いよいよ始まる暑さの影響。
上越市高田では35,9度を記録して本日の全国最高気温だったという。かつて今時こんなことがあっただろうか。
極端に雨が少なく田畑は深刻な局面にあると伝えられる。患者さんたちの畑もジャガイモはあきらめました、キュウリは小さくとも枯れないうちに採っています、と連日聞いている。
本日歩くのもつらい、食事がとれない、という方の脱水を考えて点滴をした。終わって少し気分が良くなったと仰ったが急な痩せが気になりレントゲンを撮ると肺炎だった。
入院先を探して直ちに紹介状を書いたが、セキ痰はほとんどなく微熱。暑さに加えて老-老の介護疲れが誘因と考えられた。
年齢に関係なく疲労が続く方たちに、これから先の熱暑は冬の寒冷よりも油断できないと例年感じている。
午後の在宅まわりの空。車が示した車外気温は32度。南東の風がよけいだるさを感じさせる。
本日はお会いした皆様に戸外の加重な労働・運動と熱中症、在宅者の脱水症、冷蔵庫への過信による食中毒などの注意をお話した一日だった。
本日はじめて自室のエアコンを作動させようとリモコンを押しましたが、全く反応しません。電池を替えてもダメ、明日電気屋さんに診てもらいます。
7年目の樹下美術館 Dream Along With Me。
6年前の2007年6月10日、樹下美術館が開館しました。希望と不安の船出でしたが、今日までさまざまな皆様にお越し頂いていることを深く感謝しています。
エヴァー・グリーン、いつもフレッシュ。個人的には何かと忙しいのですが、感受性を維持し成長を続けたいと思っています。
7年目を記念して、昼食に妻と樹下美術館のトーストを食べてきました。
これもまた7年目を記念してペリー・コモの「Dream Along With Me(ともに夢を)」
18才で上京し初めて買った25㎝LPレコードに入っていた曲です。ペリー・コモショーのテーマでした。
彼はとても声が良く、そして品行方正。カジノのショーなどには決して出ませんでした。
テレビでよくカーディガンを着ていて、私は今でもその服装に影響されています。
学生時代は大田区石川町に住みましたので比較的横浜が近く、放送局「ラジオ関東」は感度良く聞こえました。
毎晩枕元で同局の音楽番組「ポートジョッキー」を聞きました。
番組のエンディングテーマはビリー・ヴォーンの「Among My Souvenir(思い出の中に)」だったと思います。
上掲はThe Lenon Sistersの「Among My Souvenir」です。失恋の曲ですが美しくて癒やされます。
レノンシスターズは戦後長く活躍した姉妹のコーラスグループです。
しかしこれほどクリーンな音源に接して驚きました。
Dream Along With Me そしてAmong My Souvenir
その昔、美術館を営むとは思ってもみなかったことです。
どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。
いつも古い曲ばかりで恐縮しています。昔のレコード曲は丁寧に作ってあった、と振り返るのです。
最後ですが、当初から何かと助力して頂くF夫妻と妻に感謝しています。
夏の庭へ 賀川孝氏のご子息とお会いした。
午前に雨模様となったが庭や畑を潤すほどではなく、午後から晴れた。庭は勢いを増していて次々と初夏の花を点けていく。
紅白のキョウガノコ、白いアスチルベ、シモツケ、青いホタルブクロ、一番乗りしたホトトギスもあって賑やかだ。
本日は初めてのお客様も多くお見えで、皆様一様に展示をご覧になり、お茶を飲まれ庭を歩かれたようだ。樹下美術館は設計の途中カフェは無かったが併設して良かったと振り返っている。また好きな庭にも恵まれて幸せを感じる。
本日も倉石氏ゆかりの方が東京からお見えになった。新潟県立旧高田中学校の同窓で、自由美術を経て主体美術協会の創始会員となられた同志的画友、賀川孝氏のご子息だった。
賀川氏は帝国美術学校(現武蔵野美術大学)、倉石氏は太平洋美学校へと進んだ。後の日も、二人は取っ組み合いの喧嘩をするほどの友だったと云う。
氏は原始美術や民族芸術の原初的な普遍性を追求されていた。残念なことに比較的お若くして亡くなられ、倉石氏が追悼文を書いた。
