やっと夏

2009年8月14日(金曜日)

 今日、やっと夏らしいお天気になって、山に赤ちゃんのような入道雲。予報もお天気マークが続いている。樹下美術館にも遠くのナンバーのお客様が見えていました。 

 

近所の鵜の浜温泉の海が海水浴の人で華やいでいる。丘の上からみるととてもきれいだ。

 

待ちに待ったお天気、賑わう鵜の浜。

不思議な夏ですが

2009年8月12日(水曜日)

 暑中も残暑もなく夏は過ぎています。


 明日こそは晴れるようにと願っても、当日は曇りに雨。それが毎日、、、で、とうとう上越はお盆を向かえます。


  


 地震や水害の被災地の方々には心からお見舞い申し上げます。


 また日頃のご来館や拙いブログのお目もじに深く感謝申し上げます。


 



落書きです、申し分けありません。



 娘が来ていて、以前にもらったタッチペンによるお絵かきソフトを起動させてみました。いまだ苦手なパソコンですが、このようなソフトに触れてみて(上図)あらためてコンピュータの進化に驚きました。




 


  夜中にマントヴァーニー楽団のシャルメーヌが聞こえてきました。1950年代、上越出身の亡きピアニスト飯吉馨さんにジャズ・ポピュラーへの道を決心させた曲だと、ご本人に聞いたことがあります。


 


 今日こそはちゃんと晴れますように(8月12日深夜)。


 


松雲山荘の初秋、そして別れがたき佐伯祐三展

2009年8月9日(日曜日)

午後の時間、前回に続いて二度目の佐伯祐三展を見に新潟へ。途中の柏崎では木村茶道美術館へ寄った。美術館がある松雲山荘のもみじが色づき始めていた。

美術館茶室の床(とこ)には玉船の「雪」ひと文字のお軸。床の花は黄ツリフネソウ、レンゲショウマなど5種が夏を惜しんで生けられていた。座って李朝(りちょう)あみがさの主茶碗(おもじゃわん)で飲ませて頂いた。迫力の茶碗は見どころが多くて、心に残った。

妻は道入の茶碗で飲んだ。替茶碗(かえじゃわん)が道入とは驚くべきことだが、ここは一貫して貴重な実物で広く茶を呈する姿勢を続けている。

※玉舟(ぎょくせん):17世紀の臨済宗大徳寺派の禅僧。同寺第185世住持。

※道入(どうにゅう):軽く柔らかい楽茶碗は利休によって重んじられるようになった。楽茶碗は初代楽吉左衛門(長次郎)から15代継承され今日に至っている。3代道入は特に人気が高い。

何かと時間が足りない常で、新潟市の佐伯祐三展は立ち話をする程度しか見られなかった。もう一度別れを告げに行ってみたい。

素晴らしい生け垣 心こもったお手前
朱欄干 色づきはじめたもみじ
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茶室に向かう階段と彫像 手水鉢(ちょうずばち)

カフェの本を追加しました

2009年8月7日(金曜日)

 樹下美術館カフェに新たに以下の13冊の本を追加いたしました

 

「少年民藝館」  「福縁随處の人びと」  「良寛入門 墨スペシャル第6号」  「レオナルド・ダビンチ」  「生きてることを楽しんで」  「没後50年 松本竣介」  「Bora Bora」  「アールデコ様式 朝香の宮がみたパリ」  「黒田辰秋 木工芸の匠」  「日本の美術館名品展」  「虹の館」  「没後80年記念 佐伯祐三展」  「世界の名画1000の偉業」

 

 何気なくページをめくる方、ドサッとおいてゆっくりご覧になる方、ただ置くだけの方etc,,,。カフェのお茶と本はよく似合っていますね。

 

どうかごゆっくりお過ごし下さい。

 

 

新潟県立大潟水と森公園

2009年8月6日(木曜日)

