今日も荒れ模様
今日も荒れ模様、これで丸3日、風雨にさいなまれている。昨日の新潟県内は29メートルもの風速を記録して被害も出た。
往診ではしばしば横殴りの風雨に見舞われる。車から患者さんの家まで看護婦さんと一緒に走るが、バケツで水をかけられるように降られることもある。この雨風、冬に向かう裏日本の風物詩としては少々きつい。一方で、長時間耐えて続けられる郵便配達には心底頭がさがる。
今日の午後そんな荒天の中を新潟県庁へ行き、県知事表彰というのを受けてきた。35年間当地で何とかやってこれたのは、患者さん達や同僚や病院さんのお陰だといつも思っている。
西国の人 4 早よ出んかい
10年振りにお会いしたM先生はお変わりなく元気だった。長身の先生は教養人の穏やかさの中に信念の骨格をにじませる人だ。また人をとても大切にされる姿勢は、故郷を遠く離れた人ならではなのか。このあたりに広島県出身者は自分くらいしかいなかったとも仰った。温かい西国から一人雪降る越後へ、寂しい夜も悔しい昼もあったことだろう。
当夜、芝居の同窓会はせっかくの大参集にもかかわらず、ある人間のせいで方向も見えない散漫な時間となった。それでM先生に広島県人のことや、新潟県の田舎にある旧吉川高等学校に赴任された訳などを耳を澄ましてお聞きした。
ご自分が広島におられた50年も前の当時は、学校を出て家に居ると「まだ居たんか、早よ出んかい」、と言われたという。出るのは国内ばかりではない、明治から第二次大戦まで、西国の人達、特に広島県民の海外移住は沖縄、熊本、福岡などを離して断然トップだ。彼らはアメリカ(ハワイやロスアンジェルス)、ブラジル、カナダ、ペルー、アルゼンチンそのほか広く世界へ飛び出している。
そして当日驚いたことに、「実は私はハワイ生まれなのです」と先生は仰った。太平洋戦争前夜、ご一家は渡ったハワイから故国へ戻る決断をされたという。帰国後の終戦まぎわ、故郷・広島で被爆を体験をされ、後に広島大学をお出になると1000キロを一飛びして当地に赴任された。
大学の卒業に際し、日本では珍しい高等学校の醸造科が旧吉川高等学校に設置されると聞いて、即決されたと聞いた。当夜のM先生は、明らかに果敢で独特な広島県人のほぼ全てを備えて座っておられたことになる。幸せな時間だった。
気の大きさ、果敢さ、何が西国人を、そして広島県民をそうさせるのだろう。広島に関してはその昔、瀬戸内海ばかりでなく、海さえあれば国外へも出て行ったいわゆる海賊・村上水軍の気風が残っているのでは、と先生は仰った。
「まだ居たんか、早よ出んかい」はM先生にお聞きした言葉だ。そしてこのたびノーベル化学賞の受賞者、根岸英一先生は「若者よもっと海外へ出よ」と強調された。
さらに日本のノーベル賞受賞者18人のほとんどが東海以西、西国の人だとあらためて知って、ある種愕然とした。
拙ノートは西国の人 3 の続きです。いずれ5へ続けてみようと思います。
人に歴史あり 山中阿美子さんのお話
昨日午後、樹下美術館陶芸ホールで山中阿美子さんの講演会を無事終了した。人に歴史あり、まして芸術家においておや、、、、感銘深いお話だった。
人は多面的な生き物であろう。しかしながら子でなければ語れない父の像はまぎれのない真実にちがいない。昨日当館常設の画家・倉石隆画伯のご長女阿美子さんが語られた父の不遇と幸いなど、一時間のお話に心震えた。そして新たな親しみをもって倉石隆の絵画を見ることができる幸せを実感した。
