今年前半の「お声」を有り難うございました。

2013年7月6日(土曜日)

本年の開館をしておよそ4ヶ月が経ち、梅雨のただ中となりました。この時期の恒例で、館内のノートに頂戴した皆様のご感想やメモを樹下美術館のホームページ「お声」に掲載させて頂きました。

およそ90筆ほどの数になりますが、お一人で、ご両親と、友人やご近所と、のんびりと、癒やしに、あるいは亡くされた方へのグリーフ(鎮魂)に、、、、樹下美術館へ様々な方がそれぞれのお気持ちで来てくださっていることをあらためて知らされました。

倉石隆、齋藤三郎両氏の作品や建物およびカフェ・庭など、好意的なご感想にほっとしています。

タチアオイ在宅回りで毎年目が行く上越市大潟区は里鵜之島のタチアオイ。

園内の百合梅雨の日を慰めてくれる美術館の賑やかな紅白のてっぽう百合。

皆様のお声、まことに有り難うございました。

何かありましたならご遠慮なくスタッフに申してください、これからもどうか宜しくお願い申し上げます。

静かな樹下美術館ですが、お陰様で6月の来館者様は昨年より55名の増加、6月としては過去最高と聞きました(音楽会を除きました)。

花はいろ 人はこころ、、、 堀口大學の詩 年と共に響く言葉。

2013年7月5日(金曜日)

鎌倉へ行った方から頂戴した紙袋が堀口大學の揮毫による詩文でした。

文は短く〝花は色 人はこころ〟と書かれていました。

この言葉は神奈川県葉山町の大學の文学碑に刻まれており、女優森光子さんが好んで色紙などに書いたといいます。

大學は疎開によって戦前戦後の一時期を妙高市と上越市に居住され、その後葉山町へ移り永住されました。氏と当館展示の陶芸家・齋藤三郎との交流の縁で、長女・すみれ子さんには樹下美術館で過去三回、印象的な講演会をして頂きました。

花は色目にとまった〝花は色 人はこころ〟の紙袋。鎌倉市は日本料理「御世川(みよかわ)」もの。
御世川は多くの文人に愛されたと云われています。

 

人間の歌〝花は色・・・〟の原典が載っている樹下美術館収蔵の詩集「人間の歌」。
昭和22年5月5日 實文館発行。
あとがきの末尾に〝1946年春の彼岸。妙高山麓関川の假寓にて〟と記されています。

花は色のページ「人間の歌」71篇の170ページの「人に」。
〝花はいろ そして匂ひ
あなたはこころ そして やさしさ〟

幸福のパン種樹下美術館収蔵の堀口すみれ子さん編、堀口大學詩集「幸福のパン種」
筆頭に「花はいろ、、、」が掲げられています。

ところで「幸福のパン種」の二番目に「自らに」が収載されています。心のともしびになろう磨かれた詩ではないでしょうか。

自らに 「自らに」の出典「白い花束」の本文です。

白い花束樹下美術館収蔵「詩と随筆 白い花束」 昭和23年2月20日 草原書房発行
上越市時代の発行と考えられます。

傍らにあった紙袋から堀口大學の詩へ進むことが出来ました。

この数年、年のせいでしょうか、〝ある種新鮮なもの〟として心を打つ芸術と出会えたり再会出来るようになりました。

 

※詩人・フランス文学者、堀口大學は昭和20年旧妙高山村関川の妻の実家に、そして昭和21年から昭和25年まで上越市旧高田の南城町に住みました。生活逼迫の時代、懸命に草稿し出版社へと送る生活の中で妙高上越両市の地元とよく交流しました。

雨に香る百合。

2013年7月3日(水曜日)

7月の声を聞いて梅雨の本番となりました。樹下美術館の庭はアジサイから百合へと変わりつつあります。

夕刻の雨上がり、園内を歩いてみました。

117百合の香を残して雨の上がりたり
→百合の香を残して樹下の雨上がり
(最初があまりに良くないので7月5日に直しました。よみ人同じでは中身も同じ?)

095100数十本の百合が見頃を迎えていました。
主にテッポウユリですが、雨ならではの香りと美しさで皆様をお待ちしています。

「RUBENS ルーベンス」展 日本で三カ所開催の一つが長岡市!

