何で年ゃとろろ
昼、三泊のショートステイを終える母を迎えに板倉さくら園へ。車で40分ほどの距離だが、母が昔話をするのにちょうど良い時間だ。老人に元気を出してもらうには話をさせるのがまず一番だろう。たいてい初めての振りをして同じ話を聞いているが、最近は多少リードが必要になってきた。
下界は猛暑、空に涼しげな昼の月。
昔話:何で年ゃとろろ
母喜代は7才の時に台風の事故で父を亡くしている。祖母ヤイは行商に出て身を粉にして一家を支えた。乳離れしたばかりの弟の子守はもっぱら小学生の喜代の仕事だった。
学校へは弟をおぶって通った。同じような生徒が6,7人いた。用務員さんの娘さんが子どもたちの世話をしてくれた。お昼は子どもたちの部屋で弟と一緒に食べた。たまに子守のない日があって、皆と食べるのが嬉しかった。お世話の娘さんは優しかった。
通っていた佐賀県内・古枝(ふるえだ)小学校のお弁当時間には良い習慣があった。昼食中に生徒が順に教壇に立って、家の話や一口話をすることになっていた。
ある日、恥ずかしがり屋のおよしさんの番のこと。「昨日、うちのバーちゃんが“何で年ゃとろろ”言いました」、と話したという。どうして年を取るのか、という老人の嘆きたが、「とろろ」が可笑しくて子どもたちは大笑いをしたらしい。
喜代に家族のハンディはあったが、囃されることもいじめられることもなかったという。
板倉、そして増村朴斎記念館

今日の熱い昼、樹下美術館でトーストを食べて所用の妙高市へ行った。用事の後、母が三泊のショートでお世話になっている板倉さくら園を訪ねた。
まあまあの母を明日迎えに来ることにして、気になっている近くの増村朴齋記念館に寄った。しかし施錠がされて入場は叶わなかった。予め電話が必要なようだった。
ところで、増村朴齋は上越市板倉区に私費で有恒学舎(現・有恒高等学校)を設立した民間の偉人だ。朴斎の父・度弘(のりひろ)に影響を与えたのは高田藩で謹慎した会津藩士・南摩綱紀(なんまつなのり、号:羽峰)だという。また若き會津八一が同学舎の英語教師を勤めていることは有名。
もともとあまり詳しくはなかったが、拙宅に南摩羽峰の屏風と會津八一の短冊がある。また八一の揮毫になる巨大な朴齋碑の前で八一本人と齋藤陶齋が並ぶ写真を齋藤尚明氏からお借りしている。そのようなわけで、一度は訪ねてみたかった。
ゼバスティアン
ゼバスティアンはドイツの若者だ。7年前、彼が高校一年生当時、上越市の頸北ロータリークラブにおける交換留学生として責任者S氏宅を軸に一年間のステイをした。
電車で上越高校へ通い、剣道にも励んだ。高校の担当者に恵まれて日本語を良く覚え、地域と家庭に親しんだ。
私の所では一ヶ月半のステイだった。ある日、ドイツの子どもの遊びと言って、隣の雑木林にネズミ取りのカゴを仕掛けた。一週間も空振りだったが、必ず掛かると通した。後日見事に捕った時は大はしゃぎだった。
大好きな囲碁では負けると床を転げ回ってくやしがったが、すぐに私を負かすようになった。
帰国して2年後、家族5人で当地を訪ねてきた。我が家の訪問の際に拙いテネシーワルツを弾くと、皆でダンスをはじめた。仲の良い家族の情景は眩しかった。

成長した彼。樹下美術館裏の農道で。
それからさらに5年、このたび自国の大学院進学前の休暇で三回目の来日を果たした。昨日午後、樹下美術館を訪ねて熱心に展示を見てくれた。5年前の時、私がここに美術館を建てたいと言ったのを覚えていて驚いた。たくましく成長していたが、優しさは変わりなかった。
今回、夕食は直江津の知人宅でお世話になった。夕陽を見ながら心ゆくまで楽しい夜をすごさせて頂いた。
ホームステイといえば、10年前にはニュージーランドの高校生を3ヶ月ほど預かった。彼は吉川高校へ通って、放課後には剣道に精進した。帰国後、彼も再来日し、ついには日本で日本人と結婚して可愛い子どもにも恵まれている。
二人とも個性的で心ひろやか、時折真っすぐな道徳の芯を見ることがあった。彼らの果敢な交流には平和への一灯として十分な意義がある。また斯く交流は、何かと排他的で硬い政治の下では為し難いものとして写る。若き日の頸北の一年、何かが彼らを惹き付けたにちがいない。
踏まれても 刈られても花 庭石菖
今日は梅雨開けを思わせる一日だった。予報は遅くに雨とも聞いているがどうなるだろう。そしてイギリスでは石川遼が頑張っている。
