希望
二回にわたって当ノートで弟の安否を尋ねさせていただきました。ウェブや携帯には様々な安否確認サイトがあり、出来る限りをしました。そこで多くの方たちが弟を心配して下さっていることも知りました。
ようやく今夜になって無事を知らせる短い記事が見つかった、という連絡が入り始め、それを見ることが出来ました。
当ノートに書いたばかりに皆様にご心配をお掛けしてしまい、申し分けなく思います。今日の情報が出たのも皆様のおかげと感謝しています。
今日は早くやすみ、いずれ本人達の声が聞けることを待ちたいと思います。
知らせは避難所に提供された衛星携帯電話→twitter→GoogleのPerson Finderを経由していました。
感謝に堪えません。
ハートのシーグラス 復旧に向かう車輌群 教授 原発
今日は温かくよく晴れた。新潟市の個展会場へ出向く日。海へ寄るとハート型をしたシーグラスに出会った。
途中のサービスエリアには自衛隊の災害派遣車両群と、おびただしい一般の重機・工事用車輌が途中補給していた。これまでとは次元の異る復旧活動になるのだろう。いよいよ始まろうとしている、心を強くしてもらった。
新潟市の会場で今年をもって退官される新潟大学の相澤教授が待っていて下さり、大変恐縮した。3年前まで新潟県医師会の理事会で毎月お会いしていた。学問と愛情の先生は以前とお変わりなくお元気で、とても嬉しかった。
このノートを書いている途中、甥から電話が入った。志津川小学校の生徒達は無事、という情報があるという。そうあってほしいと心から願った。ある記者さんの言葉のように静かに待ってみよう。
それにしても復興は、新しい国を一つ作るくらいの仕事になるのでは。
州が意識されるかもしれない。
足をひっぱているのが東京電力原子力発電所。急峻な私たちの国がなぜ水力発電に特化しないのだろう。原子力発電所は一帯に人を拒絶するうえ、広範囲に渡って農水産業や観光などの地場力を低下させる。水力発電所ならいくら作っても日本の風景に馴染むにちがいない。
被爆リスクに晒され続ける作業現場も余りに可哀想だ。もう身の丈を考えてみる機会なのではないだろうか。
壊滅の南三陸町・志津川(しずがわ) 弟は
弟が居る南三陸町について、テロップやウェブで「病院以外、町が消えた。」「孤立した避難場所に火の手が迫っている」、「警察署も三階まで水没した」という情報が心配で眠れなかった。
現在12日午後8時半をすぎた。弟の家族は八方手を尽くしたが安否が分からない。普段明るい一家なのに、一声も無い。山の家に集ってトランプをしているのならいいが、、、。夫婦で町へ出ていて、子どもたちは下校途中だった、などきわどい場面も考えられる。通信インフラのダメージもあろうが、一家のだんまりが心配される。
○弟・杉田徹・敦子夫婦と家族の安否をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご一報頂ければ有り難く存じます。
夜更けから今度は当地で何度も続いた震度3~5。念のため土間に避難の支度をした。
※前回の拙記事「巨大地震 志津川は」はすでに200近い検索閲覧がある。一つの記事が一日でこんなに検索されて読まれるのは初めてだ。「志津川」と「地震」で検索されているようだ。志津川のご親族や美しい町を心配されている方が、いかに沢山いらっしゃるか分かった。
巨大地震 南三陸町・志津川(しずがわ)は
3月12日深夜を回った。昨日午後に起きた東北・太平洋沿岸地震は最大級の災害となった。私の弟一家は宮城県南三陸町の志津川に住んでいる。
場所は1960年チリ地震で甚大な津波災害に襲われた場所であるため非常に心配される。通信が途絶していて連絡がつかない。家はやや山間だが市街地へ通学する姪達や地震の直接被災も心配される。
凄惨な気仙沼、大船渡、、、、。志津川が壊滅というtwitterも見られた。ほとんど報道されてない南三陸町がとても気になる。
○弟・杉田徹(昭和18年生まれ)・敦子夫婦の安否をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご一報頂ければ助かります。
○大変な思いをされている志津川小学校の皆様、小5・杉田のばら、小1・春風(はるか)姉妹のことをご存知でしたら教えてください。
堀口すみれ子さん ふたたび。
「来年やまざくらの咲く頃にまたお越し頂けますか」。昨年6月樹下美術館で堀口すみれ子さんに、“父・堀口大学を語る”をお話しいただいたあと、そうお尋ねした。「分かりました、喜んで」とお返事くださった。なんとも言えない光栄と幸福に包まれた。
昨年は堀口大学とご一家のご紹介を中心にとても丁寧にお話しいただいた。今年は大學の高田における話題に加えて湘南(葉山)に移られてからのことまで及ぶ予定。