2013年7月2日(火曜日)

去る6月30日、日曜日に長岡市の新潟県立近代美術館で始まったばかりの「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」展を観に行った。

まず技術的なことながら、人物や天使の皮膚の滑らかさに驚かされた。タッチの筆跡が見えない。さらに各部に施された陰影における色の階調は自然で、線はきわめて繊細に書かれる。そのため全体が豊かで柔らかく見え、強烈なテーマでも観る者を容易に惹きつけていた。

厳格な徒弟制度と大規模な工房制作が行われた時代。ペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)は才能と環境に恵まれ、それらを生かしきった希有な画家であろうと思われる。しかも平和を希求する芸術家にふさわしく、政治外交においても活躍したという。どんなに忙しかったことだろう。

チケット入場券。

図録中のページ充実した展覧会図録。樹下美術館のカフェに置きました。

ドラマティックな場面の瞬間の動きや空気を描くようになったバロックの絵画。テーマはキリスト教あるいはその周縁の寓話が多いが、研究し尽くされた作品は油彩、版画とも素晴らしかった。

8年間イタリアに学んだというルーベンスはベルギー第二の都市アントワープの人であり、一帯はフランドル(オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部)地方と呼ばれる。
私たちが涙したフランダースの犬の主人公は同市の大聖堂に掲げられたルーベンスの〝キリスト昇架〟と〝キリスト降架〟をひと目見ることを夢として画家を目指す少年だった。
作品を広く知ってもらうために当時のルーベンス工房で製作された〝キリスト降架〟を原画とした版画が展示されている。58,5×43,5㎝ということだが、実に詳細で迫力がありそして大きく見えた。

油彩における毛髪の輝き、各作品の女性の美しさ、生死を分ける瞬間の人や動物の表情と臨場感などなど。写真やカラー印刷が無かった時代に芸術家が込めた渾身の技と魂に対面できる貴重な展覧会だった。
下絵を油彩で描くことを知り、工房における画家たちの関わり方や、直系であるヴァン・ダイクの作品に触れることもできた。

 

なお本展覧会は日本の三会場を巡回します。現在、東京Bukamuraザ・ミュージアムを終えて県立近代美術館の長岡市で開催されていますが、その後北九州市美術館へ行くようです。

世界のおよそ20施設から集められた貴重な作品。ぜひご覧頂きたい、と思いました。すでに東京でご覧になった方でも地の利を生かして再び長岡市で鑑賞されてはどうでしょう。新潟県へ回ったことも驚きでした。

筆者が行った日の会場はしばしば東京で見られる押し合いへし合いではなく、若者も多く、ほど良い入りで観やすかったです。
会期:2013年6月29日(土)~ 8月11日(日)
会場:新潟県立近代美術館

頂いたジャガイモ 音楽会 最後の6月。

2013年6月30日(日曜日)

ジャガイモの収穫の時期になっています。以前に書かせて頂きましたように、春から続いた水不足で当地の砂地の野菜はうまく行きませんでした。

特にジャガイモは中断された人もいたと聞いています。昨日そのジャガイモを頂いきました。最も大きなもので通常の中くらいサイズ。ジャガイモには最後まで頑張った作者と作物の根性がにじみ出ているようでした。

ジャガイモ

昨夕あるお宅で音楽会がありました。演奏、選曲とその時代背景などみな素晴らしかったです。料理を持ち寄った打ち上げは、飛び入りもあり笑い声が絶えませんでした。平成生まれの大人は余興に演奏された〝イエスタデイ〟を知らないと言い、驚くよりも新鮮でした。

お料理平らげられた料理。

6月はあっという間に去って行くようです。

今日のおばあさんの話 再び牛 米の買い出しなど 大きなポンプ。

2013年6月26日(水曜日)

本日午前の仕事が終わる頃、実家が農家だった方の幼少の話を聞いた。80才半ば過ぎの方で、表情豊かにしっかり話された。昔の現実を見てこられた人の話は生々しく、いつもながら筆者には有益だった。


・農家に農耕用の牛馬は一般的だった。しかし小さな田んぼしか持てない家では、作業は主に手で行われていた。鍬を打ち農具を引く様子は辛そうに見えた。

・実家の牛はおばあさんに特別なついていた。普通ならスイカやマクワウリなどは皮を与えたが、「おまえは良く働くのでわしらと同じように食べなさい」、とおばあさんはしばしば実まで与えた。

買い出し
・戦中戦後、米が統制され、時には米を隠していないか調べがあった。自分の所では米を保管するタンクの回りに蒔を高く積み上げて隠した。他の家でも色々工夫して逃れていたと思う。

