雪の梶の一本道  

2011年12月12日(月曜日)

さほど気温は下がらず雪もない。しかしこれからおよそ2月いっぱいまで雪国の悪天候は続く。

 

本日往診の時、大潟区・坂の下から吉川区・梶十文字へ続く一本道が妙にハッキリ見えて写真を撮った。

 

梶の一本道

 

梶までおよそ4キロ、以上のような往診をした当時の父より私ははるかに年をとっている。

 

それでも仕事ができるのは、道が舗装され、除雪され、信号が付き、暖房まで出来る車があるからにほかならない。

 

しかし当時の父が私より不幸だったかというと、決してそうとは言えまい。

ふいのおとずれ、初冬の花鳥風月  月蝕までも

2011年12月10日(土曜日)

昨晩は雪もさほど降らず日中に陽もさした。風が無かったので外を歩くときの耳や頬の冷たさは気持ちがよかった。

 

バラはさらに開いた。昨日まで花びら三弁を開いていたのが5弁になって誇らしくさえ見える。

今日の薔薇
昼過ぎの晴れ間に華やぐバラ。

この花を見に行くと辺りに居るシジュウカラが必ずジュジュと鳴き出す。如何にも邪魔をするなと言っているようだ。

 

今日の鳥毎日ここで鳴いているシジュウカラ。

 

そして夕刻4時半すぎに何とも鮮やかな月が上った。月齢14という月の丸みは余裕を感じる。

 

今日の月夕刻に出た月。

 

なるほどなるほどシジュウカラと薔薇、気持ちの良い冷気、そして月。見事な花鳥風月ではないのか。鳥もバラも静かな冷気もこの日のわずかの晴れ間を知っていて密かに月を待っていたのか。

 

ならば薔薇の一心もわからないでもない。さらに明日は満月、深夜に月が出れば祭りの本番、しかも皆既月蝕だと妻が言った。「まさか!」であるが晴れれば楽しいことになる。

 

 
Moonglowはスタンダードの名曲、映画ピクニックではモディファイされている。

 

追加です:日付変わり12月11日午前0時35分、庭に出ると小雨の中、幸運にも流れる雲間に三日月から半月になろうとする戻りの月蝕が見られました。

 

月蝕1
見慣れた三日月から見えだして

月蝕2
月は天頂に近づきましたので頸が痛くて、撮るのはとても苦労でした。
うまく撮れば赤いクレーターが写ったかもしれない。次回は来年6月だという。

 

ことさら特別な日を感じ、とても興奮しました。バラやシジュウカラはどうしているのでしょう。

冬のバラ

2011年12月9日(金曜日)

 聞いたとおり当地に初雪が降った。量は僅かで、昨日のバラは平気だった。

 今朝のバラ
初雪を知らぬと言ひて薔薇の咲く

 

今夜はもう少し降ると予報されている。寒い分花持ちは良いと考えられる。いつまで頑張るのだろう。

明日の雪知るや知らずや薔薇の花

2011年12月8日(木曜日)

底冷えがして一日時雨れた。明日は雪と何人かの人に聞いた。次第にいつ降ってもいい感じになってきた。

 

こんな時期に真っ赤なバラが咲いている。もう少し早ければもう少し多くの人に見てもらえるのに。

 

それともこのように赤々と咲いて厳しい冬を過ごせと言っているのだろうか。

   赤いバラ

明日の雪知るや知らずや薔薇の花 

                                                                              

齋藤三郎の雪輪紋蓋置 静かな染附(そめつけ)

2011年12月7日(水曜日)

冬を迎えて樹下美術館に齋藤三郎の小ぶりで珍しい作品がやってきた。茶道具の一つ蓋置(ふたおき)」。蓋置きはお点前で窯の蓋や柄杓(ひしゃく)を置くのに用いられる。主に竹で造られるが、時には金属や焼き物も使われる。

円形の六華である雪輪紋は家紋にあり、小紋として着物にもあしらわれる。集まっても散ってもよしの上品な紋様だ。

 

