樹下だより
何処へも出かけない連休。
本日から連休が始まりました。午前仕事をして、暦通りの連休です。気温もぐっと上がり晴れ渡りました。
お陰様でお客様に恵まれました。お二人の介助者に添われたフルリクライニング車椅子の方の訪問を嬉しく思いました。また午後には茶道に通われる若い女性のグループが見えました。中国、英国からのお嬢さんも混じって賑やかでした。
連休中は何処へも出かけずゆっくり地域の春に親しみたいと思います。また家では溜まっている書類の処理、齋藤三郎、倉石隆の図録二冊の仕上げ、新潟市の団体機関誌6月号への執筆などに集中するつもりです(頼まれた2年のうち、まず1~5月号までお陰様で何とか終了しさせました)。
幸福のパン種 増補版 「新春、人間に」から。

幸福のパン種 増補版: 堀口すみれ子編 かまくら春秋社
平成23年10月11日発行
この度の堀口すみれ子さんのご講演に際して「堀口大學詩集 幸福のパン種」の増補版を戴きました。
幸福のパン種は1993年、大學の十三回忌に発行されました。昨年10月、「新春、人間に」および「そして今は」の2編を増補して改版されました。
昨日のご講演の最後にすみれ子さんは「新春、人間に」を朗読されました。この詩は1971年の産経新聞の元旦の特別版に掲載されたものです。その年に福島第一原子力発電所が稼働したということでした。
大學は生前“僕の詩は50年早かった、50年経ったら理解されるよ、君はそれを見届けておくれね”と話したそうです。
当版の末尾で、「何気なく聞き流していた言葉ですが、ああ、あの言葉は本当だったのだと実感します」、とすみれ子さんは述べられています。昨年の福島の事故を顧みる機運から、この度の増補がなされたのだと思いました。
以下は「新春、人間へ」です。
“ 分かち合え
譲り合え
そして武器を捨てよ
人間よ
君は原子炉に
太陽を飼いならした
君は見た 月の裏側
表面には降り立った
石までも持って帰った
君は科学の手で
神を殺すことが出来た
おかげで君が頼れるのは
君以外になくなった
君はいま立っている
200万年の進化の先端
宇宙の断崖に
君はいま立っている
存亡の岐れ目に
原爆をふところに
滅亡の怖れにわななきながら
信じられない自分自身に
おそれわななきながら、、、
人間よ
分かち合え
譲り合え
そして武器を捨てよ
いまがその決意の時だ ”
元旦の特別記事にしては大変重い内容ですが、大學の先見性、詩人の良心の堅さをあらためて認識させられます。すみれ子さん、良い増補を有り難うございました。
今日は二つ良いことがありました。一つは放鳥されたトキのペアから初めてヒナが返ったというニュース。もう一つは書くのが恥ずかしいほど大量のハンディをもらってゴルフコンペに優勝したことでした。次回のハンディは29ということで、また挑戦したいと思います。
盛会だった堀口すみれ子さんの講演会。
堀口すみれ子さんによる講演会「堀口大學を巡る人々」は、昨夕盛会のうちに無事終了しました。
講演で語られたのはお母様のこと、そしてマリー・ローランサンとジャン・コクトーでした。
母:世界を遍歴し、文化勲章に輝く詩人・フランス文学者は、40代後半に関川村(現妙高市)の18才になる娘さんと出会い後に結婚します。漱石の「心」を仏訳するため滞在していた野尻湖ホテルでの邂逅がきっかけでした。
20を越える年の差。しかし幾星霜のうちに隔たりは埋められ、睦まじい夫婦の格へと育ち上がる過程が話されました。
マリー・ローランサン:大學はスペインにおいて亡命していたマりー・ローランサンと出会います。多くの国の言葉を話す日本の若き詩人をローランサンは鶯にたとえて詩を贈ります。恋か敬愛か二人の親交によって大學はローランサンの詩書集を翻訳し日本に紹介するようになります。
ジャン・コクトー:天才の芸術家コクトーの著作も大學によって我が国へと紹介され、二人の親交は深まりました。大學の蔵書に記されたコクトーのドローイングの洒脱さと滑らからさは驚嘆すべきものでした。氏は1936年世界一周の旅で日本に立ち寄りますが、大學は心を込めてこの国を案内しました。
情熱や探求によって育まれる縁、変化を遂げる関係、、、。とても感銘深い講演でした。
