
この時期の雨は花や樹木の芽に静かにそそぐ。さあ目覚めてと促すように。優しく降るので甘味があるのではないか、と感じる。
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