・戦争直後、実家へ定期的に高田方面から奥さんたちのグループが列車で来て、内緒の米や野菜を買って行った。一通り選んで荷造りが出来ると、母やおばあさんがお茶を勧めた。魚のアラでだしを取った野菜の煮付けや漬け物などが用意され、こんな話が聞こえた。
「さあさあ、荷が出来たら汽車の時間までお茶でも飲まんかね」
「汽車なんかまだ何本でもありますすけ大丈夫ですわ、頂戴しましょう」
遠来の人は喜んでお茶を飲んだと云う。

・ときには古着と食糧の交換を求められたが、一帯では歓迎されなかったらしい。

イモ畑
・当時サツマイモは貴重な食品だった。浜の方面にはイモ畑が沢山あった。イモの収穫が終ると畑に町から人が来た。小型の熊手で畑を掻き、残った小さなイモを探して持ち帰った。収穫後の畑なので、持ち主が咎めることもなかった。

優しかった小学校の先生。
・子どもは農家の重要な働き手。自分は学校が好きだったが農繁期はよく欠席した。先生に以下のように言われたことがある。
「家が忙しい時は学校をいくらでも休んでいい。しかし仕事が終わったらまた一生懸命勉強しなさい」
Wという優しい先生でとても好きだったが、応召されて淋しかった。

皆様にお聞きしている話は特別な話題ではないかもしれません。しかし今後もお年寄りの昔話を書かせていただければ、と思っています。

 おばあさんたちが生活した一帯の農業用水をまかなった大きな揚水ポンプ。
朝日池のポンプ上越市大潟区は朝日池の土地改良区事務所に保管展示されている(昨年8月撮影)。

荏原製作所製で、高さは筆者の背丈よりずっと大きく、昭和9年から同58年まで活躍したと説明されている。朝日池から揚水し、大潟区、吉川区など270ヘクタールの水田をまかなったという。機械は見て判りやすく、重量感があり芸術的なかおりもする。

おばあさんの話が二つ 陶齋の器にアジサイ。

2013年6月24日(月曜日)

たまたまお二人のおばあさんの若かりし日、あるいはお誕生の話をお聞きしました。以下、今は昔の物語です。

「若き日のおばあさんと牛」
かって戦時中、出兵のため農家に男手が足りなくなった。そのため娘だった自分が代掻きなどで大き牛を扱った。牛はおじいさんの言うことを聞かなかったが、私には素直だった。
仕事が終わると、「えらいえらい、よく頑張ったね。明日も頼むでね」と牛を撫でてやった。一方おじいさんは蹴ったり叩いたりして懲らして(こらしめて)しまったのではないだろうか。突然だったがもっぱら自分が牛を扱うようになった。

「サナエという名」
サナエさんという名のおばあさんを診ている。もしやと思いカルテを見ると6月生まれだった。田植え時に生まれたのですか、とお尋ねした。
すると「家は農家で昔の田植えは6月でした。私はその田植えに生まれましたので、親は〝早苗〟という名を決めたそうです。しかし届け出た役所の人が、〝女だからカタカナでいい〟と言って早苗を消してしまったそうです。せっかくの良い名前をひどい話だった、と思っています」

季節はアジサイの盛りです。玉アジサイ、額アジサイ、誇るようにあるいは密かに咲いています。日ごと色を変えながら、梅雨時の庭を独り占めしているようです。

手桶花入れ鉄絵の手桶花生(はないけ):陶齋さんは活けではなく生けの文字を使っています。

アジサイが入る陶芸ホールに入ってすぐに手桶花生がお迎えしています。
花は美術館や仕事場の庭から運んでいます。

写真は本日生けられていたアジサイ。園芸種がますます多様となり楽しめます。
「今年の展示はいくつか器に花を活けたために、場内がとても生き生きとしましたね」、とは常連の男性のご感想です。およそ4つの器に花を入れています。

卯の花音楽祭 筆者のゴルフは時の運 新潟市への途中で。 

2013年6月23日(日曜日)

本日糸魚川カントリークラブでゴルフコンペだった。梅雨の晴れ間に恵まれたが51-53で残念ながら15人中11番だった。私のゴルフはもっぱら時の運だと思った。但し160ヤードのショートホールでニアピン賞が取れた。

参加賞とともに樹下美術館へ持ち帰り、閉館間際のスタッフと分け合った。

本日、東京から新潟市の老親の世話に通われる方が、ネットで当館を見たと云って寄ってくださった。ほくほく線へ乗り換えてのご来館、嬉しく思いました。
介護の合間に来館される方を時々お見受けします。お忙しい日常と想像されますが、当館ではゆっくり心休めてください。

