樹下だより

開館5周年の日 I氏の訪れ The folks who live on the hill

2012年6月10日(日曜日)

お花
頂いた花束にモネ人形もびっくり。
お客様で賑わった午後、「おめでとうございます」と、花束を手にした男性が現れた。白の麻ジャケットを羽織り、すらりとして日焼けした人こそ懐かしいI氏だった。 忘れていたが今日6月10日は開館5周年の日だった。

氏は開墾農家で、スタンダード曲“The folks who live on the hilll (丘の上の農夫)”の詩情を漂わせる。30年近く経つが、クルーに加えて頂いた佐渡や能登における外洋ヨットレースで誰もが認める名スキッパーでもあった。

最初の佐渡レースに参加した前夜の小木港で、自分は鍋一杯のブイヤベースを作った。あちこちの艇からキャビンに人が沢山集った楽しい一夜などの思い出を語ってくれた。

いま畑作に専念し、仕事は大変だろうが彼の畑をいつも美しいと思って見ている。

 


キリ・テ・カナワの“The folks who live on the hill”
(1937年 ジェローム・カーン作曲、オスカー・ハマースタインⅡ作詩)

 

勝手にかいつまんだ意訳ですが、

“ いつか私たちは丘の上に小さな小屋を作り

丘の上の農夫と呼ばれるようになりましょう ”で始まる曲。

 

最後のさびがいい。

“子どもたちが大きくなってここを出て行ったら

ベランダに座って大好きな景色を眺めましょう

普通の若者二人が睦まじい老夫婦に変わるのね

丘の上の農夫と呼ばれた二人に”

(間違いはお許し下さい)

 

陶齋作品 1943年(昭和18年)鵠沼(くげぬま)時代の署名のこと。

2012年6月3日(日曜日)

先日午後、新潟県立近代美術館へ行き、同館が収蔵される齋藤三郎作品「呉須掻落牡丹文瓶(ごすかきおとしぼたんもんびん」を拝見し撮影させて頂いた。

作品は2009年秋の同館の企画展「あふれる詩心-版画と陶芸-展」で一度見ていた。図録に1943年制作とあった。年代は拙樹下美術館で唯一欠けている鵠沼の時代である。底に記されているはずの署名がどんなものか、長く見たいと思い続けた。

当日、奥まったスペースで丁寧な学芸スタッフによってまず全体を見せて頂いた。続いて底を見るために寝かせて頂いたところ一瞥では署名が分からなかった。エッと思って目を凝らすとへりに小さな刻印風のものがある。さらに凝らすと釘で浅めに彫った署名だと分かった。

下に当館が収蔵する作品の底の署名と、今回拝見したそれを古い順に①~⑨まで示させて頂いた。④はこのたび撮影した署名をトレースしたものである。

 

1①昭和12年秋
作品の箱に年代明記されていたので大変助かった。

2
②昭和12-13年

4
④昭和18年

6
⑥昭和24-29年

8
⑧昭和40年代

3
③昭和13年

5
⑤昭和24年頃

7
⑦昭和24-29年

9
⑨昭和50年代

10
⑩ずっと年代同定で悩まされた署名。

10色絵魁大鉢
その署名がある口径30センチの色絵魁(さきがけ)大鉢。
当作品は現在展示中で、陶芸ホール入ってすぐ正面にあります。

10の裏面
その裏面。

一連を眺めて二三の感想を記して見たい。

●この度の作品の署名④は筆によるものとばかり思っていたので、小さな彫り署名は意外だった。

●しかしそれ以前の署名①②③を考慮すると、④の字体は自然な流れの中にある印象を受けた。

●⑤は拙父が生前に集めた青磁鉢の署名である。見慣れた戦後髙田の⑥⑦⑧⑨と異なり同定に困難を感じていた。ただ長く家にあったので漠然と早期の髙田時代だろうと推測していた。このたび鵠沼④に照らすとよく繋がり、推定通りとして安心した(同じく彫り署名でもあり)。

●⑩は樹下美術館にある色絵魁大鉢の署名で、少々字体が風変わりだ。戦前の時代②③と幾分類似するように思われるが自信が無い。さりとてこのたびの鵠沼とも異なる。また見慣れた髙田時代の⑤⑥⑦⑧⑨とも関連させずらい。聞けば戦前と言う人もいたし、戦後という人もいる。
非常に大きくて実験的な印象が漂う興味深い作品である。予定している当館収蔵図録において唯一「年代不詳」とすることとした。