梅雨開けと知らされてもお天気は今いち。夏のエンジンが掛からず、入道雲はいつ立つのでしょう。ひとまず近くにある今日の新潟県立大潟水と森公園です。

メイン駐車場。特殊な仕掛けで、ほどよく草が生えています。

広大な敷地に数カ所あるあずま屋。

コシアキトンボ。名前の由来は腰が白く空いているように見えるということです。他のトンボとのバトルに忙しい性格のようですが、ひと休みをしていました。
モノクロームでおしゃれな外観。

この場所へ立つと、よく白サギが横切ります。

 

 

※当公園のホスピタリティーは高く、虫・蜂・蛇毒に対するポイズンリムーバー、熱中症への冷却水、さらにAEDも配備されているようです。下の写真は多様な路面に対応できる車いす(公園ホームページから)。

蝶のカップルと燕

2009年8月2日(日曜日)

 あまりの長雨で稲作が心配される。気象庁もつらいところだろう。こうなれば、梅雨が開けたらぜひ毎日カッカッと照ってほしい。

 

 そんな梅雨空のもとでツバメたちが元気だ。先日「帰るつばめは」で水田のツバメを書かせて頂いた。いくつか興味深い事があったので今日も見に行った。

 

 何気なくレンズを向けているとファインダーにアゲハ蝶?のカップルが入ってきた。そこへサッとツバメの影。あわや捕食、と思ったが大丈夫だった。そもそも蝶は大きすぎて燕は相手にしていないのかもしれない。

 

 今日は蝶になりました。しかしツバメにはかなりの独特さがありそうなので、また機会がありましたら書いてみたいと思います。

 

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3 4
   
5 さよならー 6 もう一回
   

ついに新型インフルエンザ

2009年8月1日(土曜日)

 今週初め、私の診療所で大きな出来事がありました。新型インフルエンザの経験でした。これが過日記述したフェーズ6なのかとやや奇妙な感じでした。掲載を迷いましたが、今後に向けて少々のことを綴ることにしました。

 

 下の写真は診療所に続く古い自宅居間です。ここは廊下同然、ある種空き部屋になっていました。少し前に部屋を片づけて、ティッシュ、医療用ゴム手、アルコールジェル、聴診器などを置きました。新型インフルエンザが疑われる患者さんに備えるためでした。

 

 

 

 7月27日月曜日午後、診療所の受付で「39度1分です」というスタッフ同士の会話が聞こえました。気になりましたので、「待合室は止めて、マスクと手の消毒をしてもらって」と話しました。関東から旅行中の児童と付き添いさんです。待合室には4、5人の一般の方がおられました。

 

 すぐに看護師が二人を外から写真の居間へ誘導しました。ここで鼻腔から採取した児童のサンプルが迅速診断キットでA型陽性でした。新型インフルエンザが濃厚です。その後、保健所とのやりとりで、児童の自宅で姉が新型に感染していることがわかった、と知らされました。

 

 翌日、保健所員がPCR法(確定診断)のサンプル採取用具を持参しました。写真の部屋で付き添いの方ほか4人を対象に鼻腔からサンプリングをしました。7月29日、発熱の児だけがPCR陽性、新型インフルエンザ確定と知らされました。

 

 マスクや手袋で対応した私たちスタッフは濃厚接触者とみなされないということでした。またその後の異常もありませんでした。

 

 振り返れば医療機関の対応について、公式な通知が次々と変わった時期でした。正直、診療は漠然とした戸惑いを否めませんでした。また居間での診察の適否も課題でしょう。簡単ながら以下のような感想をまとめてみました。

 

①新型インフルエンザはやはり身近にあった。

②新型インフルエンザは夏でも油断できない。

③夏休み中のサーベイランス(届け出・監視)は別途の考慮が必要かも知れない。

④夏休み後、学校を中心に急速な拡大の懸念がある。

⑤日常の予防(清潔習慣、カゼのマスク着用など)はずっと続けたい

 

 

