春の田

2008年5月12日(月曜日)

 樹下美術館の南側で春の農作業が進んでいます。
植え終えた田は瑞々しい生気があふれ、しろ掻き中の田には、虫を求めて様々な鳥たちが飛来しています。
初めて分かったのですが、ツバメは一定の風向きがある場所では、おもに風上に向かう時に多く捕食していることが観察されました。
つまり風上へはホバリングなど様々な変化をつけて捕食しながら飛び、田の端で反転するとあまり捕食動作をせず一気に風下に向かうことを繰り返していました。
とても賢そうに見えました。

 

風上へ向かうツバメ

 

風上へ向かうツバメ

 

風下へ向かうツバメ

 

一年前のこの時期、樹下美術館はまだ一部工事中でした

東京芸術大学卒業記念・山下徳子SPRINGコンサート

2008年4月23日(水曜日)

 去る4月20日日曜日の夕刻、若く美しきソプラノ声楽家山下徳子さんのコンサートが大潟区コミュニティプラザでありました。今春東京芸術大學を卒業された山下さんは新装なったホールで同期のピアニスト辻田祐希さん、ヴァイオリニスト千葉さくらさんとともに立たれ、超満員のお客さんを感動させました。
私が好きな「ジャンニ・スキッキ~私のお父さん」は心に染みました。またフランス語による「きらきら星変奏曲」では最高音域の見事な発声でホールを振るわせ、素晴らしかったです。
 ところで演奏会で特筆すべきは、企画運営で大潟区ジュニアリーダークラブのOBたちが大きな役割を担っていた点ではないでしょうか。同クラブは子ども会の延長線上にあり、小学校高学年から中高生までの活動組織です。演奏者山下さんご自身もかってクラブに所属し活動されたそうです。良き助言者たちのもと、若者たちの脈々たる活動が生きて実を結んでいることはとても意義があると思いました。巣立つ者、残る者、それぞれ人を育てる環境こそ真の地域力にちがいありません。山下徳子さん、大潟区ジュニアリーダークラブのみなさんにもう一度拍手です。

 

仙台で高野長英の絵に出会う

2008年4月14日(月曜日)

 先週末、身内の法要で仙台に出かけました。13日午後に仙台市博物館を訪ね、伊達家の文書・武具、支倉常長などの資料を見ました。そのおり館内の片隅で仙台支藩水沢出身の高野長英の絵を見つけました。渡辺崋山らとの「蛮社の獄」(天保10年・1839年)で入牢4年余。さらに脱獄後6年余りの苛烈な逃避行の開国論者・医師長英。事件以前の作でしょうか、なんとも愛くるしい目をした猫の絵でした。館員のお許しを得て撮影させて頂きました。
 ところで長英は脱獄した最初の年に群馬県から清水峠を越えて新潟県に入ります。塩沢、松代などを経由、夏に直江津今町(現上越市)へ逃れました。そこで高名な和算家小林百哺の助けを借りて大肝煎(おおきもいり)・福永七兵衛の家にかくまわれます。前後して幕府の飛脚が到来し長英の手配書と人相書が藩下に配布されました。一帯はにわかに緊迫します。たたみかけるように早飛脚が再来し、携えた書面には「高田在杉田玄作と申す医生有之、兼而お尋ねの高野長英と別懇の由如何、厳重取調可申事」とありました。
 長英の立ち回り先として名ざしされた玄作とは文政元年(1818年)生まれの筆者の曾々祖父です。玄作は長崎と江戸で蘭学を学び当地・高田藩主榊原政敬(まさたか)より証を与えられた医師でした。長英と面識があった可能性があり、長英が訳したオランダの産科書「産科提要」を筆写し、所有していたなどから強い嫌疑がかかったと考えられます。数日間入牢のうえ厳しい取り調べを経て恩師の援護もあり玄作は釈放されました。一方長英はその後密かに舟で出雲崎へと逃れます。以後、捕らえられて亡くなるまでの6年間、さらに厳しい逃避行が続くことになります。
 ところで長英が養子として入った高野家は上越市・春日山城から米沢に移封された上杉家に仕えた武将の家柄であり、川中島の戦いでは謙信のもとで武勲を立てた名家ということです。またこのたび博物館の庭でかつて仙台に学んだ魯迅の胸像を見ました。魯迅は上越市出身の第3回芥川賞作家・小田獄夫の重要な研究対象です。ヒガンザクラ満開の仙台で長英、謙信、魯迅、小田、それに不肖筆者の祖先などわが上越市に縁ある先人たちと眼と心の出会いができて、胸いっぱいでした。
 ちなみに玄作の二女トヨは「夏は来ぬ」の作曲者小山作之助の母です。上越市大潟区にある作之助の墓は立派ですが、玄作のは人がつまずくほど小さなものです。
(参照:「長英逃亡」吉村昭著 毎日新聞社1997年7月5日発行、「大潟町史」大潟町 昭和63年5月30日発行)

