カフェでお抹茶

2009年10月22日(木曜日)

  山、雲、里に秋のたけなわです。

 樹下美術館のカフェでは、前々からお抹茶のメニューを考えていました。このたび支度が出来ましたので11月からお出し出来るようになりました。

 

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御菓子付き500円です、どうかお楽しみ下さい。

シーグラスのキャンドルホルダー

2009年10月19日(月曜日)

 先週末に同級会があって、再び千葉県のSと会うことが出来た。彼とは今春、新潟県内の村上市で会っている。

 

 前回たまたまの話から、Sの奥様手作りによるシーグラスのキャンドルホルダーが送られてきた。そこには千葉県のグラスがあしらわれていた。今回の同級会では、予めこちらの海で拾ったシーグラスを持参した。

 

今度は新潟県のシーグラスで

 

 そしたら今度は新潟のグラスで出来たホルダーが送られてきた。立派な握り手(ハンドル)がついたのびやかなホルダーだった。蝋燭を入れるとなんとも穏やかな光を放った。 

 

 シーグラス、海底に沈んだガラスたちが、海の作用で優しく生まれ変わったもの。以前作品は旅をすると書かせて頂いたが、名も知らぬガラス片もまたしかり。太平洋と日本海の小さな旅人がここで出会っている。これも「天然の旅情」(檀一雄の言葉だったかな)。

 

 秋は、ことさら多くのものが旅をしているように見える。S、奥様、有り難うございました。

わずか18才、そして菊姫

2009年10月18日(日曜日)

 日が短いので久しぶりに朝の庭仕事。固くなった土を中心に肥料をやった。らせんの先が付いた道具を回して私が穴を開け、妻が固形肥料を入れていく。来年の花を思いながら作業した。

 

早くも咲き始めた椿(西王母) 

 

 午後はテレビで日本オープンを見ることができた。三人によるプレーオフとなった素晴らしい試合。極限のプレッシャーの中で黙ってするゴルフはこちらが胸がつぶれそうになる。本戦18番ホール、石川遼がパットを外すと、大ギャラリーの悲鳴が雷鳴のようにこだました。

 

 「抱きしめられて素直になれた」。赤ちゃんのような歌が流行る若い世代。そんな中で石川は敢然として将来を切り開くシンボルに見える。わずか18才、先輩に混じるとそれこそ赤ちゃんのように可愛く見えているのに。

 

 夜の天地人。山しろ殿と、亡き哀れ菊姫の手紙が兼続に届いた。「いろいろありましたが、有り難く思っています」とあった。こんなひと言に見ている自分が救われる。

白秋の庭

2009年10月15日(木曜日)

 急速に日が短くなり、午後の陽は瞬く間に傾く。秋晴れの木漏れ陽のなか、樹下美術館の庭で白菊(竜脳菊)と野紺菊が盛りを迎えていた。見え隠れするリンドウもしゃんとした色を見せていた。

 

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 白菊は昨年、叔母が富士の庭から送ってくれた。それがとても増えて今年は、文字通り白秋の庭の趣となった。

 

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 そして古来のリンドウ。島倉千代子の歌に「りんどう峠」がある。「りんりんりんどうは 濃(こ)むらさき 姉サの小袖も 濃むらさき、、、♪」 。なんていい歌なんだろう。来年はもっと増えてくれれば。

 

消費の町

2009年10月12日(月曜日)

 11日に一泊で学生時代の同級会があった。場所は随分久しぶりの軽井沢だった。近いからといって妻と車で出かけたが、休日の交通渋滞は想像をはるかに越えて過酷だった。


 


 膨大な人を集め、大消費地と化している軽井沢。見たこともないような夜景も出現していて驚いた。通りから見る樹木や草花は少々疲れを隠せない風だった。


 


 60才代後半の賑やかな同級会、当美術館を少し宣伝させてもらった。



 


広大なショッピングセンターのほんの一部 


 


 翌日午後、K夫婦とエルミタージュ・ドゥ・タムラへ行った。中心を外した文字通りの隠れ家にほっとした。憩いともてなしのエッセンスを目の当たりにして刺激を受けた。

雲そして弟

2009年10月10日(土曜日)

   

 

 夕暮れの浜で、山ぎわからムクムクと清潔そうな雲が立ち上っていた。ヒゲのおじいさんが両腕でウサギたちを囲っているように見えた。おじいさんは積乱雲と呼べばいいのだろうか。雄大な秋の雲は夜になって雨を降らせた。

 