この度の対応はやや事大だったかもしれませんが、以下のことを意識しました。

「ウイルスはまだ若く、強毒化や通年性(夏型?)など今後、思わぬ変異を否定できない。感染が増えれば変異機会も増え、そして死亡者も。この一点で、当面はほかの疾患よりやや厳格な扱いが求められるのではないか」という意識でした。

 

 話題が美術館から離れてしまって、申し分けありません。お互いが意識を維持して、なんとか新型インフルエンザを乗り越えましょう。落ち着くまで数年はかかるとも言われています。

帰るつばめは

2009年7月30日(木曜日)

♪  帰るつばめは 木の葉のお船ネ 波にゆられりゃ
  お船はゆれるネ サゆれるネ

♪ 船がゆれれば つばめもゆれるネ つばめ帰るにゃ
 お国が遠いネ サ遠いネ

♪ 遠いお国へ 帆のないお船ネ 波にゆられて 
 つばめは帰るネ サ帰るネ

 

 古い童謡「木の葉のお船」は一番だけのうろ覚え。小学校低学年で習ったようでもあり、姉から教わったのかもしれない。

 

 あの元気な鳥が、木の葉に乗って海を渡るとは、なんて可哀想なんだろう。ツバメのことを、そう思って歌った。

 

 本日午前に、高熱のお年寄りの点滴をしに往った。帰り道、今時めずらしく沢山ツバメがいる所があった。急いで昼食をして見に行った。

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空中の給餌は素早い。

 

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道路に佇む子ツバメ。親たちが寄ってきては飛べ!と言っているようだった。
10分ほどで勢いよく飛び立った。

秋には東南アジアへの飛翔が待っている。親たちも必死の様子だ。

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近年ツバメは増えていないだろうか。

電線を下からミ、ソ、ド、ミ、にすると元気な歌が聞こえそう。

佐伯祐三の時間

2009年7月26日(日曜日)

 長梅雨は風情を越えている。そんな折り、三人の老親に忙殺される妻に声を掛けて、新潟市で「没後80年記念 佐伯祐三展」を見てきた。展示には初公開作品が含まれていた。

 

若き祐三は、才能と情熱に加えて結核の病を授けられていた。画家に残された時間はどれほど貴重だったことだろう。毎日死を意識したという生涯。狂おしげな筆はセンスに溢れ、最後まで街と人を愛おしむ風だった。

 

展示は自画像、船、人形、通り、店、街の文字、郵便配達夫、そして黄色いレストラン、ロシアの少女など自作だけで100点。30才の短い命と引き替えに生みだされた作品は自身(人間)を問い、答えの示唆を放っているようにも感じた。

 

 

 新潟への往復250キロ、久しぶりに妻とたわいない話を沢山した。車中、遠くの花火を見ながら、もう一回見ようと言って帰ってきた。

 

 作品が良くて、大きな展覧会でしたが疲れませんでした。充実の図録を明日カフェに置きたいと思います。
没後80年記念 佐伯祐三展】:8月30日まで新潟県立万代島美術館・10時~18時まで。   ※金曜日は20時まで開館。

 

芝居「とんでもない女」と歌「幸せがいっぱい」

2009年7月23日(木曜日)

 今夕、上越文化会館で芝居「とんでもない女」を観た。下條アトム、川島なお美、吉田羊の役者さんによる渾身の舞台だった。

 

 お恥ずかしいことに、10年余も前、地域の芝居に携わったことがあった。稽古のおよそ半年間、あまりに大変で、死にそうだと何度か妻に漏らした。それで今日の芝居の2時間、一貫したテンションに驚かされた。劇中、日常の所作から、芝居の中のお芝居までプロの力量を目の当たりに出来て本当に楽しめた。特に川島さんは台詞も動きも自然で、姿が良く、声が通って、ほれぼれさせられた。

 