 

08041401

仙台のヒガンザクラ

 

高野長英の絵

 

魯迅胸像

 

長英逃亡

クリスマスローズ

2008年4月1日(火曜日)

 解放させて頂いてる隣接の自宅庭でクリスマスローズが賑やかです。4月後半まで持ちそうです。花ごよみとして間もなくヒトリシズカとスミレ類、ミヤコワスレが頑張り4月20日頃にヤマザクラでしょうか。さらにシャクヤク類、そして一周年の6月前後からアジサイ・ウツギ類、ユリ、ヤマボウシ、ナツツバキの予定です。うまく咲くといいのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

太田先生、有り難うございました

2008年3月19日(水曜日)

 去る3月15日午後、上越教育大学で今期をもって退官される太田將勝教授(東洋芸術史,美術教育学,美術館教育)の盛大な最終講義を聴講しました。
 講義では、ご自分の道程とその過程で影響を受けた主要な美術評論家について著書を示して概説されました。小生には難解な部分もありましたが最後に「争わないこと、比べないこと」と述べられ、美しい孔雀明王のスライドで終了されました。「自らと他者との幸福に貢献する美術(造形)」への深い理解と謙遜の徳を備えられた先生らしい良い講義だったと思います。夕刻の賑やかなお別れ会も多彩な顔ぶれで始まり、席が先生のお隣りで大変光栄でした。
 美術の詳細もさることながら先生にはそのたたずまいを通して人のありようを一貫して教えられました。貴重な教養人を失うことはとても残念ですが、多くの人が受けた薫陶を少しでも当地に生かすことで希望に繋げるほかありません。この先、穏やかな東風の日に仙台から発せられる先生のかすかな香を嗅ぎ分けてみたいと思っています。恥ずかしがり屋さんの先生、本当に有り難うございました。

 

 ○太田將勝:東京都銀座生まれ。東北大学大学院卒業。和歌山県立近代美術館主事学芸員、富山県立近代美術館主事学芸員、岡山大学助教授、上越教育大学教授などを歴任。

 

最終講義

 

孔雀明王像(東京国立博物館)

嬉しい訪れ

2008年3月14日(金曜日)

 3月半ばに入ってようやく春の訪れを感じます。隣接の庭で大小30株のクリスマスローズが少しずつ咲きはじめ、南側の土手にふきのとうが顔を出しました。
  ところで去る暖かな午後、駐車場にタクシーが止まっていました。庭を見るとご高齢の婦人が右手に杖を、左手を中年の女性に引かれてゆっくり歩いておられました。婦人は2回目の来訪と述べられ、手を貸していたのは制服姿のタクシーの運転手さんでした。お二人は館内を回ってからカフェに下りて行かれました。この方とは相性が合います、と嬉しそうに運転手さんと並んでミルクティーを飲まれる婦人は93才ということでした。ショートめの白髪に優しいなまなざし、花にもまさる嬉しいお訪ねでした。

 

 

やぶつばき

2008年3月1日(土曜日)

Pic01

展示日2008年3月1日~5月
水彩・2001年春作・36,5×51,5㎝

カモメと浜小屋

2008年2月18日(月曜日)

季節風が少し緩んだ雪の日に小屋を訪ねました。海にカモメが飛び、浜はうっすらと白化粧がほどこされ心静まる風景でした。

ほの暗い雪の海にシャープなオオセグロカモメ。
くちばしの僅かな黄色もおしゃれでした。

荒海にカモメが遊ぶ浜辺には ただ小屋のあり雪の降るまま     

倉石作品「M夫人像」の背景人物について分かったこと

2008年2月12日(火曜日)