 ちょっぴりヒゲのある弟。その弟が出版した本「フォルテシモな豚飼い」が新聞や週刊誌で好意的に書評されて嬉しい。10月15日号の週刊文春では、芥川賞作家・池澤夏樹氏がかなり詳しく紹介してくださった。とても驚いている。

 

チョコレート

2009年10月9日(金曜日)

 先日ヒロミちゃんから可愛いハーシーズをいただいた。昔を思い出しながら美味しく食べた。今度はおばから新米のお礼といってまたチョコレートが届いた。チョコレートは甘く、ほろ苦く、味濃いお菓子で、茶の色もシックだ。

 

 ところで服装でも茶を上手く着ている人がいると、ああおしゃれだなと思う。しかし自分はどうしても茶を着れない。昔から茶を着るにはもう一つ気力が要るように感じてしまう。

 

 それで何かとグレー系ばかりを着ている。上着がグレーならズボンとネクタイを黒っぽくして無難に過ごす。

 

 最後に、およそ美味しい食べ物も茶系ではないだろうか(野菜を別にして)。結局茶は「おしゃれで美味しそうな色」ということになりそうだ。チョコレートが美味しいわけだ。

 

   

 チョコレートは皆に分けて早く食べてしまうのがコツ?

お声と庭など

2009年10月7日(水曜日)

  しっかりとこちらを向いた台風が心配されます。

 

 さて、このたび館内のノートに記された6月以後の来館者様からのコメントをホームページ「お声」に追加させて頂きました。貴重なコメントに接しますと「これからも頑張るぞ」という気持ちが沸いてきます。

 

 

 お声の中にはカフェや庭の感想が沢山あります。庭は肩の凝らない自然な雰囲気を目指しています。芝生は大変ですが、スタッフが一生懸命管理しています。

 

 

 コーヒーや御菓子・トーストも誉めて頂き喜んでいます。来月からお抹茶をお出しする予定です。作品やお茶・庭で、ホットする憩の場をといつも想っています。

 

   

 お気軽に。

シオン(紫苑)

2009年10月5日(月曜日)

 仕事場の裏庭にシオン(紫苑)が沢山咲いている。背が高く、ゆうに2メートルに届くのもある。シオンは最も背が高い草花の一つではないだろうか。もしかしたらセイタカアワダチソウよりも。

 

 シオンは沢山花を付けるのにどこか寂しげに見える。それでもわずかな風にゆっくりと揺れる様は、それはそれで秋の風情だ。

 

 背高の紫苑が刻む秋の時 大き時計の振り子にも似て  sousi

 

ハーシーズのお土産

2009年10月3日(土曜日)

 

 今日、娘さんに付き添われてTおばあちゃんが来られた。少し物忘れがあってもお元気なTさん。終わって娘さんから「ヒロミのアメリカからのお土産です」、とチョコレートを頂いた。

 

 かわいいハーシーズのチョコレートだ。19才のヒロミちゃんはTおばあちゃんのお孫さん。学校の研修でポートランドに行っていた、ということだった(うらやましいなあ)。

 

 ひろみちゃんは小さい時から来ていた。念のため古いカルテをみたら、生後3ヶ月でオムツカブレの初診だった。その後も少しアレルギーがあったのでよく診た。

 

 だんだん強くなって小学校高学年なると、宿題で医療の取材を受けた。仲良しのお兄ちゃんも一緒に家に来て、取材を終えるとみんなでハヤシライスを食べた。

 

 弱虫だったお子さんたちも大きくなるにつれて驚くほど強くなる。昔診た子どもさんたちが、たくましく歩み始めるのに触れると、とても嬉しい。

白磁の壺

2009年10月2日(金曜日)

 樹下美術館の陶芸作品は故齋藤三郎氏です。生前、父は熱心に齋藤作品を集め、時には人にも上げていました。

 器を見て「いいですね」と目を輝かす人がいると、「分かるかね」と言って上げてしまうことがあったのです。

 

 ところで先日ある店でたっぷりした大きさの三郎氏の白磁壺と出会いました。昔、長く家にあって見慣れた壺によく似ていました。いつしかそれが家から無くなったのも、父が人に上げたのかも知れません。李朝を思わせる柔らかな化粧の壺。懐かしさと共に選びました。

 

 

 ある方が美術館にアケビとツルウメモドキを届けて下さいました。いい加減ながら生けると壺はいっそう生き生きとしました。当作品は来春に展示したいと思います。

 

 