013夕刻の美術館のデッキからの空。秋を思わせるいわし雲だった。

さて本日午後、大潟コミュニティープラザで「第11回 卯の花音楽祭 小山作之助をたたえて」が開かれた。盛りだくさんの内容だったと聞きに行った妻。特に上越教育大学の後藤丹(まこと)教授編曲の「夏は来ぬ」素晴らしく、アンコールになったと云う、お聞きしてみたかった。堀川正紀委員長はじめ運営委員の皆様のご努力に深く敬意を表します。

忽然と消える不思議の鳥コムクドリの親子。 

2013年6月22日(土曜日)

さて連日のコムクドリです。筆者は何度か彼らのことを〝不思議の鳥〟と呼ばせて頂きました。

詳しく観察していませんが、不思議とは次のようなことです。

①つがい以外のフリーな鳥たちの意味不明な関与。
②あっけない子育ての終了。

①について:巣にはしばしばつがいではない個体がやって来る。ヒナの巣立ちが近くなるとその数を増し何羽も来て巣を覗き、巣に入り、また賑やかに鳴きます。しかしいくら空腹のヒナが叫んでも餌は運びまんせんし、一体何しに来るのでしょう。

③ある日ヒナは身を乗り出して大声で叫び餌をせがむが、親鳥の姿は現れず、翌日にはヒナも消える。

この時期、家の周囲でスズメ、ツバメ、カラス、カワラヒワ、さらにムクドリまで、巣立ったヒナが親に給餌をせがむ姿が見られるようになります。しかしコムクドリは昨年同様、親子してあたりから忽然と消え去りました。〝飛ぶ鳥後を濁さず〟それにしてもその後ヒナはどうやって生きるのでしょうか。

 

0106月19日雨の中、空腹のヒナの前に盛んに現れるフリーの鳥。これはオス、餌は運ばない。
鳥の親はめいっぱい開かれたヒナの黄色のくちばしを見ると餌を与えずにはいられない、と云います。
ヨシキリの巣へのカッコウの託卵は、これを利用して行われています。

こんなにせがんでいるのに親でない鳥は全く餌を運ぶことはしないのです。自然界の遺伝子支配は絶対的であたかもパソコンのプログラムの如くです。

巣から顔を出すヒナ同じ日、ただ来るだけのフリーのメス。この日親鳥の姿を見ることはなかった。
フリーの鳥はもしかしたら巣離れを促しに来るのでしょうか。

 

026巣から実を乗り出すヒナ。巣立ちかもしれないが、飛翔をみる暇がなかった。
昨年と同じく、翌日20日に親子とも姿、気配が消えていました。

コムクドリはツバメと同じく南洋からの渡り鳥と云うことです。飛翔は実に滑らかで自在。様々な声色で鳴き、ヨシキリに劣らず饒舌でよく歌います。私は他で見かけず、ここの合歓木(ねむのき)だけで見るのも不思議だなと思っています。

現在、残ったフリーのオスが木に来て盛んに囀っています。ペアを探しテリトリーを主張しているようにも見えますが、この先どうなるのでしょうか。

 

さて、ゴルフ練習場今夕、食事前に寄ったゴルフ練習場(上越市下門前:ゴルフプラザ ビーボ

明日は同業のゴルフコンペ。四月に50-51で優勝しました。ハンディキャップが34+2もあったのです。今度はで29+2です。
70才を過ぎると2がプラスされ、その上前のティーから打てます。前回はうっかりして皆さんと一緒にレギュラーティーで回りました。明日もそうするつもりです。

今年は出来るだけこの会に参加しようと考えています。良くても悪くても明日の成績はご報告したいと思います。

樹下美術館の庭にも夏は来ぬ 料理人も来られた 地域ケア会議。

2013年6月20日(木曜日)

本日見たもの出会った方たち。

アゲハ新鮮なアゲハが真っ白なダルマバノリウツギに止まっていた。

ヒメタイサンボク短命で香り高いヒメタイサンボクが雨上がりを喜ぶ風だった。

今の庭イトススキやトクサがぐんと伸びて樹下の庭にも夏は来ぬ。

食器選び本日陶齋の食器選び。

本日、今秋予定の「陶齋の器で食事会」で包丁を振るわれる料理人さんがお見えになりました。食器や庭をご覧になり、大変楽しみと仰って頂き安心しました。

ところで食事会は詳しくお知らせする前に、ホームページ案内へのお問い合わせだけで既に満席となってしまいました(10月の毎週日曜正午、一回5~7名様の予定でした)。
今年うまく行きましたら来年の初夏にもと、考えておりますのでどうか宜しくお願い申し上げます。