この日、講演に先立って当地の男性コーラスグループ「蘖(ひこばえ)」によって堀口大學作詩の2曲が披露されました。ハーモニーは詩とともに心に響き、会場は豊かな情感に包まれました。
すみれ子さんは三回目のご講演でした。同じ人からじっくり聞く話の意義深さをひしひしと感じました。
堀口すみれ子さんの講演会が近づいて 堀口大學と合唱曲。
4月21日(土)。 詩人・堀口大學のご長女すみれ子さんによる講演会「堀口大學を巡る人々」が近づきました。偉人・大學は様々な著名人と親交を結ばれたことと思われます。大學および親交のお相手、ともに興味深くお話が楽しみです。
ところで、このたび講演に先立って、上越市の男性コーラスグループ「蘖(ひこばえ)」の皆様によって2曲の歌が披露されることになりました。
ご承知のように、堀口大學の詩は戦後になると合唱、特に男声合唱で盛んに歌われるようになりました。1946年の第1回合唱コンクール課題曲は大學の「月光とピエロ」(作曲・清水脩)でした。アカペラで歌われる合唱は言葉が耳に沁みて心打たれます。
以下は第77回関西学院グリークラブリサイタル:2009年2月15日(日) 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホ-ルにおける「月光とピエロ」の動画です。
このたび「蘖(ひこばえ)」が歌う「濱の足跡」「涙の塩」はともに大學の詩集「人間の歌」に収載されています。同詩集の「隕石」「年の別れ」「縫い付ける」等の詩も多くのステージで歌われるようです。
以下は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 第118回定期演奏会における「年の別れ」(作曲:多田武彦)の動画です。一曲目ですが、とてもいいですね。
「人間の歌」は、1926年から1945年までの20年間の作品から選んで編纂されました。出版されたのは大學が当地髙田に仮寓していた昭和22年5月でした。ゆかりの上越で講演会に添えられる蘖(ひこばえ)のコーラスを楽しみにしたいと思います。
樹下美術館は花?
予報通りの晴天、午後車の室外温度は11度だった。めまぐるしく変わる気象だが、それが春秋の本質のような気がする。しかし昨年からの季節の厳しさと進行の遅れはやはりおかしい。
遅れた春とはいえ花ごよみがスピードを上げている。もたもたしていると見ないうちに終わる花があるかもしれない。毎年キクザキイチゲは知らぬ間に満開になる。この花の7分咲きなどは見たことがないほどだ。(何気ない場所にあるので注意していないだけかも)
以下は本日の樹下美術館です。
これまで樹下美術館とはどういう場所かなと、ずっと考えて来た。あれやこれやを思い浮かべて漠然としたイメージは得ていたが一言で現すのは中々難しかった。しかし本日花を見、作品を見、皆様にお会いしてある事に気がついた。
樹下美術館は花なのではないのか、あるいは花でありたい、と。庭はもちろん作品も建物もカフェも環境もみな花としよう、なによりお客様が花なのだ。なるほどなるほどこれはとてもいい。するとスタッフも花でなければならなくなる。
この話をスタッフにしてみよう。“花の如く”は難しいことだが目標としては良いと思った。一番問題は館長かも。
上越タウンジャーナルに「この空の花」という映画の紹介が出ていた。
寒くても春。
朝に雪が降る寒い一日でした。そんな日だから樹下美術館?幸い午後からお客様に恵まれました。
お天気にも都合があるのでしょうか。遅れてはいますが、もうじき髙田の桜は息を飲むほどの美しさで青空を埋め尽くすにちがいありません。
膨らんだ辛夷の蕾。5年前の開館の時、町内有志から植えて戴きました。少しずつ大きくなってきました。
色づいてきた箒桜の花芽
「チェロとギターの夕べ」コンサートのお知らせ。
寒暖が激しく体調への配慮が必要な日が続いています。足踏みする春ですが、力強い訪れが待たれます。
樹下美術館では6月に以下のようなコンサートを開催致します。チェロとギター、豊かに歌いそして響き合うことでしょう。
【チェロとギターの夕べ】コンサート