蓋置の箱雪輪紋蓋置と書かれた箱

雪輪紋蓋置
雪輪紋蓋置。 縦横5.8×5,5㎝
藍色を発色する顔料・呉須(ごす)で描かれた染附(そめつけ)の色が静か。

箱の裏書き「對庵席開記念 高陽 陶齋造」の裏書き。對庵という茶室の席開き記念として関係者に贈られたであろう作品。昭和20代~30年代の様態だが、どこの茶室記念だったのだろう、調べてみたい。高陽は三郎の窯の名、風船窯とも言う。

 

サイン筒の内側に書かれた陶齋のサイン

このように突然作品が入って来て、図録に加わる。あせる気持ちを鎮めつつ、図録刊行は来年5周年の記念出版とすることにした。どれだけ伸びれば気が済むのか、自戒めいた毎日が続く。

妙高市山本製餡所の栗羊羹 暮れの灯り

2011年12月5日(月曜日)

いつも楽しみにしているブログ「軽薄短笑」さん。ある日の記事に、かって使用したワープロ東芝RUPOのフロッピーを標準テキストに出来なくて困った、と書かれていた。

 

私の家の片隅に比較的後期のRUPOがひっそりと眠っていたので、お貸ししますと、ブログ主のK氏にメールした。

 

話が進んで樹下美術館でワープロをお渡しすることになった。普段ブログがきっかけでその筆者とお会いすることはまず無い。お会いしたK氏は心身ともにきりりとして、いかにも磨かれた人の印象を受けた。

 

RUPOでPC向けにテキスト変換するには、1ファイルごとに新旧フロッピーの入れ替え作業が必要となる。メカ音痴の自分が操作に到達するのは大変だった。しかし封印された自作文やデータがよみがえるのはある種感動もあった。

氏は私の何倍もRUPOの記録があるらしかった。メカに強い方と想像していたが仕事量は膨大だったことでしょう。

 

本日全てを終了したと仰って機械が帰って来た。妙高市の山本製餡所の「栗羊羹」を頂戴した。ずっしりとした手応えの羊羹はとても美味しかった。お忙しいのにわざわざお寄り頂き、羊羹も頂戴し恐縮した。これからも「軽薄短笑」さんの益々のご活躍をお祈りしたい。

 

栗羊羹
羊羹は清水卯一の白釉茶碗にとても合った。

 

灯りの軌跡一昨日の夜、友人と会食した帰り道、代行の車窓から撮った灯りの軌跡。
自分にはこんな造形を描こうと思っても描けない。写真なら簡単なのに。

甥夫婦が作ったシュトーレン

2011年12月4日(日曜日)

新婚の甥夫婦からシュトーレンのプレゼントがあった。心暖まるラッピング、二人ともパン職人なので見るからに美味しそうだ。シュトーレンは上越でも売っているようだが、私たちは初めてだった。

 

シュトーレンのプレゼント
ドリー・バーデンの器で味わってみる。 

 

ドライフルーツやナッツが入った重めの菓子パンで表を砂糖で白くしてある。ドイツ発祥のこの食べ物はクリスマスまでの4回の日曜日ごとに切って食べるのが伝統らしい。しかし現在では時節にこだわりなく食べられているという。

 

切って食べてみる歯触り風味甘さみな素晴らしく、“美味しい!”と言って妻と顔を見合わせた。

 

これからどんな風に変わるのか、クリスマスまで毎週少しずつ食べてみることにしよう。

 ドイツ語シュトーレンは英語のストールであろう。白いおくるみ(シュトーレン)に包まれた赤子のイエスを現しているようだ。それをスライスするのはやや気が引けるが、有り難く賞味した。

こたつのホゾ 何かしらの役割

2011年12月3日(土曜日)

夕刻から雨風が強まったが、気温はさほど下がらない。それでも家々ではコタツが出たりストーブが出ている。

 

「忙しいですか」、日頃あえてお年寄りに尋ねてみる。すると一瞬エッと驚かれ、すかさず「アハハ、草取りくらいですわ」などと返る。この時、どこか嬉しそうなお顔になっているので張り合いだ。あるいは嫁が仕事をさせてくれない、と返ることも少なくない。それはそれで愚痴めいた話をしてもらう。