お会いしてご子息は年経るにつれ父を好きになった、と仰った。このたびは自らのルーツを訪ね、上越高田から樹下美術館へと回って来られた。
私も両親については同じような経緯がある。特に亡くしてからは、両親と一体化しているような感覚さえ時にある。本日訪ねて来られた氏から似たようなお話を聞きながら胸熱くなるのを覚えた。CGアートと取り組まれている氏、またお目に掛かりたいと思った。
※6月9日の追加・以下は冊子「賀川孝遺作展」(1979年12月/東京都京橋「ギャラリーくぼた」)に寄せられた倉石隆の追悼文の一部です。全19ページの中に小田嶽夫氏の寄稿も収められています。
倉石隆の資料 寺田政明氏の画集 収蔵図録 拙画展。
【倉石隆氏の資料】
去る5月28日、樹下美術館へ東京から主体美術協会の画家・﨤町勝治さんと榎本香菜子さんが来館された。今秋東京都美術館で開催される主体展の特別企画へ出品される倉石隆作品についての用件だった。
そのとき昨年の同展に刊行された立派な作品図録を見せて頂いた。筆者は、樹下美術館の収蔵作品図録を作成しているものの、6年経ても完成していない。陶芸の齋藤三郎氏と作品は幼少から親しんだこともあり、比較的速く原稿は出来上がっている。
しかし倉石氏について現役時代を知らず、作品写真や作品リストおよび年表などは出来たが、氏の人となり立場・方向などさらに深めたいと思っていた。そこで図録に˝倉石隆の言葉˝あるいは˝倉石隆について語られた言葉˝を集めたページを設け、多角的な方法で氏への理解の一助にと考えていた所だった。
ところで実際、手許の資料を観れば観るほど氏についてもっと知りたく、また確認したい衝動に駆られる。そのことをこのたび主体美術の方にお話ししたところ、˝その方法は良いアイディアかも知れません˝と好意的な反応を頂いていた。
このたび﨤町氏から届けられた倉石隆氏関連のおびただしい資料。
倉石氏が書かれたもの、出席された座談会、氏の紹介記事、先輩へのインタビューなど、内容は豊富だった。何とありがたく心強かったことか。
【寺田政明氏の画集】
かつて豊島区の寺田氏宅のご近所で氏のバラの絵2点が飾られているのをたびたび眺めた。ひたすら気持ちのいい昼の夢、うっとりするような絵だった。このたびの味わい深い貴重な画集は、樹下美術館のカフェに置かせて頂くことにした。
【当館収蔵作品図録】
ご覧の通り、「春には図録を刊行する」と当ノートに書いたが、夏になってもまだである。˝時間がかかればそれだけ良い物が出来るかもしれないから˝と妻には励まされている。このたびのことがあって、それは本当だったかもしれない、と感じないでもない。来年6月の満7周年事業へとなるのだろうか。
【拙画展】
ところで来年6月に、上越市本町の某所で小生の拙個展が予定されている。それには売るための絵も描かなければならない。如何に拙くとも制作は精神集中が鍵だ。
季節がテーマの拙絵。図録のペースを落とし、そろそろ自らの制作もと考えているところだが、どうなるだろう。当地医師会報の7月号も私の表紙の番となっている。
新鮮なソラマメとタケノコ。
春、天候を気にしながら植えた野菜。その後のお天気はどちらかというと寒い傾向が続き、ここへきて雨が降らない。毎日水やりが続いているようだ。畑は楽しさと難しがいつも一緒、あれは良いがこれが悪い、と話が絶えない。
いつも頂き物の話題で恐縮してしまうが、本日は立派なソラマメと根曲がりタケ(山タケノコ)を頂いた。ソラマメもタケノコも一部すでに食膳に乗ったが味濃く非常に美味しかった。
タケノコを採りに行かれた方は、今年は少なかったと仰ったらしい。
皆さんは自分が採りに行くところをほぼ絶対に教えてくれない。
ほくほく線の列車を見ながら車弁当。
連日雲一つ無い晴天が続いていて、しっかりした雨などはいつ降ったのか定かでない。夏になり華やかな夕焼けを期待しているが、雲が無いので平板な眺めになっている。
ところで本日午後の在宅まわりで近頃珍しく飛行機雲がはっきり見えた。薄い層雲も高い空にあり夕焼け雲が期待出来た。
久しぶりに夕暮れの車弁当を食べようということにした。懸案だった車内にお弁当などを置くトレーを急いで用意することにした。前席の左右前後を測り、シフトレバーの所に切れ込みを入れた簡単な図面を書いた。用事で外出する妻はスーパーセンターに寄ると、担当者が板を選びすぐに作ってくれたという(手間賃は要りますが)。
