あの雪はいま雨となり そして辛夷(こぶし)の油絵。

2012年3月5日(月曜日)

雨ほど雪を消すものはない。これに南東の風でも当たればもっと消える。ここ二日続いた雨で雪消えが進む。上越市大潟では30㎝あるかなしかとなった。

 

こんな日のもやは、融けた雪が地面で暖められ水蒸気となって立ちのぼっているのだろう。

 

雪の靄午後の往診、訪問の雪もや(上越市大潟区)。
雨が融かしているのは嘗ての自分にほかならない。

 

“ あの雪はいま雨となり降りしきる嘗ての己身をみな消さむとて ”

 

こぶし
辛夷(こぶし)

 

いよいよ3月9日(金曜)~15日(木曜)まで上越市本町5丁目の「ギャラリー祥」さんで第4回東日本大震災&長野県境地震復興支援チャリティ「アート&アーティストの底力」上越展が始まる。

 

 

同展に当ノートに掲載した水彩の辛夷を仕上げて出品するつもりだったが、規格サイズより随分大きいことが分かった。それで一花だけ取り出して小さなSMサイズ(ハガキ二枚より一回り大きい)のキャンバスに油絵として描いていた。

 

あれこれやりとりして今夜何とかゴールとした。まことにお恥ずかしい作品ながら、大島画廊で簡単な額を付けてもらい9000円のチャリティとして出品してみたい。 

同じ鳥でも ムクドリとハトは。

2012年3月4日(日曜日)

生き物に上下をつけたくないが本日午前、二種の鳥を見て如何ともし難い違いを感じた。

 

潟町の診療所二階屋根の軒下に毎年ムクドリが営巣する。「ギイギイ、ギャアギャア」と鳴き声は耳障りだ。しかもしばしば争い、壁に激突するほどの大騒ぎも演じる。

 

本日、車に乗ろうと外へ出るとまことに賑やかにやっている。大きなくちばしを開けて攻撃したり絡みあったり、周りも鳴いて騒ぎ立てる。延々と続きそうなので出かけた。

 

ムクドリメスあるいは巣を巡る騒ぎのようにも見えたが、よく解らない。

 

さて用を済ませて帰ると今度は頭上を白い鳥が横切った。伝書バトだ。サーッと羽音がして実に爽やか。騒がしいムクドリを見たばかりなのでハトの優美さがことさら引き立つ。

 

伝書バト久しぶりに見た伝書バト。さすが平和の象徴、静謐かつ優美だ。

 

人も社会も国も世界も、ハトの如くあればいいのに。この時期、ムクドリのように何かと攻撃し騒ぎ合うのは少々うんざり。

潮だまり二つ残して行った冬。

2012年3月3日(土曜日)

午前には雪もあろうかという予報が外れた一日。昼過ぎの柿崎の海は、沢山あった潮だまりが僅かとなっていた。

 

これから思い出したように一雪あったり、風花がチラリホラリとするだろう。しかし季節の入れ替えは始まっている。

 

柿崎の浜
時々打ち寄せる波が届いて海水が補給される潮だまり。

 

“ 潮だまり二つ残して行った冬 ” 

 

それから寄った美術館に春の帽子と装いの若い女性。コーヒー、ケーキ、水、お番茶、本、手帳などカウンターいっぱいに並べてニニコニコされていた。

  

いよいよ今年も始まっている。

いつも静かに始まる樹下美術館。

2012年3月1日(木曜日)

樹下美術館は今年の開館日となった。例年初日にこだわってくださるお客様6人とお二人の取材の方が来館された。静かに始まる初日は樹下美術館らしい。

 

木曜午後を休診にしているお陰でちゃんと取材を受けることが出来た。大小15の倉石隆氏の作品は14点が初展示。齋藤三郎の陶芸は初展示4点を交え季節順でみるので新鮮だったとお聞きした。

 

上越よみうりのk氏にはいつもお世話になっている。じっくり話を聞いて下さり窓外の雪に苦労されながら食器まで撮って下さった。お忙しいのに有り難うございました。

 

上越タイムスの若いIさん、初めてでしたがこれからが楽しみです。今後ともどうか宜しくお願い致します。

 

1200301四ツ屋浜
思わぬ夕焼けの四ツ屋浜

また明日弥生の入り陽を見送れり

展示作業の終了 今年も宜しくお願い申し上げます。 

2012年3月1日(木曜日)

一日がかりで絵画と陶芸の展示作業を終了した。

 

樹下美術館は作家二人の小規模な常設展示館。作品は限定されるがそれでもテーマによって雰囲気が変わってくる。未発表の作品も混じるので飾り終えて我ながら面白いと思った。

 