すずやかなお声と気品の堀口すみれ子さん。講演会と花の季節はそこまで近づいた。再び興味尽きないご講演を待って胸がときめく。
講演会参加ご希望の方は直接樹下美術館の受付か予めお電話でお申し込み下さい。参加費お一人様1000円は当日の窓口でお受け致します。
電話 025-530-4155 樹下美術館
(火曜休館日)
Kさんのたじまのもり みかんとお菓子の神社
娘の嫁ぎ先は流れ流れて和歌山県です。うちの父ちゃんが亡くなってしばらくして娘を訪ねました。和歌山県は遠いところです。
その時に行った神社のミカンの木(橘)の前で案内のボランティアさんと二人で「たじまのもり」を歌いました。
子どもの時に習った歌を二番まで覚えていて自分でもびっくりしました。
80半ばにかかるお一人暮らしのKおばあちゃんのお話だ。お子さんたちの話題になった所で、このくだりが続いた。Kさんの話は文として実にはっきりしていて聞きやすく、私などとてもかなわない。ただ、「たじまのもり」は詳しくは分からなかった。
調べると、田道間守(たじまのもり)だと分かった。田道間守は神話時代の垂仁天皇の命により、不老不死の果物を求めて海を渡った。10年あまりの苦労のすえに橘(たちばな:かんきつ類の一種)を得て帰る。しかしすでに皇は崩御していて、陵前にそれを捧げると、嘆きのあまり亡くなったとあった。日本書紀および古事記に記されているらしい。
田道間守と橘にちなんだ神社(橘本神社:きつもとじんじゃ)は和歌山県は海南市・熊野古道のうちにあった。古代の貴重な甘味・橘にちなんで、みかんとお菓子の神社であるとも書かれていた。
Kさんの小学校時代はこの逸話を以下の歌と共に習ったらしい。
一 香りも高い橘を 積んだお船が今帰る
君の仰せをかしこみて 万里の海をまっしぐら
今帰る 田道間守 田道間守
二. おはさぬ君のみささぎに 泣いて帰らぬ真心よ
遠い国から積んで来た 花橘の香と共に
名は香る 田道間守 田道間守
お一人暮らしに負けないKさん。幼年時代のKさんたちはこんなに難しい歌を声を張り上げて歌ったんですね。遠い熊野山中の神社でボランティアさんと歌う姿も鮮やかに浮かびました。これからもいっしょに頑張りましょう、またお話を聞かせてください。
バテンレース 上越の素晴らしい織物文化
バテンレースの名は子どもの頃から知っていた。昭和50年代以後も、上越市大潟区の農村部を訪ねるとお嫁さんやおばあさんたちが一生懸命編んでおられた。しかしその後次第に耳目にしなくなった。
それが先日、88才になった患者さんから、出来ました、よかったらどこかに置いてください、と突然レースを差し出された。非常に繊細な出来映えに驚き、まじまじと見つめた。“糸の宝石”、レース!
重なるブレート(基本となるテープ状の織物)紋様の重厚さ、軽やかな網目パターン、上品な姿。とても単なる内職仕事には思われなかった。
かってバテンレースは高田一帯で8000人もの人が携わり、上越の一大特産物だったとある。
中世ドイツのファブリック(繊維製品)が、地域のご老人によって密かに繋がれていたことに感動を覚えた。私たちの創造意欲とセンスは、88才の彼女に負けているわけではないだろうな、と少し心配になった。
地域でこのように高いクオリティを有する産品が継承されていることにもっと眼が向けられてもいいのではないかと思った。私だけがよく知らなかったのかも知れないが、この先も長く伝えられてほしい。
ウィキペディアの「レースを編む女」
フェルメール(1632-1675)作
23,9×20,5㎝
ルーブル美術館
○日本で唯一のバテンレース事業所:越後高田の特産を継承する
吉田バテンレース
標識の教訓
2日に今年の開館をした樹下美術館が迎えた週末、土曜日はいつも以上に賑わったらしい。
ご来館下さった皆様、お楽しみ頂けたでしょうか、昨日は留守をして申し分けありませんでした。
今夕刻、新潟の個展会場に顔を出した。上越市から、何組か医師会の皆様にお越し頂いていた。120キロの遠路を本当に有り難うございました。また顔なじみのKさん、お帰りはどこかお寄りになりましたか、お母さま共々有り難うございました。
ある大学の先生が私に絵を習いたいと名刺を置いてくださっていた。しかし自身いまだ苦しむばかり、お教え出来る立場から遠い。樹下美術館を訪ねたいと仰ったいうことで、大変光栄に思った。
10年前の上越の個展でも教室を開いて、と何人かの方に言われた。恥ずかしくてとても出来ない。しかし、多くの方が草花を描くことに興味をお持ちになっていることが分かって嬉しかった。