どうしてますか、に対してこれから以下の答えが多くなる。

「コタツのホゾですわ」

「コタツと相撲とっています」

「コタツにしがみついていますわ」

「コタツ番です」

 なるほどなるほどうまいな、と感心する。自分の立場や時間を笑ってみせるのは立派な文化だ。 

 

母が居た頃、出来ないと分かっていても外出には「留守番たのむよ」と言って出た。

すると寂しい顔もせず「はい行っておいで」、とかえって機嫌のいい返事になった。

人はいくつになっても、たとえうまく出来なくとも役割を喜ぶにちがいない。

 

母と飲んだ紅茶
今は懐かし、昨年5月に樹下美術館で母と飲んだ紅茶。

画家篠崎正喜さんから

2011年12月2日(金曜日)

画家篠崎正喜さんからメールが来ていた。今夏亡くなった拙生の母のこと、昨年亡くされたご自分のお母様のことが書かれていた。

 

氏は都会の親子暮らしの中で、多くの病を越えられた97才のお母さまを在宅で看取られている。

 

最後に以下の文面があった。 

当初の嵐のような喪失感は薄れ、
今は深々と冷える、厳冬のような寂しさです。
人は自分のためには生きられない。
人は誰かのために生きている。
つくづく、そう感じています。

今までは母のために頑張って来ましたが、
これからは広く社会のために生きよう、と思っています。
今、人生を集大成する作品シリーズに取りかかっています。

 

M_夜明けのダンス
添付にあった篠崎正喜作:夜明けのダンス、クリックして見てください。
あるクライアントの依頼で描かれた若き日のお母さまのイメージ絵。
いつもながら美しい色彩。タッチが少し変わったようにも思われるが
それがまた楽しい。

 篠崎正喜さんのホームページから 美しいピクチャーブックと興味深いブログが見られます。    

 

そして本日氏からピエール・マルコリーニのチョコレートが届いた。

 

ボックス

お洒落な黒いボックス。

チョコレート
なんとも魅惑的。

医師会報の表紙 個人に支えられる個人美術館

2011年12月1日(木曜日)

毎月発行される新潟県医師会報。その11月号の表紙を樹下美術館が飾っています。写真を投稿して下さった方はある病院小児科の先輩医師で、長い間とてもお世話になっている方です。好意的なコメントもお書きいただき感謝に堪えません、有り難うございました。

 

医師会報樹下美術館が表紙の新潟県医師会報11月号
学術、医政、随筆、情報などでおよそ60ページ、毎月発行される。

個人美術館を支えてくださるのは個人の皆様、ますますその有り難みを実感しています。
 

夕刻の樹下美術館夕刻、閉館間近い静かな時間。

 

今日は庭のあちこちにある枯れ草を刈りました。節電ということで例年のクリスマスイルミネーションは中止にしました。代わりに午後4時から閉館5時の一時間だけ庭の灯りを点けることにしました。

非常に楽しいアンコール。

2011年11月30日(水曜日)

秋最後の日は雨模様。季節風を免れている分、静かだった。これから木枯らしが吹き雪国の本番が始まるのだろう

ご存じの方も多いと思いますが、冬を前に明るく楽しい演奏をユーチューブから取らせていただいた。


ラベルの組曲やチャイコフスキーの交響曲など演奏後のアンコール。
レナード・バーンスタイン作曲/ウエスト・サイド・ストーリーより「Mambo」。
ヒナステラ作曲/バレエ組曲「エスタンシア」から終曲の踊り。

 

演奏はグスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユース・ オーケストラ・オブ・ベネズエラ。。

ベネズエラに当オーケストラが生まれるに至った青少年育成プロジェクト「エル・システマ」。その過程はますます世界の希望に繋がるかも知れない。

 

指揮者のグスターボ・ドゥダメルもエル・システマで育った。2004年のバンベルグにおける第1回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝して以来、国際的な舞台で活躍(2007/ヴァチカン ローマ教皇ベネディクト16世80歳記念コンサートのドヴォルザーク。2010/ベルリンフィル、ジルヴェスター・コンサートなど)。