庭石菖(ニワゼキショウ)。ほぼ実物大、背丈は15㎝くらいでしょうか。
この時期、何年も前から仕事場の草道の決まった場所に顔を出す愛らしい花がある。本日午後、気になって見に行くと一輪だけ咲いていた。
場所は妻が干し物をしに行く通り道であり、年に二三度は草を刈られる。
毎年、草刈りによって絶えたかなと思っていると、梅雨の終わりに顔を出す。多い時には3,4株で6つ7つと花を付ける。アメリカからの帰化植物とあるが、細い茎といいとても可憐だ。
踏まれても 刈られても花 庭石菖 sousi
実況!20分で晩ご飯
夜九時すぎ、少し離れた部屋のテレビから絶え間ない男性の声が漏れてくる。時々妻の笑い声も聞こえるので、行って見た。
NHKの今日の料理だった。目がぎょろりとして愛想顔の料理人がおしゃべりしながら忙しく振る舞っている。タイトルは「実況!20分で晩ごはん。キャベツ混ぜ混ぜぶっかけそうめん」。刻々残り時間を告げられながら、説明に追いつかない手が宙を舞ったりする。
時間で責めて、料理人をイジメているように見えなくもない。しかしジャストでゴマだれ味のソーメンにサラダ、炒め物とデザートが出来た。サッと短時間で作られたためよけい美味しそうに見える。
終わって「あー、疲れた」、「しかし楽しかったー」と、とても正直な講師だった。NHKのこと、特殊な材料も使わず誰にも作れる料理のはず。優れた創意工夫が求められる仕事にちがいない。助手も付けずにさすがだった。
講師は齋藤辰夫氏。パリなど日本大使館料理長の経歴が載っていた。
母の七夕を描いてみた。
七夕の事を母から聞いてから少しずつ情景を想像して筆を動かしていた。母の実家については、4才になった頃の幻のような記憶しかない。昭和21年3月らしい時、旧満州から佐世保に引き揚げて、佐賀県の大村方(現鹿島市古枝大村方)の家に10日ばかり寄っただけだった。
母からはあまりに楽しそうに聞かされたのでイメージだけで描きやすいように描いた。描くことは好きなはずだが、泣きたいくらい稚拙のまま時期もあるので終了とした。塗り残しもあったりして、出来ればもう一度描いてみたい。
話変わって、去る日曜日のゴルフは15位で大波賞(61,53)だった。クッキーや缶ビールなど賞品二つをありがたく頂いて帰った。次回も腕の代わりに靴を磨いて参加しよう。
新潟県立柿崎病院、そして高岡から
今日は上越市柿崎区で新潟県立柿崎病院主催「頸北地方の医療を考える会」に参加した。あまつさえシンポジウムの一番バッターを指名されてかなり緊張した。
同病院のこころざし熱き藤森院長の総合司会のもと、自治医科大学地域医療学センター長・梶井先生の基調講演で開会した。
柿崎病院は明治17年来の歴史があり、地元で長く愛された病院だ。55床の小病院ながら、日ごろ在宅医療を始め呼吸器など色々お世話になっている。
同病院には民間の後援会があったり、地元による心づくしの財政支援システムがあるなど、如何にも地元密着の実績がある。今日不肖私は、同病院の概念を「地域密着医療」から進めて「地域愛着医療」の実践病院と表現させていただいた。
振り返れば、梶井センター長には上越医師会役員の折り、上越地域医療センター病院の医師招聘の相談で何度かおお目に掛かったことがあった。今日は懐かしい先生と、懇親までご一緒させていただいて光栄だった。
「みんなの医療」、「知恵と工夫」、「人生はどこかで鐘が鳴る、しかもその兆しも現れる」、「教えることはできないが、伝えることはできる」、、、。梶井先生の医療と人生のしずくに触れて感銘を受けた。
さらに今日の会で小さきことも良きこと、の実感を得た。あらためて小さな樹下美術館に希望の灯を点させてもらった。
会を終えて帰宅すると、先日、富山県高岡市から来館されたご家族が、今日再び樹下美術館を訪ねて下さったことを知らされた。何ともいえない幸せを感じた。
明日は同業者のゴルフコンペ。腕は磨かずとも靴を磨いて参加しようと思う。
樹下美術館の庭
お声、有り難うございました
館内に置かせて頂いているノートに皆様からのコメントが沢山溜まりました。遅くなりましたが樹下美術館のホームページの「お声」に掲載させて頂きました。