裏のサイン。筆が走り、高田における比較的早い時期の作と考えられました。

猫ちゃんの木登りデート

2009年9月30日(水曜日)

 昼食直後、猫ちゃんたちの木登りを見ました。木は手前の土手から生えているので結構高いのです。

 

   
クロ君が木に登ったので 私も登りました。

 
クロ君は上にいて


なかなか降りてきません。

 
   
   
 
やっと降りてきて会えました。 それからお散歩をして
   
   
帰り道、私はさっと降りましたが

クロ君は少し手間取っていました。

 私たちが登った木はねむ(合歓)の木です。

いい名前だなー。

館長の絵:アケビのボタニカルアート

2009年9月29日(火曜日)

 私がボタニカルアート(植物画)を描き始めたのは1997年の春からです。教則本には簡単に描けるように書いてありましたが、とても苦労をしました。たった一枚の葉を描くのに画面上で泥(絵の具)と水のせめぎ合いが延々と続いたのです。

 

 アケビは1997年秋の作品です。描くためには絵の具を塗るだけでなく、ぬぐうことも重要だと分かり始めたころの絵です。

 

 根気の要る作業ゆえ、今では一年に一枚可能かどうか。また目も悪くなり、当時の細い線はもうダメかもしれません。しかしこの季節、アケビやザクロを見るとああ、描きたいと思います。

 

 

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   アケビ(32×41㎝)

 

 後に厚いケント紙に描くようになりましたが、当時は画用紙に描いていました。全体の黄ばみは日焼けと汗によるものです。 

 明日から「白花デンドロビューム」に替えて樹下美術館トイレの鏡わきに架けさせて頂きます。

 

潟町の地蔵まつり

2009年9月24日(木曜日)

  上越市大潟区は、海寄りに古い国道が東西に通っている。その道筋の潟町地区に600メートルほどの間で三つのお地蔵様がある。

 

 今夜は揃ってささやかな秋祭。夕食を終えた地域の人達が三々五々巡ってお参りする。御菓子のお土産があるので子どもたちも喜んで付いて回る。近くの私も灯りに誘われて回った。

 

 地元の人達が守り続けたお地蔵様。懐かしい灯りがともったお堂はそれぞれ雰囲気が違って楽しい。

 

   
西の端の火防地蔵 火防地蔵尊
   
中ほどの六地蔵 六地蔵尊
   
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東の端の白妙地蔵 白妙地蔵尊を参る

おばあちゃんたちに脱帽

2009年9月22日(火曜日)

 午後の美術館で、お二人のおばあちゃまから声を掛けられた。懐かしい患者さんとそのお友達だった。コーヒーをご一緒しながらのひと時は楽しく、有益だった。

 

子どものころから労働、左ハンドルも経験した。

 

【以下、お二人の話】 

 「ここは私らにとって懐かしい場所」。若い時に、美術館から見える田んぼで胸までつかって仕事をした。カイコも飼ったが時代は進み、ある年代を境に家族でも経験は全く異るようになった。 

 

「田んぼ」:昔、浜に住む自分たちは漁業のほかに農業もした。ただし、良い田んぼは農家の人達のもので、自分たちのは農家の余り物のような田んぼだった。それがあちこち離れた所にあったので、とても大変だった。

 大人たちは用水路に舟を運び入れ、刈り取ったイネを浜の稲場まで運んだ。子どもにも何かと仕事があった。

 

「くばり」:稲刈りで子どもが最初に行う仕事が、くばりだった。刈ったイネを束ねるためのワラを一定の間隔に置けばよかった。二、三年すると今度は置かれたワラでイネを束ねる仕事に昇格した。

 

「蚕(カイコ)」:近くに製糸工場があったので、一帯では蚕も飼った。蚕を飼うのに特別な場所があったわけではない。時期になると家中に桑の葉を敷いて飼った。そのため家族は仏壇の前にかたまって寝た。蚕が桑を食べる音がザアザアと家中に響いていた。

 

「足だか」:子どもの頃からワラで縄をない、ある年齢になるとわらじを編んだ。最初に「足だか」を教えられた。足だかとは、足の前半分だけのわらじで、主に子どもたちが履いた。教わったばかりではうまく作れず、一日ももたなかった。

 

「運転」:後に娘がニューヨークに住むようになった。ある時、急用の娘を手伝わなければならなくなった。アメリカでは車を運転しないと手伝いにならないと聞かされた。それで左ハンドルの講習を受けてアメリカへ行ってきた。

 

「芝生」:ここの芝生はハワイみたいですね。

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