●日 時:6月30日(土曜日) 午後5:00開場、午後5:30開演
●演奏者:チェロ・竹花 加奈子 ギター・蓮見 昭夫
●会 場:樹下美術館陶芸ホール(およそ60席です)
●入場料:お一人様3,000円
●予定曲:バッハ・G線上のアリア、サンサーンス・白鳥、
ピアソラ・リベルタンゴ etc
●お申し込みは樹下美術館の窓口かお電話でご予約下さい。
日増しの春。
慌てて冬のあと始末をするより、のんびりとお天気を楽しみたい一日だった。数日前から軒下に入ったスズメは抱卵を始めたのか。順番を待つような風情で一羽が巣を見上げていた。
![]() 新堀川沿いの木蓮。 |
![]() 新堀川沿いの桜。 |
今日、樹下美術館の近く、新堀川に沿う桜並木の蕾が膨らんできた。白木蓮は待ちきれないほどだった。
![]() 午後のデッキ |
![]() 一番に開花した庭のクリスマスローズ |
寒くはないが、週末のお天気はくずれそう。春の雨は次々と木の芽、草花を目覚めさせていく。
西国・南国小旅行Ⅵ:母の故郷古枝から上峰町、鳥栖(とす)、博多へ。
旅行3日目の3月19日(月曜日)薄曇り。普段なら仕事の日であるが、休診の無理を聞いていただいている患者さんに感謝しながら一日を過ごした。福岡県→長崎県と来て本日は佐賀県へと入る。
目的は母の実家があった佐賀県鹿島市に行き、母ゆかりの菩提寺、酒蔵通り、古枝小学校、祐徳稲荷の訪問。これらの後唐津で借りていたレンタカーを返却して、肥前鹿島駅から長崎本線に乗車、従弟が住む上峰町へ行く行程だった。
この朝、寝坊して佐世保の出発が一時間以上遅れた。昨夜のホテルで睡魔をこらえて新聞を読むうち目覚ましをセットせずに熟睡してしまった。レンタカー借用の時間延長を申し込んで鹿島市へ向かった。鹿島までは順調だった。
以下はこの日の行程です。
![]() 酒蔵通り。 |
![]() 泰智寺。 |
母の生地古枝は肥前浜に近い。浜には古い酒蔵通りが保存されている。昔はここに銀行があり、通帳を管理していた小学生の母はしばしばそこへ通ったと聞かされていた。背伸びして銀行のカウンターで書類に記帳する。寡婦の母に少しずつ貯金が出来ているのが嬉しかったという。
右は菩提寺の泰智寺(たいちじ)、曹洞宗の古刹でなかなかの格調だった。過日は日野正平が自転車で全国を回る番組「こころ旅」で訪ねて来たと聞いた。
供養堂で。 |
![]() お庫裏の梅の下で。 |
菩提寺では遺影を前に優しいご住職に読経して頂いた。満開の梅の下で写真も。
![]() 古枝小、大きなキンモクセイの下で。 |
![]() 上越市板倉に似た風景。 |
古枝小学校を訪ね校長室で幾ばくかの図書費を寄付させて頂いた。親しく迎えていただいた中村校長は母方の親戚にあたる人だった。
ところで新潟で、時に母は2泊3日で板倉のショートのお世話になった。行くと風景が故郷に似ているとよく言った。このたびの古枝では確かに板倉と非常によく似た風景が見られた。
![]() 祐徳稲荷の門前通り。 |
![]() 壮大な祐徳稲荷。 |
この稲荷もよく聞いた。台風で夫(母の父)を亡くした妻のヤイは魚屋をはじめ、この門前町を顧客にして仕事を伸ばしたという。
![]() いとことのT氏とお寿司屋さんへ。 |
![]() 奥に背振山。 |
午後2時にレンタカーを返し、3時すぎ長崎本線の鹿島を出発、佐賀を経由して従弟T君が待つ吉野ヶ里公園駅へ。T君は大学時代に東京でお会いして以来で、本当に懐かしい。全国展開のスーパーチェーンのリーダーとして活躍した人だ。沢山ご馳走して頂き恐縮した。
右の背振山は母の九大時代の医師がこの山の夕雲を歌にした。“背振嶺に腰うちおろし居し雲は夕方負けて流れ染めつつ”は母から何度も聞かされていた。この日夕雲は掛からなかったが、ついに背振山を見ることが出来て感激した。
![]() 母方の親戚と撮ったのか。 |
![]() 戦死した陸軍中尉の母の弟。 |
いとこ宅で二枚の写真をはじめて見た。左の母は母方の親戚たちと一緒にちがいない。とてもくつろいでいる。右の丸の軍人は母の末弟K氏だ。早く父を亡くし子守がてら赤ん坊の氏を背負って小学校へ通った母。成長した弟は大変に頭がよく抜群の成績だったと聞いた。