年代同定は、最初に手に入れた人か、なにより作者に聞くことが出来れば何でも無い事であろう。しかし後人が本などにしようとなると苦労と不安がつきまとう。

最後にこの度、新潟県立近代美術館の学芸員の方々には大変丁寧に対応していただき深く感謝しています。

お見せ頂いた呉須掻落牡丹文瓶は素晴らしく、齋藤三郎の生涯最高作品ではないかと思いました。もしかしたら古今東西における陶芸の傑作の一つかもしれませんね。樹下美術館で陶齋を飾れる幸せを感じながら帰りました。

 

当瓶の写真は樹下美術館カフェにある本「越後の陶齋 泥裏球光」と「あふれる詩心-版画と陶芸-」でご覧頂けます。

富本憲吉 齋藤橡三郎、森一正 銀座三人展。そしてお茶碗とお菓子。

2012年5月26日(土曜日)

かって先輩から頂いた齋藤三郎さんの資料の1つに古くて珍しい展覧会案内がある。富本憲吉、森一正、齋藤橡三郎の三人展だ。

 

開催場所が銀座「こうげい」、時期は4月25日より5月2日までとある。

 

三人展案内表

開催年が書かれていないが、“橡三郎(しょうざぶろう)”は若き日の齋藤三郎が用いた名である。さらに案内文に京都の人と紹介されている。東京における富本師事を終了して一旦京都で独立した昭和12~13年に相当しよう。

記されている森一正氏は明治33年生まれ、石川県は寺井(現能美市)出身の九谷焼き作家と知った。

当時富本氏はすでに陶芸界の最高峰の一人となられていた。その人が大正2年生まれで25才前後の若き齋藤さんや先輩弟子に当たる森氏とともに作品展をする。厳格な印象の富本氏が、弟子のために銀座で行う展覧会。ほのぼのとした師弟愛が浮かび心暖まる。

 

お茶碗とお菓子
森一正さんのお茶碗とお菓子。奥にオオヤマレンゲ、手前にボタン。

 

このたび案内状の森氏をサイトで検索したら、偶然オークションに抹茶茶碗が出ていた。不慣れなオークションで無事手頃な価格で手に入った。

 

本日到着したが、堂々たる梅樹の紋様。九谷の作家だけあって美しい緑色が大胆にあしらわれていた。梅の季節は過ぎているがお構いなし、早速お茶を頂いた。丁寧な作品で飲むお茶は兄弟子の親しみの味がして美味しかった。

 

お菓子は妻のお茶仲間から頂いた竹内泰祥堂さん。オオヤマレンゲとボタンで季節はぴったり、上品な甘さが嬉しかった。いつも頂き物ばかり、、、、とても恐縮しています。

様々な出会い、ささやかながら美術館を営んで巡りあう幸せを有り難く思っています。

齋藤三郎、謎の鵠沼(くげぬま)時代。

2012年5月25日(金曜日)

5月発行という当館収蔵作品図録がまだできない。齋藤三郎氏の道程でどうしても埋まらない時代があり、あと一歩のところで止まっている。その時代を飛ばすことも可能だが、二度と出せない図録のこと一旦終了としたが欲が生まれた。

埋まらない時代とは昭和15年までいたサントリーの創業者・鳥井信次郞氏の個人窯である壽山窯を出て、18年に出征するまでのおよそ2~3年の期間である。この時期は神奈川県は藤沢市の鵠沼で制作したことが知られている。それ以前の作品は僅かながら手許にある。出来れば鵠沼時代の作品、なかんずく底にある署名をぜひ見たい。

ところで新潟県立近代美術館の過去の展覧会図録に1943年制作という齋藤さんの花瓶が載っていた。当年は昭和18年に当たるのでまさに出征直前の鵠沼と推察される。

 

このたび同美術館に研究のためという趣旨で閲覧と撮影の許可願いを提出した。

齋藤さんの作品は箱のないものが多い。髙田時代の早い時期を集めた父は新聞紙にくるんで運んだ。一般に箱はあっても制作年の記載がなく、年代同定で悩まされる。頼みは署名だが、名前、書体とも様々に変遷を重ねている。しかし変遷には一定期間ある種傾向を有するので、色々見るのはためになる。