ところで本日、月刊されている新潟県医師会報が届きました。樹下美術館が表紙を飾っていました。とても感激し、投稿者のU先生には感謝でいっぱいです。明日写真を載せたいと思います。

あっという間の半日 宇喜世の茶会と戸野目の保阪邸

2011年11月28日(月曜日)

昨日は二日続きの穏やかな一日。昼過ぎに髙田仲町・宇喜世(うきよ)であった越後城下町髙田茶会に行った。大先輩の薄茶席と先輩奥様の濃茶席に座らせていただいた。

 

薄茶席の待合、本席とも掛け物は良寛の賛だった。懐かしいお茶碗は相馬御風が筆を執った若き日の荒川豊蔵の志野。水指の浜田庄司は薄青色を漂わせ昨日の空を写す趣だった。

 

お濃茶席の花入れは金森宗和の竹一重切で重厚。オトコヨウゾメの照り葉とつつましやかな白椿の蕾が生けられ、秋冬の移ろいを現していた。オトコヨウゾメは樹下美術館隣接の庭にもあり、嬉しかった。

 

飾り障子宇喜世待合の丸枠飾り障子

 

待合別室で長瀬幸夫氏による齋藤三郎作品のコレクションが展示されていた。代表作が網羅され長瀬氏にもお会いでき、熱意に感銘を受けた。和ガラスのコレクション図録も見たが、華やかさと親しさに目を奪われた。

 

秋の午後は早い。公開中の戸野目の旧保阪邸も急いでお訪ねした。観光バスが来ていて大変賑わっていた。頸城一の大地主の建物と庭は壮大で豪奢、時代の意気と文化が濃縮されていた。音楽が流れ、コーヒー、御抹茶のもてなしもあった。

 

和風シャンデリア旧保阪邸:怡顔亭(いがんてい)の和風シャンデリア

温室
ほっとするお宅前庭の温室

 

今秋最後の週末の半日は濃厚で、あっという間に過ぎた。

赤いバイク 映画「サイドウェイ(Sideways)」

2011年11月26日(土曜日)

赤いバイク

通りかかった小学校時代の同級生の家の前に小さな赤いバイク。
イチョウの落葉と似合っていた。

 

 
映画「サイドウェイ(Sideways)」の日本版予告

先日一緒に食事をした旧友から是非観てといってビデオ「サイドウェイ:Sideways」が届いていた。我が家にはデッキがないので午後から電気スーパーで鑑賞用を一台買った。一万円でおつりが来た。

映画は二年前に離婚しワインに目がない男と、一週間後に結婚を控えながらまだ女に目がない男がカリフォルニアを旅する物語。
悲しさと滑稽さを織り交ぜて希望の味を残して終わった。2004年制作の映画はアカデミー脚本賞とゴールデングローブ賞を受賞して非常に評判だったという。

有名な映画のようだが私はもちろん初めて。ワイン好きの特別な幸福を羨ましく思ったが、あんなに飲んで体をこわさないか心配にもなった。

 

ところで父は昭和30年前後から葡萄作りに夢中になった。巨峰と沢山粒がなるデラウエア(だったと思う)を育てた。特に巨峰には傍目にも痛々しいほど心身を費やしていた。

剪定、肥やし作り、施肥、水遣り、受粉、袋掛け、、、。長靴を履き小さな畑で葡萄と格闘する父は別人だった。
まだ果物店になかった巨峰を数粒から真剣に収穫し、糖度を測り計量していた。大きな房が獲れると友人たちの家を回って配った。

もう一つの葡萄はジュースにされたが、冬になるとワイン風になった。

高尾と月影 そして雅楽

2011年11月24日(木曜日)

20年近く前に旧牧村(現上越市牧区)の診療所へお茶に呼ばれた。山中にかかるお宅で、自然を大切に暮らされるご夫婦のお話を聞き、奥様から茶のお点前を受けた。

 

その帰り道、山道を走ろうということになった。道すがら風情ある二つの地名に出会った。一つは「高尾」もう一つは「月影」だった。

 