6時、仕事を終えると美術館で庭仕事をしている妻と合流して手伝った後、近くのほくほく線が見える所へ行った。
19時少し前、飛行機雲が浮かぶ期待通りの穏やかな夕焼けの空。
ほっともっとで買ったというお弁当を広げ、妻はビール、小生はノンアルコールを開けた。
トレーは大きさ安定感とも十分だった。
但し私が撮影に出入るするたびにドアを開閉するのでそのときだけ妻が軽く支える。
まもなく普通電車がゆっくり通過した。このころの空が最も赤かった。
次ぎに特急・はくたかが近づいて通過する。特急は音、スピードともとてもダイナミック。
暗くなったが、最後に上り特急を見送った。みずみずしい田のふちでおよそ40分、良い時間だった。
幼少、季節が良くなると父に連れられ近隣の林や丘へ、歩いてピクニックに行った。後に自分の子どもたちと池や尾神岳で昼食をした。その楽しさは今でも脳裏にあり、戸外の食事はたとえ車中であろうと何か楽しい。いつかスタッフたちと大潟水と森公園へ朝食ピクニックに出かけてみたい。
撒水の午後。
本日は日曜日.。数日お天気が続いている。雨が少なく、庭が乾いているので午後遅く出かけみっちり撒水をした。
それから混み始めた椿やモミジの枝を払い、やって来た妻と裏手の雑草を取った。7時過ぎまで2時間少々、ずいぶんすっきりした感じになった。
ジャックランドの「眺めの良いカフェ特集」で紹介されたせいか、昼を中心にご家族づれや若い人たちで賑わったと云う。
夕刻近いカフェはとても若いカップルが見えていて楽しそうに本などを開いていた。 挨拶した後、邪魔をしないように通路のテーブルでロールケーキを薄くカットしてもらい、リモージュのデミタスカップで珈琲を飲んだ。人が通る所だが、この席で少しだけお茶を飲むのも楽しい。
芝は旺盛に成長している。間もなく今年初めての芝刈りとなる。いよいよ夏、まだ梅雨の気配もなくとても良い気候だ。
古流松應会、深雪支部の花展 町の活性化。
午後、古流松應会、深雪支部の花展に行ってきた。伝統の生花(せいか)、創意の自由花、一生懸命な作品はそれぞれとても魅力的だった。
生花 自由花 自由花 自由花 |
自由花 自由花 生花 生花 |
開場は、あすとぴあ高田のミュゼ雪子町5Fだった。立体駐車場の出入りは余裕があり楽に感じられる。花展はとても賑わっていた。5年に1度の作品展と聞いたが皆様には大変なご苦労だったことだろう。
こどもの作品コーナーがありなかなか楽しかった。「私もやってみたい」というお子さんの声が聞こえていた。
●開催は3日(月曜日)午後6時まで。
イレブンプラザへも寄った。駐車場に車は少なかったが、歩いて入る人がかなりいるようだ。せっかくの本町通り、普段はその方が合っているかもしれない。
目薬とガムを買って活性化に協力した。それにしても「町(地域)の活性化」は下手をすると「沈滞」の裏の顔を思い出させる。それで活性化と聞くと少々気が沈み、そこを避けたい気持ちがしないでもない。黙って努力を重ねる方が遙かに魅力的なのに。
活性化は「やっています」、という一種アリバイ的な行政用語から発しているかもしれない、しかしどこか寂しい。京都も長崎も、日本中が活性化を叫んでいるらしい。補助事業ゆえであろうが、名勝地への夢がしぼむ。もう十分であろう。ここまで来たら特に商業地や観光地は、あまり活性化と言わないほうがいいのでは。
小雨の庭 穏やかな夕やけ。
風邪気味が続いていたので休診の午後にぐっすり昼寝をした。気持ちよく目覚め、樹下美術館へ行った。
小雨の美術館は静かでお二人の若いお客様、雨の庭もいいですね、と仰った。
明日は晴れる予報が出ていた。
第49回主体展 倉石隆作品が東京都美術館へ行く。
昨日午後、東京から美術団体「主体美術協会」のお二人が訪ねて来られた。今秋、東京都美術館で開催され、京都、名古屋を巡回する同会の展覧会(主体展)に関する企画役員として公式の訪問だった。
当地の会員筑波進氏と新潟市の建築・美術家のお二人も加わられ、やや緊張した。
主体展は来年50周年を迎える。これに向けて昨年から特別企画「礎の作家たち」が始まっている。草創期の物故会員を特別展示するというもので、昨年は大野五郎、末松正樹、寺田政明、森芳雄、吉井忠のBig Nameが選ばれた。