展示作業展示作業は一枚ずつ慎重に。
高さ、水平、相互関係、ワイヤーの平行、照明具合など見て架ける。

 

今年の展示

 倉石隆氏の絵画:「多様な倉石隆」と銘打った。戦後髙田の風景スケッチ(2枚)、髙田の家族や生活スケッチ(4枚)、上京後の作品は「詩人」「室内の裸婦」「秋」の3枚の油彩、「椅子に座る裸婦」のデッサン、挿絵原画「宝島」(5枚)で合計15点を展示した。

 絵画は少々混雑ぎみだが、賑やかさも悪くないということでご勘弁願うことにした。うるさ過ぎるとなれば油彩を一点少なくするつもり。

 

齋藤三郎(陶齋)の陶芸:「陶齋の四季」と銘打った。春は梅(2器)、こぶし、椿、ぼけ(2器)、芍薬。夏にとうがん、浴衣ての俳文、あさがお、あざみ、うばゆり、ふよう、やなぎ、とろろあおいを。秋はどんぐり(2器)、柿、かぶ、ざくろ。冬として柚子、雪輪紋、雪花紋、雪持ち笹(三器)。合計27点を展示し、陶齋の絵画(菜の花、うばゆり、水仙)の3点も架けた.

                          今年の催事・事業

催事堀口すみれ子さん、三回目の講演会:「堀口大學を巡る人々」
             ・「竹花加奈子さんのチェロ、蓮見昭夫さんのギターデュオコンサート」
      (コンサートは後ほど詳しくお知らせ致します。

事業:5月中に懸案の収蔵図録を陶齋、倉石、それぞれ発行予定。
図書の追加:『世界素描大系全4巻」「パウルクレー画集」「くびき自動車の80年」「ゴヤ展図録」など。

     

深夜に妻と最後の展示調整をして帰ったが、満天の星空だった。

今年もどうか宜しくお願い申し上げます。

 

今年のカフェにドリー・バーデンが加わります。

2012年2月28日(火曜日)

気温の下がりで朝夕は道が氷る。そして毎朝10㎝ほどの新雪がちびりちびりと降る。そんな丁寧に別れをしなくともお気軽にお引き取りをとは、とても言えない。気象は怒ると非常に恐いことを、昨年来知らされている。

それにしても私などが生まれた愛する2月は短い。冬の休館はあっという間でしたが暦どおり春とて、樹下美術館は明後日、今年の開館を致します。

 

ドリー・バーデン
イギリスメルバ社の「ドリー・バーデン」トリオ(カップ&ソーサーにケーキ皿)。

上掲の食器ドリー・バーデンはディケンズの小説に登場する若い女性の名から取られているということ。明るく軽々としていて本当に楽しい食器です。1943年製なので私より一つ年下、作品の人物たちは年を取らなくていいなあ。

さて樹下美術館のカフェの前は屋根の雪が集中して落ちるため、本日まだ膨大な雪があります。明日業者さんにどかしてもらうことになりましたが、開館当日のカフェの眺めはかなりの雪原が予想されます。

毎年、開館日は寒く、がらがらからスタートでした。展示物につきましては明日ご案内させていただきます。

潟町村立小学校、分校の同級会。

2012年2月26日(日曜日)

間もなくの開館、新潟市の団体への寄稿、胸突き八丁の図録など、休みは一歩も出ない日がある。

そんな日の本日、日曜日夕刻、潟町村立(現上越市大潟区)小学校分校の同級会があった。

 

分校二年生
優しかったS先生と一緒、昭和24年、分校2年生の記念写真。
60余名、これで一クラス。

 

上掲は分校2年生の時の写真。背景の立派な校舎は潟町村立中学校。当時小学校は土底浜に本校があった。恐らくそちらが一杯なため、潟町にあった中学校の空き教室へ私たち潟町、九戸浜、雁子浜 の生徒が分校として通った、と考えられる。

 

この記念写真には元気な同級生に混じって、すでに他界した仲間が居る。ひもじくも真剣な眼差しの彼ら彼女らを涙なくして見ることができない。

 

本日集まったのは12人だった。遠くへ行った級友もいるが、写真を見るに付けあらためて胸がつまる。私には、この分校同級会は如何なる会合にも増して心を無にして過ごせる。

 

分校は3年生までだったが、大きな行事があると本校まで行列して歩いた。記憶に無いが私はひ弱で、2キロ足らずの本校への道中でよくしゃがみ込んだという。

 

「お前、覚えているか。オレはお前がしゃがむ度に背負って歩いたのだぞ」、いつも聞かされたA君の言葉だ。そのA君は昨年夏他界してしまった。

 

私たちの幼年期はいつもサツマイモがおやつだった。そんな栄養事情が今日影響するのか、A君といい、まことに残念でならない。

 