 音響でも感動があった。最後の暗転で流れた歌に、胸を熱くさせられた。クラウディア・カルディナーレの古い映画「鞄を持った女」の主題歌だった。ずーと昔45年以上も前、学生だった私の回りで小さな事件がいくつか重なった。悲しい気持ちが続いているさ中、なにかとラジオから聞こえた歌だ。

 

 「幸せがいっぱい」、、、帰りに曲名を思い出した。哀愁の曲調は”幸せと悲しみの切ない狭間”を感じさせる。ギターが付いてシャンソン風にリメークされていた。突然いい音で響いて懐かしかった。

 

沢山楽しめた良いお芝居を有り難うございました。

子ども時代の日食

2009年7月22日(水曜日)

  今日は日食の日。国内の主要な観測地では雨に見舞われた所もあったようだ。40数年ぶりと知らされていたが、その前、私が小学校の時にもかなりの日食があった。昭和23年5月ということなので、小学校に入ったばかりの頃になる。

 

 学校で先生がローソクでガラス片にススを付けた。これで太陽を観る練習をしたように思う。そして本番は家の畑だった。日食当日は日曜日だったらしい。

 

 家には父が使う顕微鏡用のスライドグラスがあったのでそれを使った。いざ始まるとこすったり触ったりで、たちまちススが取れた。ススを付け直し、あちこち汚しながら楽しくもあっという間に終わってしまった。

 

 空腹で元気の乏しい毎日のなかで、日食は異様に盛り上がったと思う。満ち欠けよりも、真っ黒なガラスで見える濃い太陽が感動的だった。

 

Photo

拙絵です。大抵のことは姉がリードしました。

 

それでも海は

2009年7月20日(月曜日)

 三連休は好天ではなかった。それでも近隣の海は賑わい始めている。

 

 

 

   

待ちきれないサンドバギー

 

   

バギーがほじり出したシーグラス

 

大切な夏

※いずれも今夕刻の散歩からでした。

海辺に玉虫

2009年7月19日(日曜日)

 午後上越市大潟区のホールで卯の花音楽祭を聞いた。とても堪能した。ごく身近に生の音楽があることは幸せだ。

 

 終えて一時間ほど海を歩いた。波打ち際の濡れた砂利の中に玉虫がいて驚いた。玉虫は最近では珍しい。それにしても樹木の生き物がなぜ海なのだろう。彼(彼女)は時々もぞもぞとするだけで弱っているように見えた。

 

 今日は一日中、強い西風(海からの風)が吹いた。どこか西の陸地で川に落ち、海へ出て吹かれてここに上がったのか?とても不思議に感じた。念のため家で水道水を掛けて洗ってみた。写真を撮って庭に放すと羽音をたてて飛んだ。ブーンという羽音が意外と強かった。

 

草の葉に止まったが夜は雨。どうしただろうか。

 

   

玉虫の何故にここなの渚なの

残念

2009年7月18日(土曜日)

 二日目のターンベリー、後半で石川遼の溌剌さが消えた。こんなに早く終わるとは。気になったのはひどく降り始めた最初のグリーンだった。終始傘を差さずに激しい雨に濡れるに任せていた石川。なぜだろう。

 

 ずぶ濡れの体に吹き付ける寒風。真冬の荒天にゴルフをするような身体環境になっていったに違いない。もっと体をいたわればよかったのに。

 

 タイガーも可哀想だった。かってないカメラやマイクの大集団が執拗に前後を襲う。紳士の静謐な競技であるゴルフの限界を超えていたに違いない。

 

 成長と犠牲。残念だったが、英国で石川選手が学んだものは大きかったと思う。どんなことでもいい、タイガーに手紙を書いてみたらどうだろう。

 

二人が去ったターンベリー       

 

石川遼!

2009年7月16日(木曜日)

 

 全英オープン初日、何と素晴らしい石川遼!

 5Birdies 2under、素晴らしい。

出来れば最後まで頑張って。

 

低い雲 入り江を行く小舟 そして草地

遠いあこがれ   スコットランド

 

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