「子ども心に父の絵は暗く、ともすれば怖いと思った。しかし父はいつも明るい人でした。」 何という言葉、本当に素晴らしい講演でした。
本日、満席にして頂いた皆様、新潟からのお客様、東京から駆けつけて頂いたご親族の方々、本当に有り難うございました。
開演一時間前の会場。
これまで椅子のレンタルは法外なコストでした。スーパーで一客780円くらいでしたので、この春思い切って揃えました。柿崎町で何度も演奏会を聞かせていただいた故佐藤実さんにならってそう致しました。普段はスタッキングして車庫に入れています。
最後にあと一ヶ月半で樹下美術館は今年の閉館です。ご来館頂いた皆様、当拙ノートをお読み下さる皆様、心から御礼申し上げます。
樹下美術館は市の一銭の補助を受けずやせ我慢を通しております(今のところ)。どうか今後とも宜しくご愛顧のほど、腰折りエビの如くなってお願い申し上げます。
感々謝々
いくつかのささやかな文化
時に風雨時に陽がさす不安定なお天気だった。ヒマがあれば海が見たくなる自分、午後の雁子浜で佐渡汽船を見た。
二日余り続いた強風の余波が残る海上を遠ざかる汽船の果敢さに感心した。西風は追い風のはずで、航行はより不安定なことだろう。色々あろうがずっとずっと頑張れ佐渡汽船。
午後から寄った樹下美術館。荒れ模様の日にもかかわらずお客さんたちがこられていた。中に、テーブルの紙ナフキンで素敵な細工を残された方がいらして、スタッフに見せてもらった。初めて目にしたがにわかに信じられない出来映えだった。
それから昔一緒にお茶の稽古に通ったAさんにもお目に掛かった。俳句をなさっていて、カフェで魅力的な句を聞かせて頂いた。お仕事に趣味に、昔の仲間が頑張っていることはとても嬉しい。こんな再会が出来るのも美術館を営むことの果報にちがいない。
良い文化の日だった。
ジョロウグモの切なさと愛しさ
トイレの窓の前で10月上旬から見ていたジョロウグモ。およそ一ヶ月間、メスは沢山獲物を捕ってみるみる大きくなった。一方オスはよく見ないと分からないほど小さく、メスから遠く離れて過ごしていた。
メスが成熟するとオスは徐々に近づき、メスが捕食などで気をそらしている時を狙って交尾するらしい。交尾はメスの腹に素早く抱きついて行われ、運が悪ければその前にメスに食べられることがあるそうだ。
小さなオスが長い手足の恐ろしいメスの腹に抱きつくのは命がけだろう。また運良く交尾出来ても直後に食べられるとも言われる。
ジョロウグモのメス、小さなオスは巣の遠くの方にいる(10月5日)
冷たい雨の日、成長したメスのそばで交尾の機会をうかがっているようなオス
(10月25日)
翌日オスの姿はなかった。交尾が成功して食べられたのだろうか。
(10月26日)
前夜から大荒れが続いた今朝、糸一本になった巣
(11月2日)
順調であればメスは産卵のために巣を離れたのだろう。産卵後は白い糸でしっかりくるんだ卵を守り、何も食べずに過ごして寒さの到来とともに命絶えるという。
歌舞伎役者のクマに似たメスの恐ろしい紋様は、ハチや鳥から自らを守ったり、オスの度胸を試すものでもあったのか。一見ふりかけのようなオスにしても、命をかけて交尾を行ったと考えたい。
荒れた日、一本だけ残った糸に一生懸命な生き物の物語を感じた。
台風予報の東京へ
年に一回、学生時代の同級生三人が夫婦して集まる会が一昨日東京であった。もう十数年続いていて、上越でも三度集まった。