倉石隆は昭和39年同会発足時の創始会員であり、今年の「礎の作家たち」5名に選定された。このたびは作品の現物確認のご苦労だった。
専門家の眼差しは厳しかったが倉石氏に相応しい作品、ということで「琢也」が正式に決定された。
戦後混乱期を乗り越えた協会発足当時、美術界の再編には劇的様相が見られる。美術で生涯を、日本を背負おうという作家たちの困苦や情熱は今日までも脈々たるものがあろう。本日選ばれた作品を前にあらためて胸打たれる思いがした。
倉石氏が没されて15年が経とうとしている。樹下美術館は小規模な施設であるが、氏の作品を展示させていただく幸せと責任をあらためて感じた。
秋の展覧会レセプションには天上の氏とともに喜んで参加したい。
ご来訪された皆様に施設と庭を褒めて頂き大変嬉しかった。
-(2013)第49回主体展-
●期間:2013年9月1日(日)~9月16日(月)
●会場:東京都美術館・1階、
その後京都(京都市美術館)、名古屋(愛知県美術館)を巡回
古流松應会の深雪支部花展 そして牡丹。
華道古流松應会 当地の深雪支部花展のお知らせ。
●期間:5月31日(金曜日)~6月3日(月曜日)
●場所:ミュゼ雪小町(あすとぴあ高田5F)
本日、妻が上越市は清里区(旧清里村)まで牡丹を頂きに行った。坊ケ池の近く、奥まった棚田農家のお宅だったという。ひごろ樹下美術館がお世話になっている造園業・丸山隆光園さんから紹介して頂いた。
このところ実家へ行って牡丹籠という専用の器を持ち帰ったり、忙しなくしていると思ったら上記の花展のためということだった。
室温の加減など花の状態を期間に合わせるだけでも、花展は大変であろう。今夜は外か家か、家ならどの部屋に置けばいいかなどと気にしていた。
牡丹は富貴の花と言われてとても格が高い。先日はゴボウの匂いを誤って嗅いで、牡丹に失礼をしてしまった。
齋藤三郎(陶齋)も牡丹を多く描いた。鉄絵の掻き落としなどには幽玄な雰囲気が漂う。
陶齋作・掻き落とし牡丹文水指(みずさし:茶道具で水を入れる器)。
明日は今秋東京都美術館で開催される第49回主体展と倉石隆のことを書かせて頂きます。
夏になる。
急に暖かくなった。皆さんは軽装に変わり生き生きとされている。
絶え間なく花が変わり、鳥も一段と活発になった。
先日などは、開けた窓から二羽のツバメが啼きながら部屋に入って来て驚いた。
拙句) 散る花を集めて迎へる夏の庭
五月雨を集めて早し最上川 芭蕉
なんでも私たち次第。
樹下美術館が建って、裏の田で7回目の田植えが終わった。
新鮮な水田に浮かぶように建つ樹下美術館は何度見ても夢見るように穏やかだ。
私が郷里に帰ることを決めたのは、医家の長男であったことも大きいが、地元の松林と水田の引力は決定的だった。
いまJR線沿いの広大な松林は荒れた。一方水田は踏ん張っている。農業は老人の仕事などと一般に言われるが私が知っている限りそうではない。若年ではないにしてもまだ壮年の人たちの踏ん張りでなんとか成立している。
先日オランダの稲作をTVでみたが、もはや農業ではなく、巨大工業プラントのごときものだった。見渡す限りの農地はすべて透明に近い屋根で覆われ、土は無くダクトが巡らされ、必要な環境管理はすべてコンピュータだった。
今夕、樹下美術館の裏に植えられたばかりの稲は風に揺らぎ、とても愛着が沸く。果たしていつの日かこの稲は大気や日光から切り離され緑のロボットの如きものと化すのだろうか。
その可否は消費者の私たちが握っている。自分たちがどれだけ消費者ロボットになるか、世の中何でもそれ次第だ。樹下美術館は建っている限りロボットにはならない。
新幹線 上越地域の明るい明日とは何だろう。
東京にお住まいで、昨年倉石隆の版画6点を寄贈してくださったご夫婦が本日来館された。昨日から瀬波→村上→新潟市→犀潟→樹下美術館へと到着された。明日はもう長野県入りという日程だった。
某テレビ局に長くお勤めのいわゆるテレビマン、後年は美術界のお仕事だった。赤坂生まれの東京ッ子。夕食を直江津の「おと」でご一緒して楽しい時間を過ごした。新潟県のことで興味深かった話を二、三記してみたい。