1985年10月9日新潟日報の新聞記事から。

 

 当ホームページ2月6日掲載の作品紹介で倉石隆の作品「M夫人像」にコメントさせていただきました。そこで背景に掲げられた男性の肖像を「ドストエフスキーかもしれません」と記しました。
 これまで当肖像には深い意味が込められていると考えていましたが、不勉強のせいでそれが誰なのか実は謎でした。しかし昨日、たまたま倉石氏が残されたスクラップブックの中に当人物を言及した新聞記事が見つかりました。
 記事は1985年9月東京銀座・美術ジャーナル画廊における倉石氏の個展を紹介した新潟日報のもの。文中M婦人像の背景人物を画家ブリューゲルと記してありました。
 不勉強ながら当館長はブリューゲルについて「あたかも神のような視点で昆虫を観る如く人間を俯瞰した画家」という感想を持っていました。あらためてM婦人像を見ますと、ブリューゲルの旁らで婦人と作者が強い視線で見つめあっています。見る者は見られそれもまた見られている…。あなたと私と神的な存在の三角関係が象徴的に表現されたより厳しい絵ではないかと感じました。
 個展が紹介されて2年後、倉石は脳梗塞で失語症と右半身の完全麻痺に陥ります。あまりに過酷な運命ではないでしょうか。

 本末尾に記事「物語性を与えた絵画」のコピーを掲載致しました。折り挟んで一面がスクラップブックに残されていました。他の記事も読みましたが当時の新潟日報の学芸充実に驚かされました。

 

倉石の個展を紹介した新潟日報

風雪に耐える

2008年1月25日(金曜日)

季節風猛る過酷な浜を訪ねました。
一見カモメはクールでしたが、風上への帰路は辛そうで、大きく反転してしまうこともありました。 榎(えのき)の辛抱は見事なばかり、しばし足を止めました。
沿岸に雪はほとんど無く、例の小屋も元気でした。もう一月あまりで美術館は再開です。

 

 

 

正月三ヶ日目

2008年1月4日(金曜日)

美術館は現在冬季休館ですが、ただ今周囲の積雪は10cmほどの小雪です。時折陽が差した1月3日昼、あたりを歩きました

 

踊り子草の道

春の開花が待たれます。

 

カフェの雪止め

ここに雪が集まりますので木枠を設えてます。

 

クリスマスローズ

隣接の庭で花たちの声が聞こえそうです。

 

かすり模様

稲刈り後の雪の田。粋な紋様に見えました。

あけましておめでとうございます

2008年1月1日(火曜日)

旧年中のお訪ね、まことに有り難うございました。
今年もどうか宜しくお願い申し上げます。

 

ただ今降雪に備えて2月末日まで冬季休館をさせて頂いております。
なお休館中に、ウェブにおいて3月1日から展示予定の齋藤三郎、倉石隆両氏の作品の一部、および館長の拙い植物水彩画数点を掲載させて頂く予定です。

 

年末へ -クリスマスリース-

2007年12月18日(火曜日)

妻がリースを館内のコンソールテーブルに飾りました。

 

お知らせとお詫び

2007年12月17日(月曜日)

6月の開館からあっという間の7ヶ月、今年もわずかとなりました。
皆様には本当にお世話になりました。
なお冬季の休館はこれまで当ホームページで12月28日からとなっておりましたが、12月29日からと訂正させて頂きます。
また今月のゆかりを年内に更新せず深くお詫び申し上げます。来年3月1日の展示替えに合わせて更新致したく存じます。
スタッフに飾って頂いたクリスマスイルミネーションを掲載しました。

 

晩秋 洗われる風景

2007年11月25日(日曜日)

暖かかった秋。11月下旬になってようやく荒れがちな日本海沿岸の気象が始まりました。去る休日午後の晴れ間、気に入っている近くの浜小屋を見に行きました。荒涼たる風景は静謐で、大いなる受容をもって風雪に清められているかの如くでした。つかの間の好天、沖の佐渡汽船が急いで遠ざかりました。雪が降ったらまた小屋を訪ねてみたいと思います。

 

 

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