今回は台風が接近しつつあった東京へ。土曜午後、直江津駅に着くと予定の特急は運休。後発するほくほく線の各駅停車まで待って、何とか予定の時刻に間に合った。ほくほく線のⅠ時間半は、日頃敬愛している上越の先輩と思いもかけずご一緒して、あっという間だった。
一年に一回の会合、年取っていく私たち。シェフ岸本直人氏の料理を4時間堪能した。みなで何を話したか大方忘れたが、高知出身のAは兵隊と虎のことなどを、静岡県のBはショパンは天才など、私は新潟県・頸城平野の水田の素晴らしさを話した。
関連する隣のデセール(デザート)専門店のパティシエ森田一頼氏は新潟県のご出身だった。森田氏ともお会い出来て、ご活躍をお祈りした。
夜更けて河岸をを変えた。臭い物が好きだという友人はさらに粕とりブランデーからマールを選んだ。それから一年に一本、恒例になったダビドフの葉巻を楽しんで日曜深夜のビルを眺めた。
マール、グラッパから選ぶ |
甘い香りのシガーセラー |
翌日曜日午後は新装なった根津美術館で宗時代の青磁を満喫した。その後皆と別れて、五反野に開業した息子のクリニックを訪ねた。愛らしい診療所を見て胸がいっぱいになった。夕食は彼ら夫婦と一緒の貴重な時間だった。
台風もさして影響なく、何かと重かった頭が軽くなった週末だった。
西国の人 3 貴重な先生
去る10月10日のノート「西国の人 2 新潟の大学院生さん」で、二年前の秋新潟から訪ねてこられた青年の話を書かせていただいた。彼の果敢な印象は心に残った。
それから一ヶ月少々、ある会があった。そのおよそ10年前、大潟町(当時)の有志で結成された一座「しおさい」で芝居「人魚塚」を公演した。今回はその仲間が集まる同窓会だった。全て手作りの素人芝居「人魚塚」は恥ずかしいことに小生が台本を書いて演出した。あらゆる事で様々な方のお世話になった。
困難な照明は地域の高等学校で学校演劇をリードされた元教師・M先生のご指導を仰いだ。三度の公演のうち最終となった希望館は専門機器が整備されていて、いっそう綿密なご指導を頂いた。美しいだけではダメ、ある種灰色といってもいい色までしっかり出しましょう。先生の言葉だった。役者、裏方みな一丸となり大入だった。
同窓会にはM先生も出席される。先生は当地ではとても貴重な広島県のご出身だ。そのことは芝居の時にお聞きしていた。それにしても祖父が広島県人のポルトガルのKさん、広島から来られた先日の大学院生、海外移住と広島県民のこと、、、。私の頭は広島のことから離れられなくなっていた。
その広島市で育たれ広島大学ご出身のM先生とお会い出来る。少々異風に感じられる西国の、そして広島県民の気質とは、是非ご本人からお聞きしたかった。
10年振りにお会いした先生はお元気だった。懇親会当日、先生のお隣へしっかり座らせて頂いた。そしてなんと言うことだろう、自分はハワイで生まれたと先生は仰った。
今日午後の海、素晴らしい夕焼けの予感。
外出していた妻が夕刻、私の携帯に夕焼けがきれいだと電話をしたらしい。
ちょうど仕事中だった。
当ノートは前回の「西国の人 2」の続きです。4へ続けてみます。
秋深まる樹下美術館の庭
「まだまだ」と思っていた秋の花がもう盛りとなっている。昨年に比べて菊類がスケールアップして見応えがある。。
二種のノコンギク |
![]() リュウノウギクとノコンギク |
リンドウが枯葉を集めている |
野菊と芝生 |
ホトトギス |
ホトトギス |
今年の閉館まであと二月、樹下美術館は晩秋の花たちとともも皆様をお待ち致しています。