話変わって今夕、上越市大潟区の地域ケア会議がありました。地域包括支援センター主催、各事業所ケアマネジャー、市担当者、医師らも加わり40名余が参加し、有意義でした。懇親会もあり、ひごろ公私とも如何に沢山の方のお世話になっているか、あらためて知る思いでした。

大潟区の良いところの一つは医師同士、自然で仲が良いことだと密かに思っています。

雨が枝豆畑を潤していた。 

2013年6月19日(水曜日)

このところの寒暖の波で体調を崩される方が絶えない。脱水症に悩まされた後、今度は風邪。気象は一年を通してかなり激しく変化する。
それがまた日本の自然風土を豊かにしているのだろうが、、要所における体調管理は是非必要だ。

梅雨入りが知らされ、昨日よりもさらに今日はよく降った。

在宅まわりの田園には稲のほかに枝豆が植えられている。黒い土に緑の苗が瑞々しいコントラストを見せていた。7月上旬あたりから10月初めまでワセからオクテへと、満遍なく収穫が続くと云う。

枝豆畑 -目にも優しい上越市は大潟区の枝豆畑。夏の食卓に欠かせない枝豆は、間もなく出番。

合歓木のドラマ コムクドリの〝つがい〟に半生が過ぎる。

2013年6月19日(水曜日)

仕事場の二階から見る庭の正面に合歓木(ネムノキ)の老木がある。以前に書かせて頂きましたが、筆者の父が往診帰りに林から採ってきて植えた木です。私の子どもの頃なので60年くらいは経っていて、かなりの部分が枯れ始めている。

木にはカラスやスズメの常連以外に7,8種類の鳥が寄る。昨年初めてその木の洞(うろ:枯れ木が落ちて出来た空洞)に、コムクドリのつがいが営巣してヒナをかえしたのを見た。

彼らの外見は珍しくオスメスの区別がはっきりしている。ズームで撮って拡大された様子などはいずれも変興味深かいものばかりだった。一連のことはブログのために買ったカメラのおかげ、いや、ブログのおかげで出会えた楽しみだと思っている。

コムクドリは渡り鳥で、昨年7月中旬、子育てが終ると全員があっという間に姿を消した。今年は運良く昨年よりおよそ3週間早く、4月23日から目にすることが出来た。当初以前のペアかと考えたが、今では翼や首筋の模様などから違うペアだと認識している。

さて春先、なんとも初々しい二羽は山桜で遊ぶなど新潟県は上越の春を謳歌するごとくだった。

コムクドリのメス毛繕いする春先のメス コムクドリのオスグルーミング毛繕いする春先のオス

山桜とツガイ山桜をついばんでいたつがい。

4月下旬、同じ木の別の洞でスズメが巣作りをはじめていた。だがコムクドリはまだ花と遊ぶ風だった。

それが5月28日にはすでに抱卵が、6月3日ころには給餌の様子が観察された。つがいはわずが二ヶ月の間に、別人の如く逞しい親鳥へと変身している。(短時間に成長する彼らのことは昨年も書かせて頂きました

給餌のメス木の股にある洞へと餌を運ぶメス。 給餌のオス同じくオス。

 洞を覗きに来るつがい以外の若鳥と考えられる鳥たち。集まる若鳥たち左オス、右メス。

親鳥が餌を運び始めておよそ11日余。20メートル先の洞から聞こえるヒナの鳴き声が非常に大きくなった。すると昨年同様どこからともなくフリー?(独身)の若鳥たちが何羽も入れ替わり立ち替わりやって来て巣穴を覗いたり、大声で鳴き合うなど木が賑わう。あたかも巣立ちを促すようであり、祝福のようであり、学習のようであり、大いなるひやかしのようでもある。
彼らはしばば巣に出入りするが、決して餌を運ばない。あとはお互い追っかけっこが仕事で、飽きると飛び去る。

ヒナ昨日、何気なく撮影した写真。給餌に使われる大きな洞の下に今年出来た小さな洞から顔を出すヒナが。両者の巣穴は中で繋がっている。
飛来した個体はつがい以外の鳥で、ヒナが期待しても餌は運ばれない。巣のヒナが写ったのはこれが初めて。かなり感動した。

ところで以前、合歓木でどんなドラマが生まれるか楽しみ、と書きました。コムクドリは順調でしたが、同じ木の別の洞に営巣したスズメのペアはかなり悲壮な経過を辿っています。一度は巣作り、抱卵、給餌行動まで進みましたが、たびたびの妨害に遭い、給餌を中止し、巣作りからやり直しているのです。