 

県立近代美術館の作品は素晴らしい呉須掻落牡丹紋花瓶(ごすかきおとしぼたんもんかびん)。果たして署名は?閲覧予定日を来週週木曜日にさせていただいた。許可されれば午後の休診日なので今から楽しみだ。

当館にも時代が判然とせず、まさかと思うがもしやという作品が一点あるので余計である。

 

120524柳町付近の夕暮れ
昨日、上越市頸城区柳町付近の夕暮れ。

チェロとギターのコンサートバナー

ホームページ「作品」を改編しました、どうかご覧下さい。

2012年5月23日(水曜日)

樹下美術館ホームページの「作品」欄が見やすくなりました。

 

齋藤三郎、倉石隆両氏の作品をそれぞれカテゴリーに分類して、見だしを付けました。以下の大きな写真をクリックしますとホームページの「作品」欄に繋がります。どうかご覧下になってみて下さい。

 

作品ページ見出し

 

 齋藤三郎作品は以下のような見出しで「青磁・白磁」「染め付け」「鉄絵関連」「色絵」「そのほか」および「書画」に分類し、合計44点を掲載致しました。

齋藤三郎作品
 

 

倉石隆作品は以下のような見出しで「素描」「油彩」「銅版画」「挿絵」に分類し合計38点を掲載致しました。

 倉石隆作品

 

樹下美術館では毎年趣向を変え、かつホームページ上の作品のいくつかと出会えるよう工夫を致しております。

愛らしくも初々しいヒナ  齋藤さんの器で食べてみる。

2012年5月19日(土曜日)

仕事場の庭が鳥の声で賑やかだ。軒の三ケ所にあった雀の巣から一組が巣立った。モミジに止っていた二羽はそのヒナか。

もう二組はまだ巣に居て猛烈に啼いている。親は気の毒なくらいせっせと餌を運んでいた。

スズメのヒナ1

なんて可愛いことでしょう、私たちにもこんな時代があったのですね。

さて、連日旬の頂き物が続く。ワラビと筍に続いてフクラゲとカレイを頂いた。こんなにもらってバチがあたりそうだ。

そこで今夜は齋藤三郎さんの器を出して食してみた。しかしさすが齋藤さん、私たちでは完全に負けだった。まず切れ味よい包丁と品の良い盛りつけが課題。途中はともかく、少なくとも最初と最後で負けなのである。

齋藤さんはプロの料理人を育てるほどの食通だったと聞いた。家庭料理のつもりでするとまず失敗だろう。

 皿
今夜使った二種。色絵梅文中皿と染め付け山家文扇皿。

お造り、焼き物、汁
写真も下手で何を作ったのかも分からない、本当に恥ずかしい。

料理はサービス精神が働き、つい分量を多めにしたくなる。まずそこからが問題。

特に良い器を使った料理の場合、分量はほどほどに少く。あるいはどう器を見せるかが勝負かもしれない。水の切り具合、立体感、取り合わせ等々などなど。味は当然、料理はとんでもなく深かろう。

器の数と種類は十分にある。鑑賞用で終わらせたくない。今年は無理だが、いつか「齋藤さんの器で食べる会」が出来れば、と妻と話した。

レ・ドゥのフルーツケーキ くるみぼーるのクッキー そして上越地域医療センター病院。

2012年5月17日(木曜日)

上越市東雲町にあるレ・ドゥーのケーキは非常に美味しい。熱心なパティシエとはご近所だったので幼少のころから知っている。東京で修行し、当地で開業後も上京を続け一途に研究された。

 

今日から樹下美術館のカフェで彼のフルーツケーキを出せるようになった。当館は小ロットのささやかなカフェ。それでもこまやかな心遣いで作ってくださった。お気づきのことは何でも仰って、とまで。

 

フルーツケーキ
甘さに、粘りと軽さが絶妙。カップはシェリーの三角ハンドル。

 

また、知人の紹介で「クルミボール」さんが焼かれたクッキーが間もなくメニューに入ることになった。本日見本が届いた。

 

クッキー
愛らしい手作り感は美術館に親しむと思った。

 