ところで先日英国王立園芸協会主催チェルシーフラワーショーの様子が放映された。ガーデンコンテストに日本から石原和幸さんとスタッフが参加された。里山のイメージで繊細かつ心弾む庭を創られみごと入賞された。
番組で「庭の風景は見る人を優しくする」という言葉がありました。とても良い言葉だと思いました。
クラヴィコード、バッハがそこに
ほんの昨晩、バロック音楽の人、チェンバリスト・加久間朋子さんが東京から樹下美術館を訪ねて下さった。大切なイングリッシュ・スピネットとクラヴィコードを携えて。
両楽器を半々ずつ計9曲を演奏された。クラヴィコードはささやか且つ高尚な楽器だった。急遽お集まり頂いた10数人で楽器を囲み耳をそば立てて聞いた。バッハでは長男W・Fバッハを隣に座らせ、精魂込める父が現前するが如きリアリティに鳥肌が立った。
イングリッシュ・スピネットでは豊かな情感に包まれ、中世の物語世界へいざなわれた。
古楽研究会の代表を務め、音楽三昧の主要メンバーの加久間さん。今夜はますます充実した演奏、そして楽しいお話も聞けて貴重な一夜だった。
The Moon Was Yellow
The Moon Was Yellow というスタンダード曲がある。いつか黄色い月が出たらこの曲を載せてみたいとずっと思っていた。
今日の夕暮れ、柿崎の海を歩いた。すっかり暮れてふと見ると、山の端からその月が恥ずかしそうに覗いていた。幸運にも満月が当たるとは。今夜の月をどれだけ沢山の人が見ることだろう、良い月だった。

僅かの雲を抜けて登った満月
セイタカアワダチソウなんかに負けるな
ETHEL ENNISの「The Moon Was Yellow」
とても素直に歌われます。安定感があって聞きやすい歌手ですね。
“Here we are! Is our romance to continue?”
胸打つ歌詞。
異常なセイタカアワダチソウの繁茂
今年のセイタカアワダチソウの勢いは異常に写る。先日の高田の行き帰り、至る所で見た一面真っ黄色な花の占拠は驚くばかりだった。
黄色は最も前に出る強い色。異常な酷暑をものともせず旺盛に咲き誇る様には趣でなくおののきを感じる。イネ科のススキや芦などの場所が好んでターゲットにされるという。特に今年は極端に減って青息吐息のススキなどの姿は哀れで心痛む。
秋の月、ススキこそ眺めに相応しかろう。デカデカとした真っ黄色の花ではぞっとする。ほかに初夏、芦や茅に巣をかけて喜び歌う大好きなヨシキリたちはどうすればいいのだろう。
いずれ旺盛な繁殖がピークを迎える可能性も一部想定されるようだ。しかしそれをも越えるようであれば植生の多様性、文学性の保全などでいい、本気のマターとして大規模な手入れが必要ではないだろうか。そうでもしないと、環境は江戸時代のほうがはるかに良かった、などと涙ながらに暮らさなければならない。
楽しい旧高田師団長官舎
午後の定休日、新潟から裏千家茶道の先生が来館された。これで三回目、深く感謝を禁じ得ない。陶齋のドクダミ更紗文様の水指をとても気に入って下さった。
食事のあと旧高田師団長官舎へご案内した。当館は旧所より移設復元されている。以前一度訪ねたことがあったが、今回はゆっくり回って楽しめた。
明治43年(1910)年の建設で、一階は洋室、二階は和室の折衷。一階は男女別々に応接間が設けられるなど贅を尽くしてある。二階は7室が公開されていて、後のしつらえと思われる炉が二カ所で切られ、水屋風の一間もある。中央南向きの比較的小さなサンルームは気持ちがよかった。