新潟の帰り道、ある標識が鮮やかに眼に入った。忙しさを増した在宅医療、開館した美術館、未完成の図録二冊、半分以上残している新潟の作品展、ほかに抱えているいくつかの課題、、、。暗示的な標識は目を止める必然があったにちがいない。
お天気に愚痴 雪と静寂
在宅医療では、冬が終わるころから悪化される方がやや増える。本日の往診は特に先を急ぎたかったが、たびたび視界を遮る猛烈な降雪に見舞われた。
昨日情緒などと言いながら、「いやな雪だな」「ひどい降りですね」「今頃こんなに降らなくてもいいのに」などと、看護師さんやおうちの方たちと愚痴った。
それが効いたか、一回りして帰路につく頃、雪がパタッと止んだ。しかし空は鉛色、まだ降るらしい。
夕食中に急患の電話があった。意識混濁ということで再び降り始めた雪の中を伺った。容態は比較的軽く、なんとか病院さんのお世話にならずに済んだ。帰りに雪が途切れていた。
雨風と違って雪は音もなく降る。そして夜、音が無かったはずの雪が止んだ時に訪れる静寂は深い。月や星が出るとさらに澄みわたる。静けさは聴覚だけでなく視覚も関係していることが分かる。風花がちらりほらりと見える時も静けさが増す。
テレビ新潟、弥生寒波の取材
吹きつける雪、縮かむ体、文字通り寒の戻りの一日。テレビ新潟のクルーが見えて取材があった。「夕方ワイド新潟一番」の木曜日特集「いい旅にいがた」で放映予定の取材だった。「上越市の旅」の中でほかいくつかの施設とともに紹介される。
思慮される藤井ディレクター、見慣れたすっきりな内田アナウンサーはじめ、クルーには丁寧に撮って頂いた。
雪は続くらしいが、大雪でなければ予報で言う“弥生寒波”を情緒としたい。雪中、何組かお客様もお見えくださって心から感謝致します。
カフェ 食器のラインナップ
2011年樹下美術館の初日、常連さんのお顔などで静かに始まったようでした。早い年ならもうクリスマスローズの蕾が顔を出しますが、今少々残雪の中の我慢です。
カフェのお抹茶茶碗は7碗減らし、新たに3碗加えて10碗に整えました。
カフェのアンティーク&ヴィンテージの食器もワイルマンを減らし、ドイツ・ババリアのアールデコと英国シェリー社の三角ハンドル・アールデコを加えました。
このたびのドイツ食器の形状や絵柄には独特の鋭さと明るさを感じます。
上掲④のミントンシノワズリ(中国趣味)以外の器はアールデコ調を思わせます。アールデコはおよそ1910~30年代を中心に世界を席捲した様式です。直線と曲線の妙味、軽々としたフラット感が印象的です。
2011年度倉石隆展示作品についてのご案内
3月2日から開館致しました樹下美術館の絵画ホールの倉石隆作品は今年いっぱい以下のような展示を行います。
倉石隆は太平洋戦争に応召され昭和20年実家の高田市に復員しました。困窮の時代にあって再上京までの間、実家で用済みになった様々な伝票、書類に多くのデッサンが残されました。
このたびはホール正面に「赤い布を巻いた女」「琢也」の大きな油絵を二枚架け、この左右に高田時代のデッサンを配置しました。空腹の自分、愛する家族、小品ながら画家の深い眼差しが伝わります。
デッサンは上掲のほか、さらに「自画像」、「笑う女の子」、「ビンの群に文」、「クルミのデッサンに文」が加わります。
なお陶芸ホールに「妙高山」「画室」「朱色のチューブ」の油彩を、
カフェには「眠る児」「椅子の婦人」のデッサンを架けました。
※デッサンのタイトルは、いずれも当館で付けさせていただいた仮題です。
2011年齋藤三郎(陶齋)展示作品についてのご案内
3月2日から開館致しました樹下美術館の陶芸ホールの齋藤三郎作品は、今年いっぱい以下のような展示を行います。氏の色絵、染附、鉄絵、金彩、辰砂などの代表的な作品を展示。親しみの中に漂う穏やかな気品や変化をお楽しみください。
芸術の起伏の中で一貫されたのは、人と草花(自然)への優しい心(雪国の人の心)ではないでしょうか。
展示作品は上掲のほか、色絵籠に柚子文飾皿、白磁彫椿文鉢、金彩陶箱3種、手桶花生2種、色絵色紙芍薬文鉢、鉄絵柳文大皿、鉄絵蝋抜き四弁花文鉢、赤絵掻落し柘榴文壺、染附辛夷文壺、鉄絵蝋抜き草文角瓶、雪花文金彩香合、染附香合、鉄絵柿文手付鉢、鉄絵急須4種および鉄絵湯呑各種、白磁および染附の急須に染附ざくろ文湯呑5客がございます。
放射冷却現象 たなびきの情緒 山際の層雲、地表の地霧
車内にはいつもカメラが置いてある。上越市大潟区の往診で頸城平野を望む所へよく行く。一帯は湖沼群と水田があり、上越地方の山々と空を一望でき、往診帰りによく立ち止まる。
今夕近く、放射冷却現象が起こったようで美しい雲や霧のたなびくのが見られた。
妙高連山方面の層雲と真っ直ぐ登って停滞する煙
山だけでなく、目の高さにも漂った地霧、最も低い雲?