来年の幹事は私がすることになった。

もじもじする冬。

2012年2月26日(日曜日)

もういいもういいと言われながら湿った雪が所在なげに降っている

  春に声を掛けられないであっちへ行ったりこっちへ来たりもじもじもじもじ

博多人形大人のひな祭り?博多人形を飾った。
松田聖子の赤いスイートピーの前奏は可愛かった。
彼女の曲はMajor7thが多用され、その昔私はかなり好きだった。

チューリップ

 

チューリップは先日取材を受けたくびき野NPOサポートセンターの古川さん、吉川さんから頂いた。3月1日はまだ寒いだろう。

その開館に向けて大忙しの日が続いている。新潟市の文化団体へ送る毎月の記事の主題を「戦前の陶齋」にしたら、3200字にもなってしまった。もう少し短くしなければ。

牧区のお蕎麦に「まんさくの花」を付けて 陶齋の食器で食べる。

2012年2月23日(木曜日)

本日午後、上越市牧区は府殿(ふどの)の親戚から老夫婦が顔を出された。府殿は長野県境まで直線にすればおよそ5キロ、もう飯山と背中合わせになる。

 

ご自宅で採れた粉でこしらえたお蕎麦を持参して下さった。府殿の蕎麦は何度食べても風味があって美味しい。ご丁寧に、とお礼を言うと「うちらは雪が多いので、たまに雪の少ないところを見ようと言ってドライブに来ました」と仰った。

 

こんなに雪が少ないなんて、とびっくりされるお二人。しかし大雪の疲れも見せず、優しく仲の良い老夫婦を見るとこちらが癒される。

 

陶齋の器齋藤(陶齋)の器を出した。染め付けは山と民家、青磁は椿の象眼、
辰砂の小皿には先日の「雪持ち笹」が描かれている。

 

牧村のおそばO先生お心入れの「まんさくの花」を開けて蕎麦を賞味した。
牧村のというだけでもう有り難い。

 

今後何かの記念行事に「陶齋の器で食事」という催しをしてみたい。

 

青空や雪ともどもに冬を割る 間もなく開館。

2012年2月22日(水曜日)

朝から快晴、日差しに力があって今年一番の晴れ間だった。

 

年だから投げられませんが、突っつきました。年配の女性が仰った。お天気が出はじめると家まわりの雪はシャベルで突いて割れ目を付けると早く消える。

 

通りのあちこちで投げたり突いたり、雪が片付けられていた。3月1日(木曜日)の開館に向け、樹下美術館は機械が入り除雪が行われた。手つかずだった駐車場にはおよそ70㎝の雪が残っていた。

 

雪割り

 

飛ぶ雪
青空へ飛ばされる雪。

 

まだ戻り寒波などがあるかもしれない。しかし今日は季節を分ける日だったような気がした。

もうすぐ3月 「アート&アーティストの力」上越展。

2012年2月19日(日曜日)

 第4回東日本大震災&長野県境地震復興支援チャリティ
「アート&アーティストの力」上越展が今年の春一番、上越市で開催されます。

 

昨年8月の第1回柏崎展から長岡市を経て、今年1月の新潟市展。
このたびはいよいよ第4回上越市の開催となりました。

以下のように開催日は3月9日(金)~15日(木)、上越市本町5のギャラリー祥さんが会場です。

案内1

案内2
今回、県内外から最も多い130名近くの作家さんが参加します。規定によって小品ですが、文字通り個性的な作品が所せましと並ぶ会場は、迫力があり大変楽しくもあります。(上掲の図はクリックしてご覧下さい)

 

 

このたびの実行委員会代表は久保田祥子さん、事務局長はずっと一貫して上越市の堀川紀夫さんが労を執られてます。

 

会を重ねる毎に出展者が増えつづける当展、どうぞ期間中「ギャラリー祥」さんへお運びください。

こぶし
恥ずかしながら小生も出品予定で、上掲は今日から手を付けました「こぶし」です。
サイズはA3、以前に同じモチーフを描いたことがありますが、あらためて挑戦です。

 

上手く描けるかいつも自信がありませんが、当日までに何とか仕上げたいと思います。

作意なき詩情、冬の日本海は貴重な観光資源。

2012年2月18日(土曜日)

平年並みだった上越市北部沿岸もこのところの寒波で大雪となった。このたび2日連続して大雪の予報だったが、さほど降らずに済んだ。ただし気温は下がり道は氷っている。

 

本日夕刻の西空に茜が差した。午後からの休診、ずっと家に居たので海岸へ行った。5時を過ぎても陽が残るほど日中の日が長くなった。

 