ノートはカフェに多く置かれていますため、お客様のくつろぎの様子が直に伝わって大変有り難く、励みになります。またお名前だけ頂戴した皆様にも心から御礼を申し上げます。
夜になって、一時雨足が強まりました。
朝露で七夕の短冊を書く
今日七夕の日、素晴らしい大潟区の水田(高橋新田から吉崎新田への道から)
今日は七夕。遠い昔に天の川が見える夜もあったような気がするが、近頃はどうなのだろう。何かと母の話で恐縮だが、大正4年生まれの母によく以下のような七夕の話を聞かされた。
その昔、佐賀県の大村方(おおむらがた:現鹿島市古枝大村方)の子どもたちは七夕の朝早く、手に手に盃を持って田んぼへ急いだ。稲に宿る朝露を集めるためだ。盃を稲にこすりつけるようにして皆真剣に集めた。
家に持ち帰った露で墨を刷って短冊に願い事を書いた。前後して山の方から男たちが竹を売りに来た。笹をいっぱい付けた長い竹を束ね、ザーザと地面を引きづりながら歩いて来た。
竹は下の方の笹を払った立派なものだった。間もなく家々に五色の短冊を付けた竹が高々と立つと、村はとてもいい眺めになった。家並は茅葺きだったかもしれない。
これだけの話だが、うっとうしい梅雨空の下さわやかな情景が目に浮かぶ。時代はそれぞれ色々だが、詩情という点で昔は決してあなどれない。
※母たちは稲の露を採った。しかし多くの地域ではサトイモの葉に溜まる露を用たらしい。
梅雨時の花は涼しげ
梅雨どきの美術館隣接の庭。この時期の花は涼しげで可憐だ。どこかはかなげでもあり、この時期ならではの姿だろう。
ところで不思議に思うのは、一般に花は受粉を促すために昆虫の気を惹いていると考えられる。なのに夏涼しげに咲くなどあたかも人の気も惹いてるように見えることだ。
昆虫たちにも花の明暗や色彩・形状から涼しさなどの季節感覚があるのだろうか。花の魅力に関して、昆虫などとヒトの感覚が一致しているようでいつも感心させられる。
いずれにしても花は基本的に昆虫・鳥たちが選ぶことで美しく進化してきた。それでは人間の登場に対応して、自然の側が美や洗練で何かを進化させたことがあったのだろうか。せいぜい犬や猫、それに何種類かの小動物や微生物が近づいてきたくらいで、それも進化といえるかどうか。
※人為的な品種改良は何と呼べばいいのだろう。
昆虫や花に比べて、私たちはまだ新参者にすぎない。しかも複雑かつ強引な参加のため、自然はどう反応していいのか分からないのだろう。それより、乱暴な我々を迎えて「全く困っている」のが自然の本音ではないだろうか。
何か少し恥ずかしくなってきた。
※後半の部分を大幅に追加しました。(7月5日深夜)。
紅白のマツモトセンノウ
足許のカワラナデシコ
賑やかな貴婦人テッポウユリ
自生のホタルブクロ
ワイン「深雪花(みゆきばな)」と齋藤三郎、そして本日
越後上越市が誇る岩の原葡萄園。同園が生産し広く愛されているワインに「深雪花」があります。その印象的なラベルの椿は当館常設展示の陶芸家・齋藤三郎(初代陶齋)氏が描いたものです。
戦前、若き日の三郎は新潟県栃尾を出て関西で近藤悠三、次いで東京時代の富本憲吉に師事しました。独立後の昭和13~15年、縁あってサントリー(株)の創業者・鳥井信治郎氏が宝塚に有した壽山窯(じゅざんがま)で制作活動をしました。
戦後の陶齋は生涯新潟県上越市で作陶します。サントリーとの縁は続き、陶齋没後に誕生したワイン深雪花のラベルに氏の雪椿図が選ばれました。
本日午後、サントリー(株)の副社長・鳥井信吾氏が樹下美術館を訪ねて下さいました。サントリーと直接関係にある岩の原葡萄園が今年創業120周年を迎えています。氏は記念行事などへの出席のため来越され、樹下美術館にお寄りいただいたというわけです。
当館では小さな作品も見逃さず熱心にご覧になり、カフェをご一緒しました。お宅で代々齋藤三郎の作品が大切にされているというお話をとても嬉しく伺いました。

岩の原葡萄園・坂田社長、そしてスタッフとともに水田脇のデッキで
前列中央に鳥井氏
国内外の受賞が続くサントリー。マスターブレンダーの鳥井副社長、このたびは上越の小さな樹下美術館にお寄り頂き有り難うございました。明るくひらけたお人柄に接しスタッフ共々幸せでした。
憧れの地平
昨夜はもしかしたら、と胸躍らせてサッカーの中継を見た。いくつもチャンスはあったが、パラグアイの執拗な圧力に胸がつぶれそうだった。