陸軍士官学校を出た同氏は敗色濃いレイテ島の戦闘で小隊を指揮して戦死している。昭和19年7月31日、満州牡丹江を発って5ヶ月、その年の12月20日アメリカ軍に対する迎撃戦だった。
手塩にかけ弟の早い戦死を母は最後まで悼み続けていた。かけがえない弟たちに稚拙な武器を持たせ容赦なく突撃死させる。聞きたくもないが、大切に育まれた人間達を簡単に死なせる戦争をどう正当化するのだろう。
K氏は密かに日記を付けていたという。表紙には極秘と記してあったらしい。上層の大局観か戦略を批判していたのかもしれない。
![]() 九州の交通要所として発展している鳥栖。 |
![]() 博多まで乗った特急つばめ号。 |
この日、時間に追われたことと一帯の様変わりで、母の旧実家を特定できませんでした。しかし古枝にいる間感じていた安心は、やはり母を育んだ故郷の暖かさにちがいないと思いました。
暗くなって従弟夫婦から車で鳥栖まで送って頂いた。そこから特急つばめ号で博多駅に着いた。明日は早い山陽新幹線と飛行機で帰路につく。慎重に目覚ましをセットしフロントにコールを頼んで寝た。
高等小学校卒業年の母の通知書。

ある種不遇の8年間を皆勤で通した母。
これらの証書はこのたびの実家訪問で初めて見ました。
越後で何かと変人扱いされた母、済んだことですが勝手に名誉回復を願い、
掲げさせていただきました。
まったく早いもので一週間前の土曜日夕刻に新潟空港を発ちました。毎日長々と書きご迷惑をお掛けしています。次回に最終3月20日(火)の行程を記し、その後まとめを書くつもりでおります。

ご家族で年間20回以上樹下美術館へいらしていただいているKBさん、ごちそうさまでした。
近江八幡のハリエ製のバウムクーヘン、本当に美味しいですね。
荒天の日に花束 志津川小学校の先見。
昨夕に続き一日中冷たい風が吹き荒れた日。明日にかけてさらに気温が下がり降雪が予想されている。そんな日にも僅かの来館者様が来られる。
大荒れの日、館内は返って静かに感じられる。お客様は作品を観てお茶を飲みゆっくり本を読まれていた。
外は大荒れ、静かなカフェにAさんからのお花。
すぐ前で水仙が伸びている。
この日、お二人の方とお会いした。Aさんは髙田の方でご夫婦ともよく知っている。今春から週一で庭や美術館を手伝って下さる。よい人にめぐり会えたことを感謝したい。
もう一かたは記者のB氏。昨年3/11では南三陸町の弟一家のことでお世話になった。その時の私のことをよく覚えていて、ああ自分はそんな風だったのか、と振り返った。弟は駄目でも小学生の二人の姪だけは、と私は必死だったという。
南三陸町の志津川小学校は町を見下ろす十分な高台にあった。しかし津波が襲ったのは下校時間。しかも直後からあらゆる音信が途絶する。だが学校が全校生徒を校内に留めたので間一髪みな助かったのだ。
過去たびたび甚大な津波被害を受けた風光の志津川。もとは低地の川沿いにあった学校を、昭和50年代?に高台へと上げたという。高台の不便を考えれば、建設には硬い反対もあったにちがいない。敢えて先見に徹した当時の関係者に今あらためて深い敬意を覚える。
一方、あの日低地に作った防災庁舎に職員を残こしたため、41人もの貴い犠牲者を出した惨禍はあまりにむごい。学校を移し人を救った先人に比べれば賢愚の差に言葉もない。
B氏は震災の話の後、一生懸命カフェの食器を写してから展示へと足を運ばれた。Bさんは、19世紀後半のイギリスにおけるアーツ&クラフト運動を語れる貴重な記者さんだ。
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- 今年の陶芸展示 暖かすぎた日。
- ハクガンが戻った 標識首輪の個体。
- 「つどいの郷」嘱託おさめの日。
- 春近く、鳥たちが反応している。
- 雪大根を頂いて 豪雪と冬鳥の動向 選挙以後昨今の頭痛。
- 本日ロッテアライリゾートで。
- 午後揃って姪が訪ねてきた。
- 今年の陶芸展示は「現代茶碗展」です。
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