高尾といえば江戸吉原で代々継がれた名だたる花魁・太夫の名であり、落語でも知られる。江戸中期、高尾太夫は遊蕩の姫路藩主・榊原政岑(まさみね)に身請けされる。しかし破天荒な政岑は幕府から隠居を命じられ息子の政永が家督を継ぐ。同時に親子はともども越後髙田藩への転封を命ぜられるのだった。

 

江戸吉原から温暖な姫路へ、さらに雪の越後へ。高尾たちは髙田で飢饉や大地震の洗礼も受けたというが、政岑は発起し開墾や産業振興に尽くしたらしい。後年夫に先立たれると高尾は江戸へ戻って出家したという。

 

さて牧村山中の高尾は小高くやや開けた所にあった。もしかしたら美しい側室はかってここへ月でも見に来たのか。高尾の余りの美しさに、まさか人々は地名まで変えてしまったのではあるまい。脇へ入ると小さな学校跡に可愛いグラウンドがぽつんと残されていた。高尾は良い地名だった。

 

月影雅楽月影雅楽(新潟県内各地の伝統芸能より)
 子どもならではの演奏と感動

 

山道を浦川原に向かって下る途中、右手の窪地に小さな学校(跡?)があった。校札は「月影小学校」。優雅な名に驚いた。この山中に月影とは?いいしれぬ旅情に包まれた。

 

何年か経って、浦川原村岩室の高台にある芸術家村のような一角で催しがあった。戸外にフランスパンを使った軽くてお洒落な食べ物が用意されていた。一帯から遠く日本海が眺められ、東京の建築家や芸術家たちの別荘・仕事場があった。

 

その日、烏帽子と伝統装束に身を包み、雅楽を演奏したのは月影小学校の児童たちだった。月影に子どもの雅楽!おごそかさと晴れやかさ、思いつけもない鄙の品格に打たれた。一体何がどうなっているのか分からなかったが、感動して涙が止まらなかった。

 

今後上越市は新たに舞も加えて月影雅楽をいっそう丁重に保護すべきだろう。このほか地域で子どもたちがかかわる伝統芸能や行事などもしっかり選んで保護してもらいたい。地域おこしなどではなく上越市の品格のために。

 

本日手にした月刊JACK LANDに月影雅楽が出ていた。月影小学校の廃校によって大人中心になったようだが、是非とも子供たちを沢山入れてもらいたい。月影雅楽の神髄は子どもたちの晴れやかな純粋さであり、それが感動を誘うにちがいない。

長い執筆の始まり 気になっていた建物を見に。

2011年11月24日(木曜日)

勤労感謝の日の日中、寝たり起きたりして体を休めた。

ところで来年から新潟市のある文化団体の機関誌に記事を書くことになっている。当ノートをご覧になっていたと仰って、7月に編集者ご夫妻がわざわざ樹下美術館をお尋ね下さった。

 

機関誌は月刊で新潟市、長岡市、県央の県内を中心に長野県ほか一部四国などの県外を含めて2000人ほど読者がいるとお聞きした。

 

樹下美術館にまつわることなどを毎月3-5ページで、少なくとも二年間をということだった。かなりタフだが全くもって光栄な話であろう。写真を多く入れてというお話で幾分気を楽にしてお引き受けをしていた。

 

初回となる来年一月号の締め切りが忍び寄るように近づいていて本日少々慌てて書き始めた。

 

小屋

 

夕刻になって美術館のカフェに寄り、先日書いた小さな建物を見に行った。案の定寂しい所にあった。工場敷地と思われる場所でフェンスに囲まれていた。

 

一帯は昔から茅が茂り、その間を小さな川が流れているはずだった。それで建物のことを川に沿ったポンプ小屋かな、と勝手に思っていた。

 

こちらから見ると向こうに前回写真を撮った国道に沿って建物が見える。小屋の手前はやはり茅場のようで広く刈られていた。近づくと一羽の鷺がゆっくり横切った。

 

寂しい場所に孤立するものには引力がある。ある種秘密のように単純に人を惹きつける。今夕何かが分かったわけではなかったが、裏側から小屋を見ることが出来てほっとした。 

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