くるみぼーるさんのクッキーは、上越地域医療センター病院の東玄関ホールでも販売されている。同病院ではほかに「珈琲工房かさはら」さん、「惣菜の木曽路」さん、「移動クレープ サニーズ」さん、「キッチンママ 潤蘭」さんが日替わりで出店されている。ささやかながらこうしたこころみは開かれた病院としてとても良い。

 

不肖医師会の役員時代に同病院と関わった。大した成果も残せなかったが、その後院長はじめスタッフ一丸の真摯な取り組みを知るにつけ安堵がよぎる。

 

最近では訪問看護が始まったというニュースを読んだ。きっと成功するだろう。患者さんご本人はもちろん、ご家庭や生活背景を重んじる病院として、ますます発展されることを心から祈っている。

鈍行と美術館 上越市は文化的。

2012年5月16日(水曜日)

今日は長岡市から鈍行列車でお客様がこられた。

 

介護の合間などに、鈍行でゆっくり来ましたと仰るお客様が時々見える。

 

鈍行の時間は心にも体にも貴重であろう。

 

ベニシジミ
昼さがり、美術館の庭で真っ白なヒメウツギにシジミチョウが軽やかだった。

 

今日のお客様は上越が大好きで、妙高山を背景にしたお濠の蓮も桜も毎年見に来ると仰った。 

以下追加です:妻によると、その方は上越市は文化的だとも仰ったという。やや面映ゆいが嬉しい感想だ。

 

以前、新潟市の方から同じような感想をお聞きしたことがある。戦後花開いた疎開文化が関連していることかもしれない。しかし他所から見た上越市のイメージに「文化的」という一面があるのであれば大事にしなければ、と思う。

 

チェロとギターのコンサートバナー

カモグリに座ってアールグレイ 始まった田植え。

2012年5月12日(土曜日)

週末土曜日午後は仕事休み。3時のお茶を美術館で飲んだ。二つの展示室を繋ぐ場所の小さなガラステーブルにお茶を置き、これも小さなカモグリの椅子に掛けて紅茶を飲んだ。カフェにお客様が見えていると、どうも遠慮してしまう。

 

館内でお茶
シノワズリのカップ&ソーサーでアールグレイを美味しく飲んだ。
 

デッキ水が入った美術館裏の水田。一部で田植えが始まっている。

 

デッキに出て水田を眺めた。これからとてもいい季節になっていく。クレマチスと紫陽花を植えて草取りをした。

荒れ模様の祝日 白磁の根付(ねつけ)は判じ文字

2012年5月4日(金曜日)

せっかくのみどりの日が風雨に見舞われた。気温も下がって気象は厳しい一面を見せている。たまっている用が多く、午後美術館に顔を出した以外は一日中机に向かった。

そんな日の昼、ひょうんなことから齋藤三郎の小さな作品が出てきた。両面に文字の透かし彫りを施したわずか4,5センチの白磁の根付(ねつけ)である。読みといい、作りといい思ったより手の込んだ作品だった。

 

まず読みがすんなり行かない。無造作に穴ばかり開けられているようだが、ちゃんと字が彫ってある。出会った6年前に読んだのを忘れていてすぐには分からなかった。

根付け表
根付け裏

ようやく読めたので、妻の所に行って尋ねるとしばらく睨んでいた。表はさんずい(三水)、裏はもんがまえ(門構え)、と言うと「あっなるほど、齋藤さんは天才だわ」と感心した。

小片の裏表に施す透かし彫りは、筒などよりはるかに難しそうだ。漫然と彫るだけでは、相手の文字の裏ばかり見えて興ざめだろう。互いに抜け合う部分と途中で止める所をうまく案配してデザインする必要がありそうだ。面白みも出したいし、紐も通さなければならない。ウーン、たしかに厄介だ。(もしかしたら片面ずつ作って貼り合わせるのかな?)

この根付は6年前、開館に際して齋藤三郎さんの最初のお弟子さんである故志賀重人氏から頂いた。その時、齋藤さんは大変器用な人で、透かし彫りにおける刀(とう)さばきなど実に鮮やかだった、とお聞きした。きっとこの面倒な作品も鼻歌などを歌いながらサッサと作ったことだろう。

 

午後3時すぎ、座ってばかりの机を離れて美術館へ行った。悪天候の中何組もお客さんが見えていて嬉しかった。

忙しくしている若いスタッフに根付けを見せると、「表は清い、裏は閑で、清閑」と即座に答えた。最近これほどびっくりしたことは無い。

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