ゲームは得点のないままPK戦になった。PK戦は悲壮だ。何万人の観衆の前で国の威信を背負って一人で攻撃を受けるキーパー。処刑に近い残酷さを感じた。それがある選手がキックを外した瞬間、残酷さはそのキッカーに飛び移った。
ゲームの運不運は過酷だが、大会を可能にしている平和の有り難みは尽きない。
さてこの度の8強入り。代表チームが憧れの地平を目前にしていたことがサッカー素人の私にも分かった。選手たちに手応えがあったにちがいなく、本当に惜しかった。
新しい地平、見晴らしのいい世界はなんとしても憧れだろう。キックを外した選手のトラウマは深かろうが、変わらぬ憧れが彼を癒していくように思われた。
不肖私には、のんびりした気楽さへの憧れがつのる。印刷所に申し分けないが、明け方まで関わっていた図録の制作を遅らせてもらっている。もう少し丁寧にしてみたいのと体がそう望んでいるようでもあって。しかし諦めたわけではないのでそう遠くならないうちに、と考えている。
チマキと笹餅
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梅雨の盛り、連日頂き物をして恐縮を禁じ得ない。昨日は笹餅、本日はチマキを頂いた。いずれも梅雨時の越後の味覚だ。
ところで一昨日の夕刻から夜にかけて上越一帯も豪雨に見舞われた。移植の穴堀りをしていた庭で、突然放水を浴びせられるような雨にあってずぶ濡れになった。梅雨の終盤、気温の上昇と共に雨は油断できなくなる。
田では、晴れ間をみてあぜ道や農道で草刈りが盛んに行われていた。梅雨が明ければ一帯の水田は生気に溢れ、頸城平野は壮大な美観となることだろう。収穫まであと3ヶ月、無事なお天気であってほしい。
淡路の先輩から鯵、そして西方の人
昨日、学生時代の運動部でお世話になった淡路島の先輩からトツカアジが届けられた。他所のアジとは「まるでレベルが違う」としたためてあった。外見は普通のアジに見えるが名は初めてだった。
送り主のA氏は昭和30年代後半、母校の軟式庭球部を医学部リーグの団体戦で全日本制覇させたエースだった。氏の身体能力と勝負勘は文字通り群を抜いていた。
振り返ると学生時代に交わった西日本(関西・四国・九州・一部東海も)の級友、先輩は私などとは随分違っていた。男っぽく勝ち気、顔立ちも精悍。同じ日本人なのに異国の人の印象さえあった。
「いいか、相手がこう来たらこう行くんや」、部員たちを見回して檄を飛ばすA氏。眼差しには熱さと冷静さが共にあった。
さて頂いたアジを昨夜は手巻き寿司に、今夜は塩焼きにした。添えられた手紙に寿司メシの要点が記されていた。その通りに作った妻は出来上がりの加減を絶賛した。淡路のお寿司屋のレシピに準じているらしい。
そして今夜、こんなに美味しいアジがあろうとは、と声を揃えて塩焼きを食べた。
鯵は普段でも関脇以上の美味しさだが、この度のトツカアジは明らかに横綱を倒そうという勢いがあった。親交ある王元監督にも送ると書いてあった。
A氏は仕事をセミリタイアして釣りを始められた。同じ部活で、補欠を争っていた私などを忘れないで下さり光栄だと思っている。また全日本を制した当時のA氏のペア(前衛)が新潟県・県北の先輩だったことも密かな誇りだ。
電話で礼を述べると、塩焼きを今日に遅らせたのは正解だということ。また、鳴門の荒潮で揉まれた魚は日本海の上品な魚とは違うんだ、と先輩らしい言葉を頂戴した。
所変われば品変わる、そして人も。私が知った西方の人たちは、おしなべてハキハキとして勝負強く、情が厚い。こちらへ帰って35年、たまに電話や手紙でA氏に接すると、ただただ有り難く元気になる。
素晴らしい。
夜更かしのデンマーク戦、まさかまさかのチャンスを次々ものにして素晴らしかった。選手たちの何とタフなこと。また直後のインタビューでは、寝不足の私たちに「ゆっくり休んでまた応援して」というコメントまであった。選手は強い上にこまやかで、それがまた嬉しい。
代表選手のサッカーをみて、私たち日本人はまだ進化を続けているんだ、と希望を感じた。
朝のカーテンが祝福して揺れる 。
なのに国技・大相撲の恥ずかしいこと。変われるのだろうか。
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