夕陽を受けている米山に層雲
風のない晴れの夕方~夜、地表の温度が急に下がった時に層状の雲(層雲)や霧が現れるという。今日は西の妙高連山から頸城連山、そして東の米山までぐるりと低い雲がたなびくように連なった。頸城平野(高田盆地)全体が放射冷却されて素晴らしい景観となったようだ。
層状になるのは上方よりも下方(地表など)の大気温が低くなる逆転が起きているからだ、という。今夕はほどほどの残雪も影響して海岸以外おしなべてこのような現象を呈したのだろう。
その昔の晩秋、中学時代の息子が科学部の研究で一時「たなびき」に夢中だったことを思い出した。
紫だちたる雲の細くたなびきたる春も、3月2日の樹下美術館開館もまさに目前。春を迎えて忙しさはいっそう増した。明日はNHK新潟の小生個展情報の放映、夜に介護保険審査会、明後日はテレビ新潟の樹下美術館取材、金曜は新たな方法論が求められる在宅患者さんへの訪問。印刷所へ行った陶齋の図録が山場で、倉石隆が迫る。
あと二つは体が欲しい。
潟町分校の同級会
夕刻から同級会がありました。「潟町分校同級会」、分校は小1から小3まで通った学校。人生は幾つか原点や節がありますが、分校はその一つかもしれません。今夕20人ほどで集まると、何て安心なのだろうと感じました。
10年前なら少しく身構えたのに、今やみな見事にこなれて清水のようだった。誰彼ない言葉のあちこちに、ああなるほど、確かに、やはり、と60年分のしずくがきらきらと光っていました。
戦時よりも食べ物が乏しかったかもしれない私たちの幼年時代、昭和23年の一年生。記念写真はみな枯れ木のように手足が細く、まぶしいせいもありますが、ほとんどが空腹で眉間にしわ寄せて写っています。
旧潟町村(現上越市大潟区):潟町小学校分校の同級会の お知らせ
亡くなってしまったY君、Uさん、小さい時に私の家で絵を描いたことがありましたね。そして幻灯を見せてくれたS君、ひどく先生に叱られたK君、今夜私は6月にT君と米山登山をする約束をしましたよ。T君はシラネアオイの場所を知っていると言ったので決めました。苦手な登山ですが、無事山頂に立ったなら海辺の潟町を眺めて君たちの名前をそっと呼んでみたいと思っています。
- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 高齢者、昔話
- 医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
- 花鳥・庭・生き物
- 空・海・気象
- 頸城野点景
- ほくほく線電車&乗り物
- 社会・政治・環境
- 明け暮れ 我が家 お出かけ
- 文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ・テレビ
- 食・飲・茶・器
- 拙(歌、句、文)
- こども
- 館長の作品。
- ハクガンが戻った 標識首輪の個体。
- 「つどいの郷」嘱託おさめの日。
- 春近く、鳥たちが反応している。
- 雪大根を頂いて 豪雪と冬鳥の動向 選挙以後昨今の頭痛。
- 本日ロッテアライリゾートで。
- 午後揃って姪が訪ねてきた。
- 今年の陶芸展示は「現代茶碗展」です。
- 県立大潟水と森公園でグレートピレニーズを連れたA氏と出会う 選挙が決着して。
- 雪と車 そして選挙。
- 直江津、無印良品で。
- 2月の好天、期日前投票。
- 新たな倉石隆作品「節句」。
- 本日誕生日だった。
- 最近の妻の料理から、夕食。
- 道路を歩く雌キジ三羽。
- 大雪のなか髙田大手町6「浮遊のいえ」に一泊した。
- 道路に出てくる野鳥。
- 早起きは何文の徳になったのか ザクロとハクガン。
- 長くなりそうな本物の大寒。
- 今年の倉石隆展はやって来た作品「少女」を囲んで。
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