アールヌーボー調とアールデコ調 |
二階西端の透かし障子 |
軽やかなドア |
なぜか押し入れに昭和の張り紙 |
内部は格調とともに軽やかさや新鮮さが随所に見られる。主に設計プランを出したとされる官舎のあるじ軍人・長岡外史の先進性や訪欧歴を聞けばそれらが反映されていたことが伺われる。
当館は先回書かせていただいた世界館のほぼ一年前に建てられている。前者は私費で後者は官費。世界館のモダンな建設者は師団長官舎を大いに意識したのではと想ってみた。
旧小熊写真館、旧直江津駅、旧イカヤ旅館、高田館、旧高田市庁舎などの洋館も当時次々と建てられている。高田師団の存在が大きかったようだが、往時の高田・直江津の勢いは如何ばかりだったのだろう。
師団長官舎以外は、少なくとも学生時代まで目の当たりにした。高田公園の中心部にあった大きな洋館も懐かしい。中学時代、そこで開かれた性病撲滅の写真展示を友人達と見て、皆で青くなって出てきたことを思い出す。
高田世界館のアール・デコ
去る10月16日のジャンゴ生誕100年記念コンサートは素晴らしかった。その会場となった高田世界館で60年も前に、父といっしょに美空ひばりの「とんぼ返り道中」を見たような気がする。越後獅子の歌、“今日も今日とて親方さんに、芸がまずいとしかられて,,,”江戸時代の子どもは何て可哀想なんだろう、と思った。
さて半世紀以上経て、よく写真で見るようになった高田世界館。外観から当館はアールデコ様式ではないかと感じていた。1900年代初頭からおよそ30年余、世界のデザインを席捲したアール・デコ。現出には産業の飛躍、能率の追求、キュービズム、あるいはジャポニズムなどまで様々な因縁が合成されたと考えられている。直前のアール・ヌーボーからの急旋回は目を見張るばかりだ。
アール・デコになって、絡んでいたものがほどかれ、線はより真っ直ぐに、円は単純に、カーブは滑らかに、色彩はシンプルに、乗り物は流線型に、建物はシンメトリックになった。器、ファッション、建築物、絵画・ポスター、乗り物、生活用品ほかそれ一色の感さえある。
以下は一昨日、初めてこの目で見てきた高田世界館の様子です。私なりのアール・デコ探索も楽しかった。
曲線と直線のコンビネーションによるシンメトリー |
天井の円と多角形のデザイン |
二階席の美しいカーブに交わる黒い柱 |
シンプルな曲面 |
円と流れる曲線の手すり |
円に交わる直線の窓枠?油絵のように渋い |
当館は1911年に建築されたとある。アール・デコのはしりの時期に相当しよう。手がけた建築家・野口孝博氏はアールデコをかなり意識したのでは、と思った。何よりも外観が素晴らしい。
ところで現状の痛みは否めない。NPO街なか映画館再生委員会によって懸命な保存努力が続けられている。最近では、一口1万円のマイチェア200席の寄付はすでに満了ということ。ささやかながら是非とも寄付したいと思った。いつの日か、パステルカラーの壁が仕上がれば、木材との調和で美しいアール・デコが蘇るにちがいない。
つましいホワイエで淡い色のアイスクリームも美味しかろう。
さて、なぜか私はアール・デコが好きだ。それは自分の父母の青春時代、つまり親の生命力が最大であった時代に相当しているから、と考えている。もしかしたら私の子どもたちも、私の青春時代、つまり昭和30~40年を懐かしむようになるかもしれない。鬼の目にも涙、DNAにも思い出?