●新潟県人といえば河井継之助です。そもそも上野はなぜ西郷さんの銅像なのでしょう。継之助が当然だと思っています。前島密は立派な人ですね、恥ずかしい事ですが高田の人だったとは知りませんでした。上杉謙信のことはあまり興味がありません。
●新潟のお米は本当にすばらしいですね。お米が美味しいものだということを初めて知りました。見渡す限りの田んぼも本当に見事です。
●根曲がりタケと言うのですか。初めて食べましたが、こんなに美味しいものがあるのですね。
●新たな新幹線の名が長野新幹線か北陸新幹線か、もめていますね。新潟県の言い分はどうなのですか。
高田の桜と蓮は見応えがあった、と東京などの人から聞く。特に蓮は素晴らしいとも。そもそも旅行者は無駄を避ける。一過性の話題づくりやパフォーマンスでは観光はきつい。
遠くから来る人の貴重な時間を頂戴するにはやはりそれなりのクオリティが必要だ。˝時間の無駄、二度と行くところではない˝などという悪評だけは絶対に避けなければならない。そのようなことがどこかにあれば、上越全体の評判として一挙に定着する可能性がある。
大切な通年集客は一朝一夕に成立するとは考えられない。日本にはさまざまな人が居る。広い視野のもとで、大変な努力の継続が必要だ。当然ながら最初が肝心であろう、果たして間に合うだろうか。
追加:予定新幹線といえば、まず上越市のことを考えるが、妙高一帯の高原は有望だと思う。少なくとも北陸三県、さらに関西圏には妙高高原のようなのびのびとした美しい場所が見当たらない。もともと関東、首都圏にも人気だった。
冬場のスキーはじめ野尻湖とのタイアップなど復活のチャンスは大きい。荒れ地の整備、愛らしい在来線の高原列車、宿泊施設の質向上は不可欠であろう。実力あるプランナーを得ることも鍵にちがいない。
保育園で健診した みなそれぞれの個性で生きて行く。
本日保育園の健診があった。一歳未満から年長さんまで100人ちょっと、身体を診ながら子どもたちの さまざまな顔や仕草を見て来た。
子どもは一人一人本当に違った顔立ちと表情をしている。しかし違いは価値でもある。
色々あろうがこの先長く、それこそ墓に入るまで親からもらった顔と性格を密かな拠り所(宝物)としてそれぞれ生きて行くにちがいない。頑張れ園児!頑張れ個性!心の中で叫ばせてもらった。
コムクドリはオスのほうが振る舞いに愛嬌あるように見える。しかしいざ子育、えさ運びとなると猛烈に働く。
動物たちも性格や個性の違いがあるようだ。子鳥を飼っている人なら鳥にも個性があるというかもしれない。そのようなことでは特に養鶏場のかごの鳥たちは気の毒だ。
- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 高齢者、昔話
- 医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
- 花鳥・庭・生き物
- 空・海・気象
- 頸城野点景
- ほくほく線電車&乗り物
- 社会・政治・環境
- 明け暮れ 我が家 お出かけ
- 文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ・テレビ
- 食・飲・茶・器
- 拙(歌、句、文)
- こども
- 館長の作品。
- 「つどいの郷」嘱託おさめの日。
- 春近く、鳥たちが反応している。
- 雪大根を頂いて 豪雪と冬鳥の動向 選挙以後昨今の頭痛。
- 本日ロッテアライリゾートで。
- 午後揃って姪が訪ねてきた。
- 今年の陶芸展示は「現代茶碗展」です。
- 県立大潟水と森公園でグレートピレニーズを連れたA氏と出会う 選挙が決着して。
- 雪と車 そして選挙。
- 直江津、無印良品で。
- 2月の好天、期日前投票。
- 新たな倉石隆作品「節句」。
- 本日誕生日だった。
- 最近の妻の料理から、夕食。
- 道路を歩く雌キジ三羽。
- 大雪のなか髙田大手町6「浮遊のいえ」に一泊した。
- 道路に出てくる野鳥。
- 早起きは何文の徳になったのか ザクロとハクガン。
- 長くなりそうな本物の大寒。
- 今年の倉石隆展はやって来た作品「少女」を囲んで。
- 次第に晴れた日曜日、午後の大潟水と森公園と夕刻の朝日池。
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