妨害をしたのはこともあろうに別のコムクドリたちでした。妨害というより陵辱に近い行動で、あまりのことに驚きました。この先、スズメの営巣中断が危惧されます。スズメのことは今後また書かせて頂こうと思います。

長々と鳥のことで申し分けありません。

久しぶりの雨は慈雨となっただろうか。

2013年6月15日(土曜日)

待たれていた雨が一日中降った。

 

蜘蛛ケ池夕刻6時ころ、大潟区蜘蛛ケ池付近から山際にかかる雨雲。

四ツ屋浜夕刻7時過ぎ、四ツ屋浜からの海は茜色だった。

当地上越市大潟区の降り方は静かだった。はたして山間の水田、砂丘地の畑にとって慈雨となっただろうか。日没の西の空は茜に変わっていた。

減量で昔の式服が楽に着られた 置いた水をコムクドリが飲んだ。

2013年6月14日(金曜日)

かって医師会長をしている時に葬儀や結婚式に参列する機会が多かった。甚だ不謹慎な話になるが、その時自分も含めて多くの参加者の式服がパンパンとして窮屈そうな事が多いのに気がついた。特に男性がそうだった。

そもそも式服は生涯に何度も新調するものではない。社会に出て一回、その後体型が変わって二回目などがせいぜいであろうか。

しかるに新調して5年、10年が経つと、次第に体重が増えるのもおよそ一般的であろう。それでいざ服を着る時、ダブルのボタンが止まらない、ジッパーに苦労し、袖も裾もツンツルテン。お腹をへこませて無理矢理着ると、黒は締まって見えるし、式はおごそか、それに紛れてなんとか形になろうか、というのが一般的だったようである。

このたびある方の「おとぎ」によばれた。これまでの式服は一苦労あった。しかし昨年11月来、食事を是正し階段昇降運動を続けると2月に9%近く体重が減った。その後リバウンドもなく、このたび服はすんなりと肩と乗り、ズボンはすっと気持ち良く入った。

職業がら皆様には適切な食事と運動、その結果の好ましい体重維持を勧めてきた。皆さんが懸命に付いて来られようとされるので、心こめて応援している。健康のほかに、昔の服がすっと着られるのも良い産物だとこのたび実感した。

020

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ところで現在、仕事場の庭にある合歓(ねむ)の古木でコムクドリがヒナをかえし、懸命な餌運びを行っている。続く暑さを考えて地上2メートル巣の下1メートルほどの所に簡単な水場を取り付けた。

三日間、鳥は近づく気配を見せなかったが、本日一羽のメスが水を飲むのを見た。この鳥はツガイ以外の独身と想定される個体だった。動物世界で新しいことを始めるのはいずれも若い個体だと云う。

 

本日の記載を始めた午後11時20分、突然雨音がして降り始めたが、10分ほどで止んだ。もっと、もっと降ってくれないと!

ほくほく線の電車に虹 将来にも希望がある。

2013年6月13日(木曜日)

暑かったが、今日の空は昨日に続いて美しい夕焼けとなり、虹まで架かった。いつもは夕日に向かう電車を撮るが、本日は虹を背に陽を受けるドラマティックな電車が撮れた。

ほくほく線と虹

ほくほく線と虹 (2)暗くなりかかったが虹は残り、望んでいたおとぎ話のような情景になった。

ほくほく線はくびき駅を出てから数キロ、高架線で水田地帯を走る。突然開ける水田は、妙高山麓に次いで春秋の絶景であろう。

いずれ同線は普通列車のみとなる。トンネルの多い路線であるが、丸みを帯びた愛らしい車体に黄色の配色などを施せば、フォトジェニックにちがいない。

新幹線は駅地元だけのマターではない。乗り継ぐ普通電車やレンタカーでの旅情は新たな価値となる可能性がある。並行在来線は生活路線だけでなく観光も強く意識すべきだ。

「上越妙高」駅→在来線→妙高・北信方面、あるいは→在来線「高田」「直江津」→佐渡またはほくほく線周遊、さらに「上越妙高」→糸魚川方面などなど。などいくらでもバリエーションはあろう。
潤沢な時間を有する退職者を中心に人は全国を動く。当然各駅、各観光地も新時代に相応しいクオリティへの変化が求められる。望ましい先進事例はいくらでもある。何もせずPRだけでは何も動かない。

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