ジャンゴ・ラインハルトの若き日々はアール・デコまっただ中に当たる。ほぼ同世代にヘルベルト・フォン・カラヤンや太宰治らがいて、数年後に樹下美術館の齋藤三郎が、さらに数年して倉石隆が続いている。
ジャンゴ・ラインハルト生誕100年記念 スイングタイム in 高田世界館
1910年1月のベルギー、旅芸人の幌馬車で生まれたジャズギターリスト、ジャンゴ・ラインハルト。その生誕100年記念コンサートが上越市高田世界館であった。来越された二つのバンドによる演奏会は陽気さ、哀切、そしてエスプリと洗練の2時間半だった。
新潟スウィングミュゼットのリーダー田中氏とベースの田中和人氏
新潟スウィングミュゼット合奏団はアコーディオンの田中トシユキ氏が率いる5人編成(ほかにギター2、ドラムス、ベース)。アコーディオンをフューチャーするミュゼット音楽はまだ見ぬパリの街角へと心いざなわれる。田中氏の自在で詩情溢れるアコーディオンと古川穣氏のギターテクニックに胸が震えた。昨年から我が樹下美術館のカフェでもミュゼットが時々聞こえるようにしてあるので、生で聞けてとても嬉しかった。
続けて東京からのイエロー・ジャンゴ・リバイバル。ギター2、ベース1、バイオリン1,そしてリーダー長谷川光氏のギターだ。ジャンゴがバイオリニスト、ステファン・グラッペリとともに活動したバンド 「フランス・ホット・クラブ五重奏団」と同じ編成。長谷川氏の確固たる音楽センスが行きわたり、笹部祐子さんのバイオリンは秀逸だった。
ジャズバイオリンは聞かせる意識が高じる余り過度に装飾音が入り易い。ステファン・グラッペリにしてもその傾向を強めたように思われる。しかし笹部さんのバイオリンは音澄み、優雅にコントロールされて実に心地良かった。小生の亡き父がかって愛したシャルル・トレネの「ラ・メール」には涙が出そうになった。
司会進行された佐藤俊次さんが促されてバイオリンを携え、一緒にセッションされた。曲目は「黒い瞳」。サウンドはいっそう膨らみ、佐藤さんは本当に素晴らしかった。あらためて上越人の多彩さに驚いた。
フィナーレは二組のバンドによるジャムセッション。さすがジャズ、初顔合わせのバンドが舞台上で簡単にソロの順番を決めるとすぐに「Minor Swing 」が始まった。これこそジャンゴ・ラインハルト生誕100年の最後に相応しい演奏ではなかっただろうか。上越でこんなお洒落な音楽を聞けるとは、主催の方々に心から御礼申し上げます。
話変わって、高田世界館の随所のしつらえにアールデコを感じた。本日の音楽もアールデコと時代が重なる部分があって、いっそう旅情をかき立てられた。撮った建物の写真を近々掲載してみたいと思います。
ー写真クリックで不具合を生じていました。謹んでお詫び申し上げますー 10月20日23:22
ようやく猛暑の影響が収まりつつあり、そして園児の健診
10月も半ばになってようやく猛暑の健康被害に終止符が打たれようとしている。今夏の状況を振り返ってみた。
●脱水症単独および高熱や化器症状などの合併21人。
●暑さによる血液濃縮の影響が想定された心筋梗塞1人、虚血性腸炎1人、脳梗塞1人。
●胃潰瘍に暑さストレスが関係したと考えられる吐血1人。
●高熱を伴う尿路感染症3人
※暑さとの関連は不明だが、普段あまり見ない亜急性甲状腺炎2人。
年齢は20代から90代までさまざま。しかし高齢者に重症が多かった。多くは点滴が必要であり、血管合併症のあった方など5人が入院。高齢のお一人が亡くなられた。
丸二ヶ月、重い尿路感染症の消長を繰り返した在宅患者さんお二人は、今週になってようやくお元気になってきた。一時期高熱とともに炎症指標であるCRPが15~20以上へ上昇、お一人の白血球は2万を越えていた。
ご家族は一貫して家で直したいと仰られ、日曜祝日も補液と抗生剤の点滴に通った。こんなにひどい夏は初めてだったが、新たなノウハウも少々得た。
さて昨日午後は保育園の健診。生後4ヶ月の幼い赤ちゃんがいることに驚いた。園児は2,3才から自分の顔が出来てくる。ああ、このような顔でそれぞれの人生に臨むのだ、皆がんばれと心でエールを送った。
途中、身体の不自由なお子さんがしくしく泣き出した。すると子どもたちが次々と集まってきて、頬や頭を撫でた。平和なやりとりに心和んだ。そうかと思うと並んでいた女の子がいきなり男の子を突き飛ばした。びっくりしたがすぐ平静にもどっていた。愛らしいミニチュア社会、保育園。皆さんの肺も心臓も元気だった。
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