小屋の夕暮れちょうど4年前の今日掲載した小屋は健在、淋しさもご馳走のうち。

 

今日の海ようやく海が冷たくなったのか、浜の雪も消えない。

 

ところで冬の日本海は荒れる。しかし情景は雲と共にスケールの大きい詩情であろう。この時期、近くの鵜の浜温泉やマリンホテルハマナスには、長野県や東京方面のお客さんが結構来られると聞いた。

 

今週、「終着駅」というテレビドラマのロケがマリンホテルハマナスとその界隈であったことが報じられた。佐藤浩市さんと中山美穂さんが来ていたようだ。当ノートでもホテルの写真を掲載したばかりだったので何か嬉しい。

 

観光は作意なき詩情と良い食材、そして怠りなき手入れによる「もてなし」が大切だろう。一帯は期待できる、ぜひさらに磨きを掛けて欲しい。

雪持ち笹。

2012年2月17日(金曜日)

平野部の大雪と予報されたが当地はわずかだった。明日も寒波とテレビが言っていたがもう止めてもらいたい。

 

本日は気温が低く風も無かったので木々の梢はうっすらと雪が付き、花が咲いたようだった。何気なく道路脇の笹を見ると丸い雪が乗っていた。

 

写真: 雪持ち笹

雪を乗せた笹:伝統文様「雪持ち笹」のもと。

 

ところで笹の上に雪が乗る姿を文様にしたものに「雪持ち笹」がある。そのことを随分前に二代陶齋の尚明氏から教えてもらった。調べるとそば猪口、家紋、帯、果ては校章にもこれが見られた。いずれも独創的だった。

 

以下は樹下美術館の展示作家、齋藤三郎(陶齋)の作品の「雪持ち笹」。

雪持ち笹1 雪持ち笹2

   染め付け菓子鉢:昭和12年      同じく菓子鉢:昭和15年前後壽山窯
   デザイン化された雪持ち笹は指摘されないと、それだと気づきにくい。
  右菓子鉢の底に描かれた文様は古物商によって「鶴紋」とされていた。

 

雪持ち笹3
鉄絵手あぶり:昭和20年代後半
雪持ち笹4
鉄絵マグカップ:昭和20年代後半

齋藤三郎の筆はいつも速い。速さは自然界の動き、新鮮さを感じさせてくれる。当然ながら「雪持ち笹」は三郎の師であった富本憲吉も描いている。

 

芸術の脈々には楽しいことがいっぱいある。

 

菓子鉢.最上段左の菓子鉢

弟がイタリア行から帰った

2012年2月15日(水曜日)

昨年三月、南三陸町で放し飼で養豚を行っていたすぐ下の弟たちを、地震が襲うとは悪夢のような出来事だった。極めて幸いなことに居住が山間だったことと、学校の適切な避難対応によって一家は深刻な被災を免れた。
震災後、家を失った人達を泊めるなどしたが、昨年11月から一家四人は二ヶ月間イタリアへ行った。

イタリア行きは震災前からの計画の実行だった。弟は20余年前、スペインで羊飼いと暮らすなど、探求と称して何でも地で行く。このたびのフィレンツェもかなり強固?な主張をもって家族を連れて行った。

過日、滞在を終えて無事南三陸町へ帰還した。みやげは現代もののタイルと美しいノートだった。

タイルとノートタイル(手前)とノート

ノートを使うさっそくノートを美術館用に使い始めた。

二ヶ月の滞在はアパート暮らし。8畳ほどの部屋が三つ、それに家具一式と食器、シーツの替えなども付いて家賃は月8万円ほどだったという。

 

もとより経済に余裕などないが、そこの生活が気に入った弟は「オレの前世はイタリア人だ」と言ったらしい。

 

フィレンツェの店々のたたずまいが素晴らしく、もともとカメラマンでもあり沢山写真を撮ったと聞いた。店は仕事場を兼ねていて、食品、楽器、家具、道具類、等々みな魅力的であり、店内には美しい音楽が流れていたという。

無事に帰ったが、新たな計画もあるやに聞いている。そろそろ年でもあろう、健康には気遣ってほしい。

バレンタインデーは春の行事?

2012年2月13日(月曜日)

いつも娘さんとこられるおばあちゃんからチョコレートを頂いた。チョコレートはルッコラに添えられていた。よく新鮮な山菜や野菜を頂くので恐縮している。ルッコラもきっと自宅のもので、青々としたプレゼントに貴重な春を感じた。

 

バレンタインデイ二つのプレゼント 

 

夕刻に美術館のスタッフからも頂いて、厳しい冬は半ばを越したのかもしれない、と思った。昨日から寒波が緩んでいて、今日は久しぶりにしっかり陽が差した。息をひそめて春を待つころとなった。

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